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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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初めての外食

 結局、ヴィルハルトはエレインの面倒を見ることになってしまった。ギルドで彼女についての手続きを行った後、医者に連れて行って健康状態の診断をしたり、ごねる彼女に折れる形で服を買ってやったところ、すっかり日が暮れてしまった。


「それでですね、私の身体を調べてくれた人、何て言ったと思います?」

「その話はもう聞いた」

「『貴方、魔法の適性が凄い』って言ったんですよ! ところで、魔法って何です?」

「そのうち教えてやるから静かにしろ」


 あれからずっと、この調子で話を聞かされている。最早ヴィルハルトには怒る気力も残されていない。

 精神的な疲労をこれだけ感じたのは、彼の二十年の人生において初めてのことだった。


「あ、それからまた言うんですけど、服までちゃんと買ってくれてありがとうございます! 口では嫌がってたのに、やっぱり優しいですね」

「言ってろ」

「どうですか、どうですか? お店のお姉さんは『凄く似合ってる』って言ってくれたんですけど」

「社交辞令だ、真に受けるな」

「シャコージレー……何ですか、それ?」

「……もういい」


 エレインは、店員が勧めるままに着、ねだった挙句即座に着替えた服をくるくる回って見せびらかす。

 白を基調に、緑の線で彩られたワンピースは、今の季節、初夏の風を思わせる爽やかさがある。記憶喪失という境遇にありながら、元気でよく笑う彼女にはピッタリの服だ。無論他にも複数の服を買わせており、ヴィルハルトからすれば思わぬ所で十万エラという大金を使ってしまっただけである。金に特に執着は無いが、無駄遣いする趣味もない以上、虚無感を感じずにはいられない。

 店員に止められて彼女だけで入った下着売り場で、六十万エラの下着を買おうとしていた時は、流石に引っ叩こうかと思った――気の利く店員が確認してくれたお陰で事無きを得たが。


「ところで、ヴィルハルトさん」

「まだ何かあるのか」

「いえ、お腹空いちゃって」

「ああ……」


 沈みゆく日を見て、一般的には夕食の時間だと気付いた。


「そうだな、飯屋に行くか」

「良いんですか!?」

「そんなに喜ぶことじゃないだろ」

「だって、ここ数日食べてたのってそのままの果物や焼いたお肉だけですし……本にも色々な食べ物があるって書いてましたから、気になってて……」

「そうだったか」


 普段と変わりない食事だった為何も考えていなかった。

 これは定期的に飯の内容を変えなければならないか、と嘆息しながらも彼は街のある一角に向かっていった。



 *



「らっしゃい」


 愛想の無い店主の声に迎えられ、二人は店の隅の席に座った。


「ここが、ヴィルハルトさんがよく行くお店ですか?」

「ああ」


 エレインは周囲を見渡した。しかし、外観で感じた印象が覆ることはない。夕食の時間でありながら自分たち以外に人は見当たらず、灯りを充分に確保していない店内は薄暗い。そもそも店の立地も街の中心から離れた路地裏にあり、エレインが一人で立ち入ろうものならたちまち誘拐なり変質者の餌食なりになるだろう場所だ。


「あの……このお店の何処を気に入っているんですか?」

「気に入っているという程じゃないが、理由は二つ。一つは、値段の割に飯の量が多いこと。もう一つは、店員に話しかけられないことだ」

「な、なるほど……」


 前者はともかく後者については話が出来る方が楽しくないか、と考えたエレインだったが、ヴィルハルトの性格を考えればこれ以上なく納得出来る理由だった。


「どれくらい来るんですか?」

「ほぼ毎日、この時間には。食材を調達して調理するより店で食った方が早いからな」

「えっと、おすすめは?」

「焼肉。それしか頼まん。最早俺は注文すらしていない」


 彼が言うと、ちょうど店主が肉を運んできた。

 無言で彼の前に置き、無言で立ち去ろうとした店主を、エレインは少し大きめの声で呼び止める」


「あ、あの、すいません! えっと……」


 勢いで呼び止めたが、何を頼めばいいのか分からない。テーブルの脇にメニュー表があるのだが、それに彼女は気が付いていない。ヴィルハルトと同じものを、と言おうとしたが焼いた肉は数日間で口にしていたものなので、今食べる気にはならない。

 反射的に動いてしまったことを後悔したエレインの元に、天啓がひらめいた。


「店長さんが一番美味しいと思うものをください!」

「あいよ」


 たった三文字の返事を聞いた時、彼女はホッと胸をなでおろした。椅子にそっと座ると、ステーキを口に運びながら冷ややかな目線を向けるヴィルハルトがいた。


「急ぐことは無かっただろう。メニューならそこにあるから見てからでもいい」

「えっ……あ、これに書いてるんですか!?」

「ああ」

「何で言ってくれなかったんですかぁ」

「言う前に動くお前が悪い」

「むぅ……」


 釈然としない気持ちを胸に感じながら、正面のヴィルハルトに目を向ける。

 山のように盛られた肉は、飾り気など微塵もなくただ腹を満たすため以外の目的は無さそうだ。それを食する彼もまた、無言で表情一つ変えず、ひたすら口に運ぶ。エレインの眼には、彼がそれだけしか出来ない絡繰人形のように見えてきた。


「あの……美味しいんですか、それ?」

「美味いか不味いかは分からん。ただ、食えないほど不味くはない」

「あ、そうですか」


 或る意味では予想通りだが、こうも味気無い返答が来るともうすぐ来るはずの店長お薦めの一品も期待出来なくなってしまいそうだ。


「はい、店長お薦め、お待ち」


 そんな事を考えた折、エレインの料理が運ばれてきた。

 見た所、緑と赤を基調としたとりどりの色で飾られた華やかな一品。少なくとも、茶色一色の肉よりは彼女の食欲を大いに刺激した。


「うわぁ、美味しそうですね! これ、なんて料理ですか?」

「『トオガラシのサラダ』」


 料理名を聞いた瞬間、ヴィルハルトが一瞬身構えたように見えた。しかし、エレインは目の前の料理に夢中になっており、彼の挙動など目に入らない。


「ほら、見てくださいヴィルハルトさん! 美味しそうですよこれ! トオガラシっていうのが何なのか分かりませんけど」

「トオガラシは香辛料の一種だな。カラシって香辛料の十倍辛いんだと」

「へぇ~~、十倍って事は十倍美味しいってことですね! いっただっきま~~す!!」

「……俺は手伝わんぞ」


 意気揚々とフォークを手にし、エレインはサラダを口にした。配分としては、緑と赤が三体一といったところ。

 それをしっかりと噛み締めた瞬間――痛みと熱さが同居したような衝撃が、彼女の口内を走り抜けた。


「んぅぅぅ――痛ったぁ!」


 余りにも未知の感覚に驚愕したエレインは椅子から転げ落ちた。どうにか吐き出しそうなのを堪えて呑み込んだが、喉の熱さとヒリヒリとした舌の痛みは依然消えない。


「な、なんれすかこれぇ……」

「辛いってのはそういう意味だ。とりあえず水を飲め」

「うぅ……」


 言われたとおりにコップの水を飲み干すと、熱や痛みはとりあえずマシにはなった。しかし彼女が口にしたのはほんの一口分、全体の一割にも満たない量。これをまだまだ体感しなければならない、と考えて恐ろしくなる。


「俺は手伝わんぞ」

「だ、大丈夫です! 私が頼んだんですから、私がちゃんと頂きます!」


 彼がどうにかしてくれる、とは思わない。意を決した彼女は一口ずつ、ゆっくりだが確実に食べていく。一口ごとにコップの水を飲み干し、テーブル脇のポットから注いでいく。

 一応、辛さを考慮しなければ美味しいと言える。瑞々しい野菜の食感は心地良く、全体に掛けられているさっぱりとした白いドレッシングは野菜の味わいをより強調してくれる。尤もそれは単体で舐めた場合の話であって、実際はトオガラシの辛さによってそれらが掻き消えているのだが。


「はぁ……はぁ……」


 フォークに刺した野菜をじっと見つめる。ようやく半分まで来た、というのに手が動かない。もう何杯水を飲んだか分からず、お腹が水で一杯になっている。まさか記憶上最初の外食でこんな苦しい思いをするとは思わなかった。

 正直もう帰りたいが、ヴィルハルトはさっきから何も言わない。もしかしたら、自分が遅すぎて眠ってしまっているか、最悪既に一人で帰っているのではないかと思えてきた。その時、正面から聞き慣れた低い声が聞こえた。


「……寄越せ」

「……え?」


 突然、皿が消えた。いや、前へと動いていった。

 ヴィルハルトが、呆れた顔でサラダを攫っていったのだ。


「あの……ヴィルハルトさん?」

「いい加減待つのも飽きたからな。後は俺が食ってやるから大人しく待ってろ」


 それだけ言うと、後は黙ってサラダを口に運び続けた。エレインのように水をがぶ飲みすることもなく、いつもの憮然とした表情で。


「やっぱり、ちゃんと助けてくれるんですね。ありがとうございます」

「待っていたらいつまでも帰れないだろうが」


 相変わらず『助けた』という事を決して認めたらがらない。それでも、エレインはヴィルハルトへの恩義と信頼を感じずにはいられなかった。

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