エレインとウルスラ
作戦会議を終え、戦士たちは部屋を後にしていた。エイリークとエーヴァの二人だけが部屋に残っている。恐らく、ウルスラを復活させたことに関しての話し合いが行われるのだろう。
しかし、ウルスラ・マージリントにとって、彼らの会話などどうでも良かった。
花に囲まれた城内の庭園で、彼女は一人腕を組んで思案に暮れていた。
考えることは二つ。
一つ目は、自分が何故記憶を失くしたのか。
ウルスラの行った蘇生は、以下のようなものだ。
まず、自分の細胞を基に、若い頃の自分の身体を作る。次に、肉体から離れた魂を引き寄せる魔道具を開発し、その棺型の魔道具に作成した自身の肉体を入れる。そしてそれを隠し、自身の死後弟子に棺を掘り起こして魔道具を起動させる。
これらの経緯で、ウルスラは死という生命に訪れる絶対の法を超越したのだ。
だが、本来なら記憶と知識を完璧に保持したまま復活出来る筈が、彼女は一切の記憶を喪失して蘇った。
その結果――
『どうしてアリナさんにあんなひどいことしたんですか! まさか、ヴィルハルトさんにまで何かするつもりじゃないですよね!?』
「……チッ」
記憶喪失時の自分――エレイン・アーネットと命名された存在が、一つの人格として彼女の中に存在してしまうこととなっていた。
無論、これもウルスラにとっては想定外も甚だしい事である。今すぐにでも消し去りたい所なのだが、エレインの人格は思いの外自我が強く、今も本来の身体の持ち主である自分を押しのけて、ヴィルハルトの元へ行こうとしている。
「おい、一つ言っておくぞ。この身体は私の所有物だ。貴様はただ、私の過失によって生じた不純物に過ぎん。私の邪魔をするようなら、貴様の人格を消し去ってやれるのだぞ」
『それは……どうやってですか?』
「どうやってもだ。例えば、貴様が自ら消えるように望むようにする、などな」
『そんなのありえません!』
「それはどうかな。貴様はあのヴィルハルトと組んでいて、奴からは存外信頼されているらしいな。だが――」
ウルスラは勝ち誇るように、口元を歪ませた。
「貴様が私に魔導士として上回るものなど一つとして無い。私の力を知れば、奴とて貴様の存在など不要と悟るだろうよ。そうなれば、貴様の存在価値など消え失せる」
『……!』
エレインは、明らかに動揺している。
ウルスラは彼女の様子から、とりあえず彼女の脅威度を繰り下げた。
エレインは――自分と同一の魂ゆえ――魔導士としての才こそ優れているが、所詮ただの小娘に過ぎない。己からこのような人格が生じた事には驚きを禁じ得ないが、この程度の相手なら幾らでも御せる。そう考えれば、頭の中で五月蠅く吠える声も、人間に威嚇する蟷螂のように滑稽と思えて来た。
「しかし……」
一つ息を吐いてから、ウルスラは目を開いた。目の前には、彼女の弟子、エーヴァがいた。
「庭園を崩れの日以前の姿に戻したのはお前か、エーヴァ」
「左様です。貴方様にとってお気に入りの場所でしたから」
「別に気に入っていた訳ではないがな。詰まった時に丁度良いから来ていただけだ」
ウルスラは鼻を鳴らし、周囲を見渡す。
ヴァンドラムには生息していない植物も多数存在するこの庭園は、ヴァンドラム議事堂――旧王城のシンボルの一つで、祭事には一般開放される。凡そエイリークの趣味でないこの庭園は、何代も以前の王族によって作られたという。
ウルスラにとっても、嫌いな場所ではない。だからこそ、自身の中に芽生えたエレインという人格が、五月蠅くて仕方が無いのだが。
「エイリークはお前に何を言った?」
「『国と師の為を思って動いたのは分かる。咎めるつもりは無いし、我もウルスラの研究が上手くいったと知っていれば同じことをしただろう』と」
「そうだろうな。ヴァンドラムの繁栄の為となれば、あの男は手段を選ばん」
奴も私と同じ人種だ、とウルスラは頷いた。
そしてそれは、恐らく奴も。
そんな時だった。議事堂はおろか、国中に響き渡る程の爆音が響いたのは。
「鐘の音……ということは」
「はい。魔物の襲撃ですね」
ウルスラは一瞬何かを考えた後、ベンチから身体を起こした。そして、囁くように言う。
「丁度いい。見せてやるよ……私の力を」
*
エイリークが話していた作戦。その実行前の襲撃とあって、多くの戦士達は不意を突かれた形になった。しかし、彼らとは別にヴァンドラムにも常駐している戦士達がいる。彼らは果敢に魔物の軍勢に立ち向かい、その身で力無き者達を護るのだ。
しかし――ここヴァンドラムには、ある特異な魔物が存在した。
「北北西に『合成魔物』! それも三体だ!」
合成魔物。確認されている複数の魔物を掛け合わせたような異様な外見の魔物だ。その組み合わせは多岐に渡り、オークとゴーレムだったり、サラマンダーとサーペントだったり。当然合成された魔物は元になった魔物の性質を備えている。その戦闘力は、組み合わせによってはキマイラさえ凌ぐ。
「ヒッ……ヒヒヒ……」
魔物の軍勢の遥か後方。腕を組み、ニヤニヤと笑う一人の男がいた。
ヴィルハルトと同じ、色素の抜けきった白髪。そして――ヴィルハルトとは異なる血のような赤い瞳。彼こそ、人類の敵たる魔将の一柱。
「良いデスねぇ、やはり『シンシア』作の合成魔物は質が良い。二体で一体……戦士と魔導士と同じ。実に……公平です」
うんうん頷きながら、魔将の男は踵を返して去っていく。
エイリークが各国に要請してまで集めた戦士と魔導士。彼らの存在は――この敵を討つ為。
彼の名は、アーノルド。エカテリーナ製魔将、その最高傑作である。
*
アーノルドの賞賛した合成魔物。その恐るべき強さに、先行した戦士達に負傷者が出始める。精強さと士気の高さから、最強と名高いヴァンドラムの精兵たちでさえ、合成魔物は御し難く、危険な存在なのである。
今も、キマイラとサラマンダーの合成魔物が吐いた劫火により、数名の戦士が火傷を負っていた。尤も、彼らの咄嗟の回避行動と魔導士の援護が無ければ、消し炭になっていただろう。
このような危機的状況にあっても――彼らの勇気は陰らない。
「一組で戦うな! 連携するんだ!」
「エイリーク様やルドルフ様が来るまで街を護れれば、それでも充分だ!」
「二人だけじゃない! 魔将討伐の為に呼ばれた各国の精鋭たちもいる! 俺達は、俺達に出来ることをするぞ!」
死への恐怖を背負いながら、自らの役割を見失わず、また怯む事もない。これこそ、ヴァンドラムが『崩れの日』以来一度も民間人に被害者を出していない理由の一つだった。勇者ジュリウスが遺した勇気が、今なお彼らに力を与えているのである。ヴィルハルトからすれば余り気分がいいものではないが、これが魔物との闘いを支える柱となっている点は、彼でも否定はしない。
そして、交戦から十分も経たない内に――彼らの奮戦は、報われた。
突如上空から、巨大な稲妻が落ちた。それは、合成魔物の一体の足を吹き飛ばした。この退魔の雷の正体を、この場にいる誰もが知っている。だからこそ、それを放った主が現れると、戦士達は歓喜した。
「総員、良く戦ってくれた。負傷した者は直ちに後退。無事な者は後方の中型魔物の集団を攻撃せよ。前方の合成魔物群は――」
光を纏う、純白の剣。それを手に持つのは、紅蓮の髪を持つ、政治と武力、両方でこの国のトップに立つ男。
「我が討つ」
『魔断の勇者』エイリーク・ブランシェット。彼の降臨により、戦況は一気に戦士側へと傾いた。
単純な剣の腕もさることながら、彼の強さは手にした『魔道具の剣』にもある。
『模造神剣』。神剣の機能を再現する為に作られたそれは、神剣の機能のうち、一つだけではあるが完全に再現していた。
「天雷・《二重》」
エイリークの宣言と共に振るわれた剣が光を放つ。その瞬間、空から落ちた雷が、合成魔物を再び撃ち抜いた。その雷の正体は、模造神剣が宿す『魔力の動作を鈍らせる』という能力を外部に流出させたもの。エイリークが剣を振るうことで剣に蓄えられた魔力が放出され、攻撃対象の上空に移動してから光となって炸裂する。それが雷に見える、ということである。
事実、先程光を受けた魔物は、本来なら瞬時に完了する筈の再生が、明らかに遅れていた。撃たれて五秒程経つにも関わらず、まだ飛ばされた箇所の半分程しか復活していない。もしこれが戦士や魔導士に使用されれば、練体術も魔術も平時の半分以下の効力しか発揮出来なくなるだろう。
要するに、対魔物特攻を備えた魔道具なのだ。
エイリークの背後には、エーヴァが控えていた。彼女はエイリークに『整調』を掛けると、それ以外は不要とばかりに腕を組んで佇む。
「この程度の敵ならば、我一人で充分だ。南側の魔物群には――」
「ご安心ください。其方には、ヴィルハルト様とウルスラ様が向かいました」
「ならば問題ないな」
エイリークは剣先を合成魔物に向けると、身体強化の術と共に駆け出した。
*
「合成魔物……ふむ。十年の内に魔将も随分進化したらしいな」
「……」
エイリークの逆側、南門前。そこでも北側と同等の数の魔物群が存在し、当然ながら合成魔物も複数体存在した。
ウルスラは興味深そうに合成魔物を見つめており、その傍らには表情こそ変わらないものの不機嫌さを隠さないヴィルハルトの姿があった。
「行ってこい、ヴィルハルト。『整調』を掛けてやる」
「言われるまでもない」
「ああ、少し待て。周囲の連中に警告しなければならん」
ウルスラは右手をスッと挙げるろ、周囲の仲間たちに向かって声を上げた。
「全員に告げる。これから先、まともに戦いたい奴は、ヴィルハルトの半径20m以内に近付かないように……『整調』」
宣告を終えると、ウルスラはヴィルハルトに向かって整調を掛けた。
その瞬間――ヴィルハルトから半径20m以内にいた戦士・魔導士の行使していた練体術及び魔術が、全て解除された。




