黒閃の魔人vs斬滅の勇者
檀上に立ち、向かい合った時も彼らは言葉を交わさなかった。ただ視線を交わしただけで、一言も発さず両者はただ、剣を構えた。それと同時、魔導士二人も術の準備をする。
『それでは始めます。3……2……1……始め!!!』
実況の声と共に、エレインとロザリアが同時に術を行使する。
「「整調!」」
『調律』でリンクした戦士の下の魔力を集結させる『整調』。それらがぶつかり合うというのは、言うなれば魔力の引っ張りあい。つまり、より強度の高い術を行使できる魔導士と組んだ戦士の方がその恩恵に与れる。
この魔導師と魔導士のぶつかり合い、第一戦を制したのは――――エレインだ。
「「身体強化――《二重》」」
ヴィルハルトが駆ける。ルドルフも身体強化を重ね掛けし、迎え討つ。しかし、整調の恩恵を受けているのはヴィルハルトであり、しかも素の身体能力でも剣聖を凌駕している。
初撃は右腕を狙った突き。ルドルフもヴィルハルトと同じ鎧を着ている以上有効打には決してならないが、関節部や部位の継ぎ目など、薄い場所を叩けばしばらく使用不能にさせられる。
尤も、その一撃は振り下ろされたルドルフの剣で、床へと叩き落とされたが。
だが、こうなることを予想していたヴィルハルトは、即座に腕を返し、下からの斬り上げを放つ。常人に視認可能な速度にない一撃を、ルドルフは容易く右に捌いて見せた。その後二度、三度と剣を交わしたものの、全て力で押さえるのではなく、攻撃を逸らすという形で無力化される。
力で勝る相手であっても、攻撃位置さえ見極められれば『外させる』ことは、剣聖ルドルフにとって難しいことではなかった。
『い、いきなり何という激しい斬り合い! しかしヴィルハルト氏の剣も、ルドルフ氏には当たらない』
『ただ防いでるだけじゃねぇ。いつでも攻撃態勢に移れるように余裕を持たせてる。ヴィルハルトに対してこれをやれるのは、あの人ぐらいだろうぜ』
そして、遂にルドルフが剣を、水平に構えた。
ヴィルハルトは知っている。彼がこの構えをする時に放たれる技を。
『おっと、こいつは……来るぜ』
解説のロイドもそれを察したらしく、一瞬劇場を沈黙が支配した。次の瞬間、ルドルフが踏み込み、剣を突き出した。
恐るべき速度で繰り出される突きは、戦士の強化された目でも一度しか見えない。しかし、一発を認識する時間で五度の突きを放っている。
ルドルフ・ヴァルトシュタインの名を天下に轟かせた、彼の代名詞とさえ言える技。超神速の連続突き『個群彗星』。
突き出される剣を認識し、ヴィルハルトは頭部付近にあった剣を下げながら、ルドルフに向けた切っ先を横に倒した。だが、彼を貫くはずの突きが来ない。刹那、ヴィルハルトは頭上に剣を掲げ、ゴーレムのパンチを思わせる衝撃を受け止めてから、剣を横に滑らせた。すると、轟音と共に、ルドルフの剣がステージに落ちた。
「勝負を急いだな、剣聖」
「ああ、まんまと釣られたな」
ルドルフが突いたと思ったら、ヴィルハルトが頭上の剣を防いでいた。一見支離滅裂な状況に、観客席が静まり返る。
『えっと……今のは?』
解説を求めるリリーに、ロイドは背筋を凍らせながら答える。
『ヴィルハルトが個群彗星を防ぐ振りで、上段からの超強力な振り下ろし――『天雷』を誘ったんだ』『と、言いますと?』
『個群彗星はその速さ故に、一発目からあまり離れた場所に撃てない。だから、一発目を防がれると残りも防がれる可能性がある。当然、言うだけなら……というヤツだが。とにかく、ルドルフさんは一発目が防がれると思って、個群彗星を囮にして天雷に切り替えた。だが、それがヴィルハルトの狙いだった』
『この試合は、頭に当てれば勝ちというルール。だから頭を狙ってくると……そういうことですね?』
『わざと頭を空けるおまけ付きで、な。つーか、あの一瞬で技を簡単に切り替えるルドルフさんも大概だよ。レベル高すぎて寒気するわ』
ロイドの解説で、どちらも凄い事をしていたと理解した観客は、一斉に声を挙げた。専用の席に座るアルマイレ王も満足げだ。
盛り上がる会場の陰で、ロザリアは歯嚙みしていた。
(なんて無駄の多い魔術……なのに何ですの、この強度は)
エレインに整調で押し切られていることに、彼女は口惜しさを覚えていた。技術などまるで身についていないのに、自分より強力な魔術を扱うエレインを睨みつける。
一応彼女の事は調べていた。膨大な魔力を持つという話も知っていたが、アリナより幾らか上程度だと思っていた。だが、恐らく彼女のそれは、そんなものでは到底済まない。
(ヴィルハルト・アイゼンベルク……! こんな曲者を何処で……!!)
しかし、彼女はここで考えるのを止めた。自分の苦手分野でわざわざ戦っても仕方がない。
自分には、最強の武器がある。
「叔父様!!」
ロザリアは叫んだ。ヴィルハルトと互角の攻防を繰り広げる、己の誇るべき戦士に。ルドルフは少しだけ振り返り、こちらに目線を寄越した。
それだけで、始めるには充分だった。
直後、彼女は『整調』を解除し、右手の指を一本立てて、ヴィルハルトを指した。
「思い知るがいいですわ、ヴィルハルト……」
そして、彼女の指先が光を放った。
「私たちの強さを!!」
刹那、ヴィルハルトは自身の眼前で『十二発の黄雷』が炸裂したのを察知した。
「……!!」
この試合、頭に攻撃を当てれば勝利となる。しかし、このルールには魔術による攻撃は除外される。魔術を有りにしてしまうと、極論魔導士による黄雷の打ち合いで終わってしまうからだ。だがそれでも、妨害としては充分過ぎる程に機能する。
『で、出たぁ!! 『雷霆』ロザリア・クラインが誇る絶技!!』
『黄雷は発動速度が最も速い魔術で、一人前の魔導士なら秒間四発は撃てる。うちのアリナは高速発動は苦手だが、それでも秒間六発だ。対して、ロザリアの黄雷は――』
『圧巻の秒間十二発! 最早人間業とは思えません……!』
絶え間なく降り注ぐ黄色の閃光に、視界を防がれたヴィルハルト。その隙を、剣聖が見逃す訳がない。今度こそと、彼の右肩を目掛けて個群彗星が放たれる。かろうじて雷の隙間から見える姿を頼りに、うち四発を防いだヴィルハルト。しかし、最後の一発を受け、態勢を立て直すべく後方へ下がる。
エレインの整調を邪魔するものがなくなり、身体強化の効力が向上しているのが幸いした。
秒間十二発の黄雷と共に放たれる、剣聖の絶技。一見すると不利な状況下で、ヴィルハルトは口で三日月を描いていた。
「面白い」
ロザリアの黄雷を受けているはずが、それでもルドルフの剣を捌き続けるヴィルハルト。そしてあろうことか――右斜め下への斬り下ろしに対し、カウンターをねじ込んだ。左片手突きがルドルフの右腕を、確かに捉えた。
ダメージこそ大して通らなかったが、攻勢を止めるには充分だった。
互いの間合いよりやや離れた位置で向かい合う。
ヴィルハルトが、切っ先をルドルフに向けた。
「流石は剣聖と雷霆、と言ったところか。だが……この程度ではないだろう」
ヴィルハルトは、一瞬だけエレインに視線を送ると、不敵に笑ってみせた。
「その程度で俺たちを崩せると思ったか。殺す気で来いよ、『師匠』」
「吠えたな、クソガキめ」
釣られてルドルフも笑った。
最強と最強の激突する御前試合は、まだ開始一分程度。本当の戦いはここからだ。




