エーヴァの視線
何時間馬車に揺られたのか。それも怪しくなる程の遠出。エレインからすれば初めての、外国への移動。殆ど景色も変わらず、時々あるという魔物の襲撃さえなく、至って平和な馬車の旅。
今の時代、国家間を移動する人間は少ない。馬車で移動する際、魔物の襲撃を受けた時の為に戦士を雇う必要があるからだ。国と国を移動するのはそれを払える者か、丁度今のエレイン達のような、そもそも人を雇う必要がない者。或いは命を賭けてでも、安値で他国に移動したい者。
ただ、最近はロザリアの実家であるクライン商会が安値の輸送を実現させたという話がある為、また事情が変わるかもしれない。
「……そろそろだな」
向かいに座るロイドが、窓の外を見て呟いた。エレインから見れば何故分かるのか検討も付かないが、ヴィルハルトとアリナも反応しないので、間違いではないのだろう。
彼の言葉から数分後、ガタガタと揺れていた馬車が止まった。御者の扉を叩く音を聞き、四人は外に出る。見上げたエレインの目に映ったのはーー
「わぁ……」
アルマイレと同じ、高い壁に覆われた街の入り口。だが、その趣はアルマイレとはまるで違った。
想像だにしていなかった光景に、息を漏らすことしか出来なかった。
そこにあったのは、鋼鉄で覆われた鋼鉄の門。アルマイレの壁より遥かに厚く、強大なそれは、魔物に対する敵対意識への現れと言えた。その国全体を覆う壁を見上げると、中から煙が上がっているのが見えた。
「えっ!? あれって煙!? 何処か燃えてるんですか!?」
「大丈夫よエレインちゃん。あの白い煙が出てるってことは――今日も大国ヴァンドラムは平常運転ってこと」
「ヴァンドラムの技術力は他国とは隔絶してるからなぁ。人間、頑張れば何でも出来んだなぁって感動すら覚えるぜ」
エレインからすれば信じられないことだったが、ヴァンドラムは既に一人一人の手作業ではなく、道具を用いた大量生産体制を確立していた。食糧生産と、工場での物資の生産。これらを両立させることで、あの崩れの日からもいち早く立ち直り、新たな国家体制の元動き出した。質実剛健に尽きるその国民性もあって、魔物からの襲撃で街に被害が及んだことも皆無――崩れの日を除けば。
「ヴィルハルト・アイゼンベルク様ですね?」
門の前に立っていた一人の女性が、ヴィルハルトに声を掛ける。
魔導士のローブを纏う、栗色のショートヘアの女性。歳は恐らく、ヴィルハルトらより十歳ほど上。小柄な体格と胸に付けた金色の紋章から、アリナは彼女の正体を一瞬で悟った。
「エーヴァ様……」
「貴方もいたのですね、アリナ。それなら話は早いでしょうか。私は、エーヴァ・アルトリウス。議長エイリーク様専属の魔導士です」
「エイリークの魔導士が直々にお迎えか。そこまで時間がないのか」
「ええ。詳しくはエイリーク様からお話頂きます。馬車を用意しています、どうぞ」
エーヴァという女性に導かれ、再び議会側が用意した馬車に乗ったエレイン達。客車が二つあるそれに、直接呼ばれたヴィルハルトとエレインは、エーヴァと同じ車両に乗った。
*
「城まではニ十分程で着きます。その間に、私から今回貴方がたを召集した理由についてお話します」
「俺に神剣を譲渡するという話なら聞いている」
「それは勿論。私がお話するのは、そもそも何故神剣を譲渡するという決議が出たのか、という事です」
ヴィルハルトが眉を顰める。
「まず神剣について。アレは一般には極僅かな情報だけが流され、核心については秘匿されています」
「ただの魔道具ではないのか」
「はい。あれは魔道具ではありません。魔道具とはミスリルで造られた特殊な力を持つ道具。ですが神剣はミスリル製でないどころか、現存するどの金属とも異なる未知の金属で造られています」
「未知の金属?」
「神剣の性能は、噂では聞いていると思います。いつ、誰が何処で造ったかも分からない。しかし、それは魔物や魔将の強大な攻撃を受け止めても傷一つつかない耐久性に、ゴーレムの核をバターのように斬り裂く切れ味。そして、近くにいる味方にも力を分け与える異能を持つ、と。……これらの伝承は全て、誇張一切ない事実です」
「ほう」
ヴィルハルトが、今度は興味深そうな声と共に目を細めた。元々、ジュリウスが使っていた武器ということで興味はあっただろうが、エーヴァの話を聞いてその性能に対する期待を抱いたようだ。
「かの英雄……ジュリウス様が振るったからではありません。アレは元々、それだけの力を持った兵器でした。だからこそ、その使い手は己ではなく、全てを人類の為に捧げられる人間にする。そういう決まりでした」
「えっと……その話だけ聞くと、ヴィルハルトさんが選ばれる理由が分からないんですけど……」
エレインが横目でヴィルハルトを見ながら、恐る恐る手を挙げる。彼女の言葉に、エーヴァも賛同するように頷いた。
「その通り。だからこそ、ヴィルハルト様の強さが議会の耳に届いても、神剣譲渡の決議さえ起こらなかった。ですが――どうやら神剣は持ち主を選ぶようでして、それまで決議された方――ルドルフ様にエイリーク様。彼らは皆、神剣を起動させることは出来ませんでした。故に神剣の譲渡に関する決議は、ここ数年間は起こっていませんでした。ですが、近く魔将に対する大規模な攻撃を実施するにあたり、他国の有力な戦士や魔導士に協力を要請することになりました。そしてヴィルハルト様、貴方様に協力を要請するにあたり、現在最強と名高い貴方様に神剣が扱えるか否か――試すことになったのです」
「それまで試した人達とまるでタイプの違うヴィルハルトさんならもしかして……って感じでしょうか?」
「その認識で問題ありません」
冷淡に状況を告げたエーヴァ。やがて車内に沈黙が降りると、エーヴァはジッとエレインを見つめ始める。
「えっと……何か?」
「エレイン様……でしたね。その……お聞きしたい事があるのですが」
言葉こそ丁寧だが、まるで品定めをするように目を細めるエーヴァ。プレッシャーを感じたエレインは、ゴクリと喉を鳴らす。
「は、はい。何でも」
「では……生まれはどちらですか?」
「え? 生まれって……国の話ですか?」
「はい」
エレインは言葉を詰まらせた。
そもそもヴィルハルトと会うまでの記憶が無いに等しいエレインは、自分が何処から来たのかも分からない。むしろ教えて欲しいぐらいだ。
「分からん。コイツは過去の記憶が無いらしくてな」
「記憶が……? それは失礼しました」
「い、いえ。私もあまり気にしてません……と言ったら嘘にはなるんですけど……」
無言で俯いたエレインの代わりに、ヴィルハルトが答えた。
エーヴァも驚いた顔を浮かべると、すぐにエレインへ頭を下げる。それで会話は終わったのだが、エーヴァのエレインを見る目は一層彼女の不安を煽るものへと変わっていた。
「記憶喪失……それならエレインというのは……」
何かを考えながら、独り言を呟くエーヴァ。
「ヴィルハルトさん。もしかして私……歓迎されてないんでしょうか?」
「警戒する方が自然だろう。何処から現れたかも分からん魔導士が、突然俺という嫌われ者と組んで現れた。おまけに記憶喪失と来れば、奴の反応も当然だ。世の中ロイドやアリナのようなお人好しばかりではないからな」
互いにだけ聞こえる声で話す二人を、エーヴァは視界に入れていない。
その姿に、何やら得体のしれない違和感を覚えたエレインだった。
*
「元ヴァンドラム王城……現議事堂。相変わらずデケェや」
手で日よけをしながら、上を見上げるロイド。彼らの目の前には、アルマイレの王城を凌ぐ巨大な城があった。かつては王族の居城として、今は議会の議事堂として。体制は変われど国の中枢機関の為の建物を前に、しかしエレインは興奮も感動もしなかった。
先のエーヴァの視線が、どうにも引っかかって仕方がないのだ。
「それでは、こちらに」
議事堂の扉が開かれ、四人はエーヴァの後ろに続く。長い廊下を渡り、長い階段を上る。元々王城だっただけあり、その中身は広大だった。議会の面々が気の毒に思える程城の中を歩いた後、一際重厚な扉の前に立っていた。
「ここで、エイリーク様がお待ちです。では、ヴィルハルト様は中へ」
「あれ、私とアリナさん、ロイドさんは別ですか?」
「ええ。アリナ様とロイド様については、別室へ。同じように今回の作戦の為に訪れた戦士達がいますので、作戦の説明をお聞き願います。そして――エレイン様」
「は、はい!」
思わず上ずった声を上げたエレイン。対照的に無表情なエーヴァが、指で付いてくるよう合図をした。
「貴方様は、私と共に別の場所へ行きましょう」
「え!? 一体何処ですか!?」
「申し訳ありませんが、今は何も聞かずに付いてきてください」
恐怖と困惑が綯い交ぜになりながらも、渋々エレインはエーヴァに続く。彼女は連絡口を通って、別の建物へと入っていった。
それは、石造りの塔だった。しかし、城の別棟にしては大き過ぎる。その上、中は幾つかの部屋に分かれているが、その全てに膨大な本と紙の山、そして何に使うかも分からぬ謎の道具が数えきれない程存在した。
「あの……ここって……」
「……元々、エイリーク様とはヴィルハルト様お一人がお会いするものでした。ですが今、貴方様をここに連れて来たのは……私の独断です」
「え……?」
困惑するエレインに、エーヴァが塔の正体を明かした。
「此処は私の師――『仮面の女王ウルスラ・マージリント』の研究室。そして今いるこの部屋は……あの人が晩年に使っていた研究室です」




