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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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深夜

 エレインが目を覚ますと、周囲は真っ暗だった。一切の光が無いことから、今が夜中であることを理解した。

 元々ヴィルハルトのものだった為、彼女の身体には大きいベッドで横になったまま、今日の事を回想する。

 自分が引っ張ったようなものだが、街を一緒に歩いてくれたこと、服を買って飲食店にも連れて行ってくれたこと。全てが初めてのことで、これからもたくさん知らないことを知れると思うと、心が躍って眠気が飛んでいってしまう。自分が何者なのか分からないのは心細いが、ヴィルハルトがいる限りは――どんなに冷たくあしらわれても――独りではないというだけできっと自分は生きていけるだろう。

 そんな事を考えていると、外から風の音が聞こえてくることに気が付いた。一度ではない。瞬間的に、何度も。よく聞くと、それは風の音というより風を斬っているような音だ。


「……ヴィルハルトさん?」


 エレインは音の正体を察すると、ベッドから起き上がり部屋の戸を開けた。やはり床で寝ているはずの彼の姿は無く、気付かれないようにそっと小屋の扉を開けて外に出た。その瞬間例の音は一層近くなり、小屋の裏が発生源だと分かる。

 目を細めると、僅かに人影が浮かんだ。

 ヴィルハルトだ。彼は声を発さず、黙々と剣を振り続けている。まるで、それだけしか出来ない人形のように。

 彼が空いた時間の殆どを鍛錬に費やしているのは知っていたが、まさかこんな夜中まで続けていたとは思わなかった。

 しばらく見ていたが、一向に止める気配を見せない。彼が努力家なのだとしても、やり過ぎるのは良くない。無視されるだろうけど、せめて一言でも。そうしようとした瞬間、素振りの音が消えた。


「いつまでそうしているつもりだ」

「んえぇ!?」


 気付かれていた。ゆうに五m(モート)は離れている上、この暗さなのに気が付くのは流石と言うべきか。

 しかし、気付かれていたとしてもやることに変わりはない。


「えっと……お休みしないんですか?」

「必要ない」

「必要ないって……無理したら疲れちゃいません?」

「お前が気にすることじゃない」


 心配さえさせてくれない。今更ながらこの人が何故こんな街外れの小屋で生活しているのか、エレインには分かってきた。

 これはしつこく食い下がるべきでないと考え、小屋に戻ろうとするが――忘れていたことがあった。


「あの……今日は、ありがとうございました。今日、凄く楽しかったです」

「ああ、それは良かった。脅された甲斐があったな」

「あ、あれはその……悪いことした、とは思うんですよ? でも、ヴィルハルトさんと離れたくなくて……」


『離れたくない』。本心から出た言葉だが、何か気恥ずかしくなってしまい、次の言葉が出なくなってしまった。ヴィルハルトも黙っているので余計に気まずい。そんな状態が数秒続き、やがてヴィルハルトが口を開いた。


「本当に妙な奴だな、お前は」


 その口調は何かを諦めたような、或いは呆れ果てたようなものだった。表情こそ見えないが、冷ややかな目をしているのが分かる。


「だって私、あなた以外の人を殆ど知りませんから」

「それはそうだが……仕方ない」


 足音が人型の影と共に近付いてくる。やがてそれは、エレインの眼にも彼の表情がぼんやりと見える程の距離で止まった。


「俺は指導者でも親でもない只の戦士だ。教えられるのは、魔物の殺し方ぐらいのもの。期待するのは勝手だが、裏切られただの何だの言って逆恨みはしてくれるなよ。それから、魔物を殺すことの邪魔だけはするな。それをされれば……本気でお前を殺しかねん。それだけ守るなら何も言わん」


 それだけ言って、彼はまた元の場所に戻っていった。それから素振りを再開し、もうエレインを気にする様子もなかった。



 *



「チッ……」


 素振りに僅かな雑念が混じることに、ヴィルハルトは苛立ちを覚えずにいられなかった。原因は分かり切っている。エレイン・アーネットという少女だ。

 ふと、彼女の身体を検査した医者の言葉を思い出す。


『奴隷か何か、と言ったね。彼女は奴隷ではないよ。身体の何処にも焼印が見られなかった。不法移民か最下層の住民の可能性が高いけど、それ以上は調べようがない』

『そうか。では聞くが、あいつの眼には何かあったか?』

『眼? 視力はかなり良いみたいだけど、それだけだよ』

『そうか。ならいい』


 医師であっても、彼女の身体的特性は分からなかった。彼女の正体は現状ではほぼ何も分からない。考えるだけ無駄だが、意識を散らされてしまう。自分に友好的な人間を片手で足りる程しか見たことが無い彼にとって、自分と積極的に近くに居ようとするエレインの存在は非常に扱いにくい。

 周囲の戦士達は彼を『凶戦士』『化物』と呼び、恐れる。それが嫌ではなかったどころか、むしろ有難かった。彼にとって、人は魔物と同様に相容れない存在。ただ特段恨みはないので殺す気にはならないというだけだ。


「くそ……」


 素振りを止め、懐からナイフを取り出す。左の裾を籠手を脱ぎ素肌を露出させると、その掌を軽く切った。

 自傷の趣味がある訳ではない。彼にとっては、自分の事を再認識する為の行動だ。ナイフで傷つけられた部分からは当然、血が滴り落ちる。それは小川のように流れて行ったが、二、三秒後、皮膚の大部分が紫色に発光して流血は止まり、傷は完全に塞がる。致命でない傷が瞬時に再生するこの性質は、彼が忌み嫌う『魔物』と同質のもの。

 これこそが、ヴィルハルト・アイゼンベルクの強さの理由。彼の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔物の細胞を宿す彼は、故に人間とも魔物とも同化出来ない。


「エカテリーナ……!」


 偶々見つけただけの小娘の存在を振り払うように、自分をこのような身体にした女の名を口にする。彼女を見つけ出し、この手で殺すこと。彼の生きる意味は、ただそれだけ。あの女の身体を切り裂き、痛みと恐怖の中で生まれたことを後悔させるまで、ヴィルハルトは止まらない。少しおかしいだけの娘に構っている暇はない。

 憎悪の炎を再び燃やし、素振りを再開する。魔物の細胞のおかげで無尽蔵のスタミナを誇る彼は、何時間素振りをしても疲れず、睡眠も精々三日に一度で充分だ。だから、眠らなくてもいい日は一晩中鍛錬が出来る。だからこそ、常人の何倍もの速さで成長出来る。彼の強さの、そのもう一つの理由である。

 一振り毎にエカテリーナの嗤い声を思い出し、一振り毎に魔王エカテリーナ魔物さくひんが世界に跋扈していることを考える。それらが、彼の原動力になる。



 *



「何だよ、起きてたのか」


 ヴィルハルトとエレインのいる街の宿屋。その一室で男と女が話をしている。

 ヘラヘラした笑みを浮かべる男とは対照的に、女の方は難しい顔で窓から顔を出していた。


「緊張してんのか?」

「別に……ただ、やっとここまで来たと思うと、眠れないだけよ」

「つまり緊張してる、と」

「……人の話聞いてた?」


 男のからかい口調に女は呆れながらため息を吐いた。二人の間に険悪さは無く、むしろいつものやり取りだというような『慣れ』があった。


「ま、俺らがどうしたってアイツに変わりはないだろ。お前の目的を叶える下準備はしてやる。お前は昔みたいにやれば良いさ。そうだろう、アリナ?」

「アンタに言われなくても分かってるわよ、ロイド」


 アリナと呼ばれた女は、雲に覆われた夜空を見つめながら呟いた。


「やっと見つけた……もう逃がさないわよ、ヴィルハルト」

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[一言] 襲撃者現る。どうなるか⁉ こちらでもよろしくおねがいします。
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