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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第二章 黒閃の魔人と神覚の暗殺者
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試合五日前

 御前試合の会場とルールが通達されたのは、試合の五日前のことだった。

 ヴィルハルトは『いい加減なことをしてくれる』と苛立ちを隠さなかったが、エレインはそのルールの方に目が行っていた。


「会場は劇場を流用して……武器と防具は向こうが用意したものを扱う。後は――『頭に攻撃を受ければその時点で敗北』。あれ、これってヴィルハルトさん不利なルールじゃないですか!?」

「それに関しては仕方ないだろう。むしろ公平だ。問題は当事者に伝えるのが遅いという方だな。無能共が……」


 忌々し気に舌打ちをするヴィルハルト。ずっとこういう顔をしていたから『凶戦士』と呼ばれるようになったんじゃないかと、エレインは今更ながらに理解した。


「ま、まぁまぁ。それより、劇場って噴水の広場にある大きな建物ですよね?」

「あぁ。崩れの日以前から国の名所だったものを、むのうが真っ先に復興させた場所だ」

「じゃあ結構広いんですね」

「ある程度動き回れるだけの広さはある。だが期待するなよ。それっぽく飾り付けることはするだろうが、俺たちが普段戦っている外と足回りが全く違う。まして防具等の備品も用意すると来れば……笑い話にもならんな」


 相当腹に据えかねているようで、いつもより声が更に低く言動に棘がある。

 とはいえ、流石にずっと苛立ち続けるのではなく、一度息を吐いてからはいつも通りの声色に戻った。


「ロイドさんとアリナさんにも教えておきましょうよ。一般の人も見られるってことですし、二人もきっと来てくれますよ」

「まあそれは良いだろう。ついでだ、試合の日までアリナに教えを乞うといい」

「それもそうですね」


 かくして、二人はロイドとアリナの元へと向かった。場所は二人のいる宿の部屋だ。

 話を聞き、アリナはう~んと唸り、ロイドはいつものにやけ面を浮かべた。


「ルドルフ様かぁ……ロザリアかぁ……」

「対戦相手のチョイスがガチ過ぎんだろ。随分評価されたじゃねぇか、ヴィルハルト」


 困り顔のアリナに、エレインは尋ねる。


「アリナさんから見ても、ロザリアさんは凄い人なんですか?」

「ヴァンドラムにいた頃、よく絡まれたわ。アタシが英雄の妹だって知ってね。それはよくあることだったのよ、実際彼女だけじゃ無かったし。でも、そういう連中の中で、あの人だけは別格だったわ。魔術の扱いの上手さなら……多分アタシより上よ。まあアタシの方が強いけど」

「なるほど……ロイドさんはどう思います?」


 腕を頭の後ろで組み背もたれに身を預けるロイドにも話を振った。にやけ面はそのままに身体を起こした彼はアリナを指差しながら軽く頷いた。


「概ねアリナと同意見だな。魔術の扱い、もっと言えば術の行使速度が超早ぇ。メインで運用するのは『黄雷』だが、それ以外の術を臨機応変に織り交ぜて翻弄して来るんだ」

「それって例えばどんな感じです?」

「そうだな……『重力増加』と『重力低下』を交互に素早く切り替えられたら、身体が重くなったり軽くなったりするだろ? それを何回も繰り返されたら、感覚狂いまくりだ」

「想像しただけでも……まともに動けなくなりそうです……」


 身震いするエレインに、ロイドは首肯した。


「そんな感じだ。アリナは自分が上だって言ってるが、多分ロザリアに聞いても同じこと言うぜ。コイツら、お互い自分の方が上だと思ってるし」

「その通りでしょ? なによ、自分の魔導士が信じられないワケ?」

「いやいや、アリナは最高の魔導士だぜ? 身長なら確実にアリナが上だし」

「そんなトコで勝っても嬉しかないわよ!!」


 アリナをからかって楽し気なロイドに突っ込むアリナをよそに、エレインはヴィルハルトを見た。


「アリナさんぐらいの魔導士らしいですね……やっぱり私次第ですね、ヴィルハルトさん」

「そうだな。そう思うなら精々技術の一つでも当日までに身に着けることだ」

「頑張ります!」


 歯痒そうなヴィルハルトの様子を気にしないまま、エレインは頬を膨らませているアリナに頭を下げた。


「アリナさん、また私に、魔術のこと教えてください!」


 一瞬たじろいだアリナだが、直後に満面の笑みで応える。


「アタシはエレインちゃんの師匠よ? 弟子の頼みに応えないワケ無いじゃない! 任せて、ロザリアに一泡吹かせられるようにちゃんと教えてあげるから」


 これ以上なく嬉しそうなアリナの様子に、ロイドが微笑みながら耳打ちでその理由を教えてくれた。


「アイツは、ジュリウスさんの妹って目でよく見られる。だからヴィルハルトみたいな相手によって態度変えないヤツとか、エレインちゃんみたいな純粋に慕ってくれる娘といられるのが楽しいんだよ」

「なるほど……」

「だから何だ、その……ちょっとウザいぐらい絡んでやってくれ。特に魔術の事なら大歓迎だ」


 アリナにとって、魔術を褒められるのは兄のような戦士には成れず、それでも己を磨き続けてきた彼女の道そのものに対する賛辞である。ロイドはそれをずっと見ていたからこそ、彼女を慕う者が現れてくれたことに喜んでいるのだろう。


「はい。でもロイドさん、そういう事なら大丈夫だと思いますよ? ロイドさんがいますから」

「……だと良いんだけどな」

「そうですよ。だから私は、私が仲良くしたいからアリナさんと仲良くします。良いですよね、それで」


 少しウザいぐらいの絡みなら、完全にロイドが普段やっていることだ。故郷もそこにいた人達も皆失くして、そうして残った二人。どれだけの絆があるか、エレインには推し量れないが、決して替えの効かないものだということは分かる。

 少し羨ましいと思いながらも、エレインはあくまで『自分がしたい』という気持ちでアリナと仲良くすると言って見せた。

 その言葉に、ロイドは――彼にしては珍しい――満面の笑みを浮かべた。


「まぁ、エレインちゃんはそう言うと思ったよ」

「……何よ、アンタたち何の話してんの?」


 二人の間を割って入るように、アリナが顔を覗かせていた。

 それに対し、ロイドは――これまた彼にしては珍しい――顔を赤くしてごまかした。


「いや、アリナは最高の魔導士だな~~ってことを……」

「ホントに? そんな事ホントに言ってたの?」

「……駄目か」

「駄目かって言った!? 今駄目かって言ったわよね!?」


 二人を見て思わず笑うエレイン。その横でヴィルハルトが呟いた。


「いつもいつも、よく飽きもせずやれるものだ」


 しかし、彼の顔は呆れこそ滲ませていたものの、辟易や面倒臭さのようなネガティブさは無かった。

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