二話 ホブゴブリンスレイヤーは森を行く
「来たか、ホブゴブリンスレイヤー」
「待たせたな」
「いや、それほどでもないぞ」
酒場に入ると、すでにテーブルの上には酒瓶が何本も並んでいた。
「もう飲んでいるのか」
「まあな。しかし、お前さんが来るのが遅いのが悪いのだ」
「すまぬ」
「まあいいさ。それよりも飲め」
「ああ」
俺は男の隣に座った。女戦士が俺の前にジョッキに入った麦酒を持ってきた。
「お待ちどおさまだ。とりあえず、一杯目はこれくらいで良いだろう」
「ああ」
俺は渡されたそれを一気に飲み干す。
「ふう…………うまいな」
「だろぉ?」
「ああ」
「そういえば、今日はどこに行くの?」
「南の森に行こうと思う」
「森か…………」
「ゴブリン退治だ」
「え~、またぁ?」
「嫌か」
「そりゃ、面倒くさいもの」
「しかし、冒険者ギルドからの依頼だ」
「はぁ…………しょうがないなぁ」
「で、お前は?」
「ん?ああ、私もつき合うよ。あんまり気乗りしないけどね」
「そうか。ありがとう」
俺は立ち上がると女戦士に礼を言った。
「別にいいよ。ほんじゃあ頑張ろっか」
「ああ」
俺たちは酒場を出ると、街の門に向かった。
門の前には商人風の男が立っていた。
「おお、ホブゴブリンスレイヤー殿ではありませんか!」
男は俺の姿を見つけると声をかけてきた。
「む、あんたは…………」
「覚えておいでですか?私は以前、あなた様に助けられた者です」
「そうだったか?覚えていないのだが……」
「はい。あの時は本当に助かりました。おかげで命拾いをしました。あれからずっと、いつか恩返しをしたいと思っておりました」
「そうか」
「はい。ところで、今日は何の御用でしょうか?」
「ああ、実はな…………」
俺は、商人の男に、自分がこの街に来た理由を説明した。
「なるほど、そういうことなら是非ともこの私もご一緒させていただきます」
「いいのか」
「はい。この恩は忘れません。ぜひ手伝わせてください!」
「では、よろしく頼む」
「はい!」
「それで、あんたはどうする?」
「そうだね…………せっかくだから、あたしたちもついていこうか」
「そうか。それならば、俺の仲間を紹介しよう」
「仲間って、そっちの2人かい?」
「ああ」
「ふーん……まあ、いいさ。あたしはエルフのリーゼロッテ。エルフの戦士さ。こっちの大きいのが戦士のオーガスト。こっちの小さいのが魔法使いのリディア。みんな、よろしくね」
「おう、よろしくな」
「よろしく」
「よろしく」
「俺は、戦士のゴドフリー。こいつは、魔法使いのアベルだ」
「俺は、ホブゴブリンスレイヤーだ」
「へぇ、あんたが噂の」
「どんな噂だ」
「なんでも、ゴブリンを殺すためなら手段を選ばない男だとかなんとか」
「ふっ、好きに言わせておけ」
「ふふっ、面白いねあんた。気に入ったよ」
「それは良かった」
俺たちは街を出て南へと向かった。途中、何度か魔物に遭遇したが問題なく倒した。
そして日が暮れる頃に、ようやく目的の森へとたどり着いた。
森の中は暗く、空を見上げても月や星は見えない。
「さすがに暗いわねぇ」
「ああ」
「まあ、これくらいどうってことはないさ」
「そうだな」
「しかし、森に入るのは久々だな」
「そうなの?」
「ああ、ゴブリン退治はいつも街の外でやるからな」
「確かに、街の外の方が安全ではあるね」
「ああ」
「でも、たまにはこういうのも悪くはないでしょう」
「まあな」
「ねえ、なんか変な匂いしない?」
「む、これは…………酒か」
「ああ、何かが燃えているような、そんな感じの匂いがするな」
「行ってみましょう」
俺たちは、その匂いのする方へと向かった。
すると、少し開けた場所に出た。
そこには、火が焚かれていた。
「なんだろう、この焚き火は」
「誰かいるのかしら」
「…………」
俺は、剣を抜き、鞘を地面に落とした。
「ちょ、ちょっと、何するつもり?」
「敵か味方か分からない。俺から離れるな」
「分かった」
「了解した」
「ああ」
俺は、火のそばにいる人物に声をかけることにした。
「おい、こんなところで何をしている」
「…………」
返事がない。
「おい!誰だ!」
「…………」
やはり、何も答えてはくれない。
「おい!」
「…………」
「…………くそっ」
「どうしたんだい?」
「反応が無い」
「え、まさか、死んでるとか?」
「いや、呼吸はしているようだ」
「じゃあ、寝てるのか?」
「そうかもしれない」
「とにかく、起こしてみるしかないね」
「ああ」
俺は、焚き火の前に座り込み、もう一度声をかけてみた。だが、やはり反応は無い。
仕方ないので肩に手をかけ揺すった。ガクンガクン 頭が揺れて気持ち悪くなったが、我慢だ。
しばらく、そうしていると、ようやく目を覚ました。
「う、うーん…………」
「起きたか」
「…………」
「ここは、俺の仲間が見つけてくれた野営地だ。お前は何者だ?なぜここにいる?」
「…………」
「…………だんまりか。まあいい。とりあえず、事情を聞こう」
「…………」
「おい、聞こえてないのか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「おい、起きろ!」
「…………」
「…………」
「…………」
だめだ、完全に眠っている。それにとんでもなく酒臭い。
「あ、あのさ、もしかしたら、酔っぱらってるんじゃ」
「ああ、そうみたいだな」
「どうするの?」
「どうするも何も、このまま放っておくわけにもいかないだろう」
「まあ、そうだね」
「ああ」
「しかし、どうする?」
「そうだね、起こすしかなさそうね」
「ああ、そうだな」
「オーガスト、あんたやってみなよ」
「俺がか?」
「ああ、あんたなら力もあるし、体格もいいからね」
「死んでも知らねえぞ?」
「大丈夫だって、ほら早くやりなよ」
「ちっ、しゃあねぇな」
「おい、起きろ!」
「…………」
「…………」
「…………」
ダメだこりゃ、全く起きる気配がない。それどころか、さらに酔いつぶれてしまったようだ。
「もういいわよ」
「…………」
「諦めようぜ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
俺たちは、顔を見合わせた。
「しょうがねえ、俺たちで運ぶか」
「ああ、そうだね」
「ああ」
「オーガスト、あんたはリディアをお願いね」
「分かった」
俺は、エルフのアベルと一緒にエルフの少女をおぶった。エルフの少女は小柄だった。俺でも楽に背負えた。
「よし、行くぞ」
「ああ」
「うん」
俺たちは、焚き火から離れ、森の奥へと歩き出した。