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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第二章 黒閃の魔人と神覚の暗殺者
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ライナーとザイード

 追い詰めたと、全員がそう思った。ユルゲンス、セシル、そしてリィズ。本格的に参戦していないとはいえ、特級を超える者が二人。その上で、得物を落として素手対斧という構図に持ち込んだ。彼の力を最も警戒していたリィズでさえも、勝てると踏んでいた。

 しかし、現実は違った。


「何故だ……!?」


 揺らぐ視界の中、ユルゲンスはヴィルハルトの姿を捉える。

 剣を持たない両手から放たれたのは、疾く鋭く、そして重い無数の拳撃。流麗さや礼節など皆無の、ただ敵を押し潰すだけの技。

 それだけに、この純粋な力の嵐から抜け出せない。

 元特級のユルゲンスが、素手のヴィルハルトに圧倒されている。この光景に対し、セシルは口を一文字に引き結び、リィズは目を見開きながら大きく口を開けて笑っていた。


「武器なしでも特級クラスとは思っていたが……これ程とは!」


 これは、どう見ても特級以上の強さだ。

 三人の中で認識が一致し、同時にヴィルハルトに対する感嘆の念が少なからず湧いていた。


「クッ……ソォ!!」


 全身に鈍い痛みを感じながら、それでもユルゲンスはヴィルハルトの間合いから脱出した。足がふらつき、ただでさえ重い斧が、鉄塊の様に感じる。肩で息をしながら、それでも真っ直ぐヴィルハルトを睨みつける。


「武器も無しにどうしてここまで……!」

「分かりきった事を聞くなよ。戦場における不測の事態に備えるのは当然だろう。生憎、時間は幾らでもあったからな」


 殺気を充填するかの様に、返り血の付いた拳を再度握った。ユルゲンスの声に応答していることもあって、一見周辺には無警戒に見える。だが、その実全方位からの攻撃に即応可能な状態だ。だからこそ、セシルも容易には撃てない。


「……仕方ないね、これは。仮にザイード達が彼女らを封じ続けても、彼ではヴィルハルトに勝てないよ」

「……どうするの?」

「決まってるさ」


 リィズが懐から懐中時計を取り出した。その時計は、針が長針一本だけのうえ、目盛りが1から12ではなく5から60という奇怪な造形をしている。

 取り出された際の鎖の擦れる音を聞き、セシルは弓の構えを解いた。


「行くのね」

「ああ。私たちの出番だ」



 *



 エレインとアリナは、黒い穴を通って移動してきたライナーとザイードによって足止めされていた。


「ぶっちゃけると、オレらは別に、アンタらを倒す必要はないのよ。ただこうして道さえ防げれば、それだけでいい」

「……動くな」


 大盾を構え、道を塞ぐ戦士に対して、魔導士二人では押し通るのは難しい。まして、魔導士までいては突破はほぼ不可能だ。

 やきもきするエレインに対し、アリナは何処か釈然としないといった様子でいた。


「エレインちゃん、何かおかしくない?」

「……何がです?」

「だって、アタシたちとヴィルハルトを引き離したなら、そのまま全員で戦った方が良いわ。アタシたちが合流するまでに仕留め切れない可能性はあるかもしれないけど、それでも盾持ち一人置いておけばいいはず」

「こっちに戦力を割き過ぎってこと、ですか?」

「ええ。何考えてるか分からない」


 こちらの足止めさえ出来ればいい、という考えのようで、向こうから積極的に仕掛けてくる気配はない。だが、このままでも相手の思うつぼでしかない。

 それは二人とも理解していたが、だからといってどうすることも出来ない。


「ヴィルハルトさんが助けがあるって言ってましたけど……来てくれるんでしょうか?」

「来てるとしても、アタシたちの方に来るとは限らないわ。むしろヴィルハルトの方に行ってくれた方が、こっちとしても助かるんだけど」

「ああ、期待させて悪いんだけど……助けなら来ないよ」


 盾持ちの戦士、ライナーが口を開いた。本当に申し訳なさそうに苦笑しながら、一見すると腕輪付きとは思えぬ人の好さを感じさせる表情を見せながら、しかし盾だけは決して降ろさない。


「俺たちとは別の連中が足止めしてるし、まあそのうち倒されるだろうけど、その場合も対策済みだ。だからまあ、そういう事だ」

「おい、喋るな」

「いやいや、ザイード。ずっと待ってるのも暇だろ? こうしてお話してる方が、暇が潰せて丁度いい」


 魔導師の男、ザイードに睨まれながら、笑顔を崩さないライナー。


「あの……一つ聞きたいんですけど。あなたたちって確か、悪いことをした人なんですよね? あのユルゲンスって人は凄くひどいことしたみたいですけど……お二人は何をしたんですか?」

「エレインちゃん?」


 何を言い出すのか、というアリナの様子を気にすることなく、エレインが身体を少し乗り出して尋ねる。記憶喪失という境遇故、好奇心の強い彼女の性質がこの状況でも発揮された。

 少し意外そうな顔をしたライナーだが、すぐにそれまでの微笑みを取り戻す。


「自分で言うのも何だが、ユルゲンスほどにはやらかしちゃいないよ。ここにいるザイードは不法侵入と窃盗罪。さる高名な魔導士の研究室に忍び込んで、書類を盗み出したんだ。で、その魔導士ってのが――痛っ!」

「それ以上喋るな」


 ライナーの顔に『黄雷』を打ち込み、話を遮ったザイード。やれやれと首を振り、ライナーもまたそれ以上は話そうとしなかった。


「ま、愛想の良い奴ではないが、許してやってくれ。で、俺はというと……信じちゃ貰えんだろうが、冤罪でぶち込まれたんだ。で、ヴィルハルト・アイゼンベルクの『討伐』に協力すれば、疑いを晴らせるように取り計らってくれると、うちの大将が言ったんだよ」

「討伐……なんて言葉使うあたり、アンタたちはアイツのこと聞いてるワケね?」

「勿論。とはいえうちの大将は、どうも別に考えがあるみたいだ」

「それについては何も知らんし、知りたいとも思わん」

「……じゃあ、お二人が私たちを足止めしているのも、その大将さんのご命令ってことですか?」


 エレインの問い掛けを聞き、ザイードは憎々し気に顔を歪め、ライナーは苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。


「ああ……あれは大将じゃあない。ユルゲンスの頼みだよ。何でも、ヴィルハルトに恨みがあるらしい」

「さっきの、ジュリウスさんが死んだのはってやつですね」

「そうだ。ジュリウス様が負けたのは、アイツがいたからだって思ってるみたいでな」

「それって、どういう事!?」

「それはまぁ、アレだ。本人に聞いた方が早いんじゃないか?」



 *



「さて、先の話だが……何やら聞き捨てならん戯言を吐かしていたな」


 顔中を腫らしながら肩で息をするユルゲンスを睨みながら、取り落とされた外れ者(アウトサイダー)を回収するヴィルハルト。


「俺のせいでジュリウスが死んだとか何とか……是非聞かせて貰いたいな。貴様の認知の歪みが如何にして起こったのか」


 剣先を真っ直ぐユルゲンスに向ける。全く以て人の話を聞く態度に無いが、それも――


「……貴様に話すことなどない」

「そうか」


 ユルゲンスの回答を予測していたからこそ。

 神速で迫り来る刃を前に、ユルゲンス・ザビコフは今は亡き至上の勇者の姿を思い出していた。

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