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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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幼馴染

「ヴィルハルトさんヴィルハルトさん、この街にはまだ何かあります?」


 翌日。寝起きにも関わらず、エレインは昨日買った青い寝間着のままヴィルハルトに纏わりついていた。理由はこの街の楽しい場所が他に無いかを聞き出し、あわよくば一緒に行くためだ。

 そんなエレインに適当に剥いた果実を渡しながら、ヴィルハルトは言い放つ。


「無い」


 この何の慈悲もない物言いに最早安心感を覚えながら、エレインは果実を受け取る。


「いやいや、そんな私と出掛けるのが面倒だからって……」

「それもあるが、無いものは無いとしか言えん。昨日行った分で終わりだ」

「いえいえ、それはヴィルハルトさんにとってでしょう? 私にとっては違うかもしれないじゃないですか――あっ、これ美味しいですね。そうだ、この果物が売ってるお店に行きたいです」

「じゃあ小屋の外の木に行け。そこに生えている」

「えっ……」


 望みが断たれた。言われて、思い出す。小屋の周りは意外にも整備されており、鬱蒼と草が生い茂っていないどころか、水を汲んだり水浴びをするための池も用意されている。自前で採れるものを植えてなるべく街へ行く手間を省こうとしたのだろう。

 流石にこれ以上は話を続けられず、エレインは果実をゆっくりと口に運んでいく。


「まあ、そういう事だ。そもそもこの街、いや国自体が田舎だ。昨日行った場所を除けば、後は武器屋と図書館ぐらいだな」

「トショ……カン?」

「本が大量に置いてある場所だ。逆に言えばそれ以外は何も――」

「本が……たくさん!?」


 陸から水に帰された魚のように、エレインは勢いを取り戻す。彼女は本が好きだった。

 記憶が無いので、彼女の脳に入ってくる情報は殆どが未知であり興味深いものである。中でも直接的に知識を教えてくれる本は読んでいてとても楽しい。その本が沢山ある場所と言われて彼女が思い浮かべたのは、まさにこの世の楽園だった。


「そうだが……どうした」

「行きましょう!!」

「……何?」

「行きましょう、そのトショカンって所! 本が沢山読めるなんて……勉強し放題じゃないですか!!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら彼の腕を引っ張る彼女に、『しくじったか』というヴィルハルトの呟きが聞こえるはずも無かった。



 *



「さあさあヴィルハルトさん、早く行きましょうよ」


 昼下がり、晴天の下エレインが上機嫌に歩いていた。その後ろには相変わらず面倒くさそうな顔をしたヴィルハルトがいる。


「おい、先に行きすぎだ」

「ああ、すいません。並んで行きましょう、ね」

「そういう意味じゃなくてだな……もういい」


 さりげなくヴィルハルトと手を繋ごうとしたが、それは容易く躱されてしまった。しかし、ニコニコした顔を崩さない。ご機嫌な彼女は、この程度の事で気を悪くしたりしない。


「やあ、そこの可愛いお嬢さん」


 後ろから声がした。誰か知らないが声を掛けられているらしく、自分も可愛いなんて言われてみたいなあ、とエレインはヴィルハルトの顔を見ながら思った。その直後、肩を叩かれた。


「貴方だよ、桃色の髪のお嬢さん」

「え……え???」


 振り返ると、そこには銀髪の美男子がいた。

 金色の瞳を輝かせながら白い歯に見せて笑っている。しゃがんでこちらに目線を合わせてくれる辺りからも、ヴィルハルトとはまるで異なるタイプの人間に見える。

 突然言われた『可愛い』の前にエレインは困惑し、間抜けな声を発してしまう。


「あえ?」

「こうして近くで見ると、本当に美しい……今すぐ攫ってしまいたくなるよ」

「あ、そ、それは……あの……ヴィ……ルハルトさぁん……」


 縋るように目線を向けた先に、ヴィルハルトはいなかった。そこよりやや後ろ、端的に言えば『距離を取っていた』。


「ヴィルハルトさん!?」


 挙句の果てに「見たくないものを見てしまった」という顔で目をそらしている。今まさに困っているときに逃げられれば、流石にエレインも絶望する。が、その寸前で『男に邪魔者扱いされたくないからで、本当に大変な時は助けてくれる』と考えて自分を持たせた。が――。


「こんの……クソボケがああああああああ!」


 助けてくれたのは、見知らぬ女性だった。



 *



「本当にごめんなさいね。コイツは脳みそが下半身についてるから……後でちゃんと潰しておくわ」

「待て待て、潰すっつったか!? お前今どきマジの婦女暴行でも即去勢とか有り得ねえぞ!?」

「アンタに対して、法の裁きじゃ力不足よ」

「過大評価も良いとこだろ! どうして女の子に話しかけただけで生殖能力の危機を迎えなければならねえんだ……」


 女性は男に飛び蹴りをかまし、二人の距離を強引に引き離した。

 紫色の髪を短く切り上げた髪は、エレインが抱いた『強気』という第一印象を更に強固なものにする。自分よりずっと身長の高い男性に無理やり頭を下げさせながらエレインに謝意を述べるが、彼女からすれば多少困りはしたが何も謝られるような事ではない。


「いえ、そんな……まあびっくりしましたけど、可愛いって言って貰えたのは嬉しかったですし……」

「ほら、彼女もこう言ってるじゃねえか! 俺はむしろ善行を働いた――おぐっ!?」


 女性が持っていた杖の先で男性の脛を叩いた。先日椅子にぶつけて悶えたことがあっただけに、背筋がゾクッとしたのを感じたエレインは、女性の手を取って静止させる。


「あ、あの……流石にちょっとかわいそうじゃないですか?」

「こいつはこういう時にこそ……って言いたい所だけど、まあいいわ。この娘に感謝しなさいよ、まったく」

「痛てて……いや仕方ねえだろ、だって……」


 男が脛をさすりながらエレインの左後ろに視線を向けた。そこには、ヴィルハルトがいた。


「あのヴィルハルト・アイゼンベルクが、こんな可愛い女の子連れてるってなりゃあ……どんな娘か気になるってもんだろ」

「え、ヴィルハルト? ……あっ!!」

「という訳で、だ。そろそろこっち向けよ」


 ロイドが笑みを浮かべながらヴィルハルトに向かって歩いていく。いつも通り不愛想な顔をしたヴィルハルトだが、その瞳は何処かいつもと違う色を湛えていた。


「よお、五年振りだな。俺の事覚えてるか? お前の幼馴染、『ロイド・スティングレイ』だよ」


 右手を差し出し、握手を求めたロイドの手を、眼前の男は軽く叩いた。痛がる素振りを見せない辺り、大して力を込めなかったのだろうが、その行動が明確な『拒絶』であることに違いは無い。


「何をしに来た」

「……そう凄むなよ。変わらねえな、お前は」


 怯みやショックといった色を見せないどころか、むしろ不敵な笑みで返したロイド。冷ややかな眼で見下ろす凶戦士を前に、この色男は一歩も退かない。そのまま無言で睨み合う二人を見て、どうするべきかとエレインはオロオロしていた。だから、その横で歯を食い縛る女性の様子に目が行かなかった。


「何をしに来た……ですって……?」


 紅の瞳を揺らし、それ以外何も見えないかのように真っ直ぐヴィルハルトの元へ向かった彼女は、ロイドの前に立って凶戦士に人差し指を突き付けた。


「アンタのその腐った性根を叩き直しに来たに決まってるでしょ!!!」


 彼女がそれを言った瞬間、辺りから音が消えた。彼女の叫び声に驚いた民衆が一斉に彼女の方を見るが、すぐにまたそれぞれの生活に戻っていった。

 突然そんな事を言われてしまえば、ヴィルハルトは怒るのではないか。エレインはそう考えたが、当の本人は――無表情。興味のないものに向ける眼差しをしていた。


「アリナ・ヴァーミリオン……」

「……そうよ。流石に名前は忘れてなかったみたいね。でも――」

「もう一度言う。何をしに来た。さっきのが心の底からの本音なら――大人しく田舎に帰れ。『お兄様』の墓前に添える花なら買ってやってもいいぞ」


 彼女――アリナ――の声は、一蹴された。

 ここまで軽くあしらわれるとは思わなかったのか、一度驚いた顔をし、それから泣きそうな顔でプルプル全身を震わせた。そのまま顔を伏せたアリナを見て、エレインは双方に何か言おうと動いた。が、直後にアリナは怒りの形相で杖を振り上げた。

 いけない。

 駆け出して止めようとしたエレインだったが、アリナの行動はロイドによって止められた。


「抑えろよ。予想出来たことじゃねえか」

「けど……!」


 腹の虫が治まらないアリナに、ロイドが何事か耳打ちする。それが終わり、彼女が振り上げた杖を降ろしたのを見ると、今度はヴィルハルトに対して何か耳打ちした。話し合いが終わると、アリナはエレインに近づき、一度深呼吸をしてから話掛けてきた。


「アナタ、名前は?」

「え? エレイン・アーネット……ですけど?」

「エレインちゃん、ね」


 エレインの手を取って、彼女は微笑んだ。


「今から、私とお昼食べに行きましょうか」

「……え?」


 全く状況が呑み込めないまま、エレインはアリナについていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 襲撃者と思ったんですが、もしかして仲間になる感じですか?
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