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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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孤高の戦士、記憶喪失の少女を保護する

 ヴィルハルトは後悔していた。

 あの状況ではこれ以外に手が無かったとはいえ、随分血迷った事を言ったものだ。だが、面倒なことばかりではない。会った時は疑惑止まりだった彼女の記憶喪失はほぼ確定と判断出来た。何しろ、彼女はこの世界に関する知識を一切持ち合わせていない。話せ話せとしつこいから少し教えてやったが、一を教えたら〇.一が分からないといい、それを教えれば更に〇.〇一が分からないと言う。仕方がないので簡単に文字の読み方を教えてから幼児用の教本を与えてやった所、それは落ち着いたが。代わりに――。


「長さの単位は、10mm(ミル)で1cm(セクト)、100cm(セクト)で1m(モート)。男性の身長は170cm(セクト)が普通、ですよね。ヴィルハルトさん」

「合ってるから話さなくていい」


 不在の間ずっと勉強しているらしい。最初は文字の読み方も分からなかったが、数日でほぼ完璧に覚え、本から知識を吸収している。それはいいのだが、学んだことを一々得意げに話して来るのが本当に面倒だ。聞き流すという選択肢がある分、ずっとマシだが。


「ああ、それと。私もそろそろ動きやすい服が欲しいです。ヴィルハルトさんのお下がり、おっきいから袖なんてこんなにめくらなきゃいけないんですよ」

「分かった分かった」


 本当にしつこく話しかけてくるので、今の彼には休まる暇がない。

 だが、それも今日までだ。


「おい、外に出るぞ」

「お出かけですか?」

「そんな所だ。まぁ、もう引き籠っている必要もこれで無くなるだろうよ」

「わ~~い! お外、見てみたかったんですよねって……きゃん!」


 ぶかぶかのズボンで飛び跳ねた結果、エレインはずっコケた。見事に顔からいったものの、鼻血は出ていない。


「痛っててて……見ての通りなので、服が欲しいんです」

「……考えてやるよ」


 あと少しの我慢だ。そう自分に言い聞かせ、ヴィルハルトは平静を保った。



 *



 ヴィルハルトはエレインを連れて街で一際大きい建物に入った。

 ここは、戦士らの集会所だ。

 その名の通り、街を魔物の侵攻から守る戦士達の集まる場所。戦士として活動するものは全員、例外なく世話になる。


「ご用件は……ヒッ、ヴィルハルトさん!?」

「何故怯える」

「い、いえ。怯えてなんてそんな……ご用件は、何でしょうか?」


 ヴィルハルトの顔を見るや否や、美人の受付嬢は顔面蒼白になった。距離を取られるのは慣れている為彼は別段気にしないし、むしろ有難いのだが。

 ヴィルハルトは革のポーチから幾つか紫色に輝く石を取り出し受付嬢に差し出す。


「先の分だ。換金を頼む」

「あ、はい。魔晶石の換金ですね。少々お待ち下さい」


 受付嬢は石を持って足早にカウンターを離れて行った。その後、カウンターの向こうからザワザワとした声が聞こえてくる。横でエレインは何が何だか分からないという表情をしている。聞かれる前に答えてやることにした。


「さっきのは魔物を倒した証明みたいなものだ。あれを渡して申告し、金を得る」

「つまり、ヴィルハルトさんは魔物を狩るのがお仕事ってことですか」

「……それでいい」


 やがて先ほどの受付嬢がやってきた。その手には大量の束ねられた紙幣が握られている。


「えっと、お待たせしました。今回の討伐実績は大型六体、中型十三体、小型四十体でしたので……合わせて、百五十万エラです」

「えっと……お金、ですよね。多いんですか、その百五十万エラって」

「エラは金の単位だ。そうだな、男一人なら半年は暮らせる程度だろう」


 ヴィルハルトは興味無さげに袋に詰められた金を受け取った。


「ところで、その隣の女の子は?」

「ああ、そうだ。こいつは俺が見つけたんだが、施設に入れる手続きをしたい」

「……え?」


 隣でエレインが裏切りを受けたかのような顔をしているが、ヴィルハルトは無視して受付嬢と話した。


「孤児ってことですね。でも今回、街や村に被害は出ていないはずでは――」

「分からん。記憶が無いらしくてな、そこも含めて調べて貰いたい」

「分かりました。住民の名簿を調べますので、お名前をお教え頂けますか?」

「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!」

「用なら後にしろ。ああ、コイツはエレイン・アーネットというらしい。どれぐらいで調べがつく?」

「ちょっと、話が違いません!? 聞いてませんよ私!」

「アーネット、ですね。あまり聞いたことのない姓ですので、早ければ十分程で出来るかもしれません」

「任せる」

「ヴィルハルトさんってば!!」

「何だ、うるさい」


 受付嬢が再び下がっていくと同時に、ヴィルハルトは近くで騒いでいたエレインにようやく顔を向けた。それも、心底面倒くさそうな顔で。


「お出かけって言いましたよね? 何で私施設入ることになってるんですか? お洋服は? お外の景色は?」

「もう引き籠る必要はないと言ったぞ」

「施設に預けるからですか!?」

「そもそも街を歩くとは一言も言っていないし、服の件も考えると言っただけだ。考えた結果、必要ないと判断した」

「ひ、酷い! 身寄りのない女の子を騙すなんて、そうやって何人も若い女性を騙して来たんですね!」

「約束を破った訳じゃない。勝手に勘違いしたお前が悪い」

「そう、ですか……」


 短い口論の末、エレインが項垂れる。どうにか論破することが出来たか、とヴィルハルトが一息ついたのも束の間、彼女は大きく息を吸い込むと――。


「ここにいらっしゃる皆さ~~ん! 今ここにいるヴィルハルトさんは数日前に――むぐぅ!」


 大声で叫びだした彼女を、ヴィルハルトはすぐさま捕らえて口を塞いだ。

 彼女には、家に閉じ込めるに当たって幾らかの事情を説明した。つまり、ヴィルハルトが戦士のルールに違反していることを彼女は知っている。しかし、それを彼女が武器として使ってくることは想像していなかった。

 不意を突かれ、驚きもした彼の声色からは普段の冷徹さとは違い、感情がこもっていた。


「まさか弱みに付け込むとはな。助けられた恩を仇で返すとは、随分性根の腐った女を拾ったものだ」

「むぐ、むごごむごごむごばばびぼばばぶばばべぶぼ!」

「何?」


 口を手で塞がれながらも身体をバタバタと暴れさせながら反論してくるエレイン。しかし、流石に言っていることがわからないため、一時的に手を離してやった。


「ぶはっ……ヴィルハルトさんが私を騙すからですよ!」

「さっきも言ったが俺は嘘などついていない」

「そうですかそうですか。それなら引き続き――」

「やってみろ。今度は気絶する程度に窒息させてやる」

「あの、すみませんお二方」


 二人が睨み合っていると、予想より早く戻って来た受付嬢が気まずそうに声を掛けてきた。ヴィルハルトはエレインの口を塞ぎながら彼女に応対する。


「随分早かったな。どうだった」

「その前に一つ、確認していいですか? 魔物が原因で扶養者を失った子供は、養護施設に入れられます。ですが、入れるのはこの国の国籍を持つ子だけです」

「それがどうした」


 受付嬢は怯えた様子で口にするのを躊躇う。しかし、やがて観念したのか重い口を開いた。


「この国に、アーネットという姓名の女性は存在しません」

「……何だと?」


 予想外の返答を聞いたヴィルハルトは受付嬢を睨みつけた。当然受付嬢は縮み上がるが、それでも伝えるべきことは伝える。


「ヒッ……で、ですから、その子を施設に入れることは出来ないんです」

「奴隷の可能性は無いのか」

「奴隷は国民として正規に登録されていないので、そう扱われないんです」

「だったらどうしろと言う」

「ごむごむべぶも」


 手を塞がれていたエレインがまたしても何かを喋り出す。嫌な予感しかしなかったが、ヴィルハルトは彼女の話を聞いてみる事にした。


「簡単ですよ。今まで通りにすればいいじゃないですか」

「つまり、俺がお前の世話をしろと言うのか」

「それが一番だと思いますけど」

「そんな訳あるか」

「少なくとも、私はヴィルハルトさんといて不自由はあまり感じなかったですよ」

「……正気かお前」


 ここに来てとんでもないことを言い出した。

 花を愛でる女児のような対応をした覚えはないどころか自身に興味を持たないように接したというのに、不自由が少ないと言い出すなど、明らかにおかしい。記憶喪失ゆえにそれ以上の接し方をした覚えがないことを差し引いても異常だろう。

 ここで、彼は一つ思い出した。まだ彼女が『魔物の核を見抜けた理由』が分かっていない。それを解明して自身も習得出来るものなら、魔物討伐も飛躍的に楽になる以上無視は出来ない。

 暫く考えたのち、彼は漸く答えを出した。


「……仕方ない」

「え? それって……」

「このまま放置してバラされるのも面倒だからな。さっきの続きは誰にも話すなよ。それが交換条件だ」


 それを聞いたエレインは、花のような笑顔を咲かせた後ヴィルハルトに抱き着いた。


「やったぁ! やっぱりヴィルハルトさんは私の命の恩人です!」

「こいつ……」


 この馴れ馴れしさも含めて、後々教育していこう。

 エレインの両腕に包まれながら、ヴィルハルトは決意した。

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