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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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ジュリウス・ヴァーミリオン

「これは……またしても想定より早く突破されてしまいましたか」


 テオドールが攻撃の手を止めてエレイン達の方を見る。じっと見つめられた三人は身構えるが、やがてテオドールが目を逸らしながら魔法を解除したのを見ると、呆気に取られて脱力した。


「ふむ……どうも入用なのは(わたくし)ではなく、兄上に対してのご様子。いいでしょう、五分だけお待ちします」

「どういうつもりだ」

「いえ、貴方を侮るつもりはありません。ただ、どうせなら万全の状態で戦いたいものですから。何しろ、戦士と魔導士は二人で一組。兄上にそうした者がいなければそうしましたが、どうもそうではないようですので」

「俺に魔導士はいない」

「そちらのお嬢様は、そう思っておられないようですが」


 エレインが真っ直ぐヴィルハルトの方に向かってくる。その顔は、怒っているのか悲しんでいるのか。判別の難しい顔だった。

 彼の目の前に立つと、エレインは鎧に覆われた腹を小突いた。

 直後、拳を抑えて涙目になる。


「痛いです……」

「当然だろ」


 しかし、それもほんの少しの間だけ。すぐさま彼女は視線をヴィルハルトに戻すと、グイッと顔を近づける。


「何で一人で飛び出すんですか!」

「それが一番早いからだ」

「私、貴方の魔導士になるって言いました!」

「それを信じて待ってやる余裕はない」


 客観的に、理があるのはヴィルハルトだ。エレインはまだ魔導士にすらなっていない。それを思えば、ロイドやアリナの方が間違っている。しかし、エレインにはそんな意識などない。今しがた死にそうな目に遭ってきた事は三人の容貌から察しがつくが、そのようなことさえどうでもいいと言う顔つきだ。

 その顔を見たヴィルハルトは、ようやく確信する。

 エレイン・アーネットは、ジュリウス・ヴァーミリオンに似ている。

 言動ではない。殆どの者が遺した実績に目が眩んで気付かなかったが、あの男の本質は『正誤など関係なく、己の思うままにやり通す』というもの。偶々それが人々の団結や博愛の精神に繋がっただけで、滅私奉公を主とする都合の良い存在とは程遠い。

 だからこそ、今の戦士達に蔓延する英雄信仰は、ある意味で間違いなのだ。

 だが、思うままに貫き通すには、何よりまず力がいる。だからこそーー


「それにだ。魔導士になると言っているが、調律出来るのならやってみればいい。俺の意志など知らんと言うなら、それを通せることをお前自身で証明してみろ」


 その言葉を聞いた瞬間、エレインが息を呑んだのが分かった。まさか彼の口からそんな言葉が出るとは思わなかったというように。しかし、すぐに真剣な表情へと変わる。


「分かりました。やってみます……」


 エレインが調律の準備に入った時、ヴィルハルトはジュリウスの事を思い出していた。



 *



「皆の笑顔が俺の力になる。だから、お前も笑ってくれ、ヴィルハルト」


『英雄』と呼ばれたその男は、傍若無人の悪ガキにも分け隔てなく接していた。

 会う度に掛けられるその言葉に、少年は何度目かも分からない答えを返す。


「断る。楽しくも無いのに笑えるかよ」


 何度も繰り返されたやり取りに、しかしジュリウスは笑みを崩さなかった。むしろ『いつか絶対笑わせてやる』とでも言いたげに、より楽しそうに笑った。それはまるで人を笑わせることを心から楽しんでいるようだった。

 輝かしい実績を挙げるたびに信者を増やしていき、やがてそれが市民にとって理想の英雄像と彼の姿を重ねさせた。

 それ自体はまあ良い。ジュリウス自身、それを良しとしているようにも思える。

 問題は、戦士としての『理想』が『そうあるべき』という固定観念になることだった。

 少年ーーヴィルハルト・アイゼンベルクは、物心ついた時から考えていた。


『この世にただ一人の人間である己を全うして生きていきたい』


 それはつまり、何物にも膝を着かず何物にも心臓を預けない、唯我独尊の道。

 現在、ヴィルハルトという名で呼ばれる彼は、何処で生まれたのか誰も知らない。何処かで見つけたエカテリーナが拾い、名を与えた。そんな彼にとって、己の身体とは、世界を生きる上でただ一つの剣であり、盾なのだと。

 だからこそ、他人の在り方を盲目的に変えようとする輩を何より嫌った。当然、自分を()()()()()()()へと作り替えたあの女(エカテリーナ)も嫌悪の対象だった。

 彼も最初は、ジュリウスをそれらと同様の者だと思っていた。だが、かの『崩れの日』の前日の会話で、それは違うということを知った。


「いい加減に諦めろよ。それとも、アンタは俺が笑わないだけで負ける程度の奴なのか?」


 同じやり取りを繰り返すのがいい加減鬱陶しくなり、遂に自分から彼に問いを投げかけた。


「龍についていくことしか出来ない蝿に持ち上げられてそんなに嬉しいのかよ。そんな事じゃいつかアンタは身を滅ぼすぞ」


 自分にしては珍しく、感情的になっていた。普段より辛辣な口から出た言葉を聞いたジュリウスは、


「ありがとう、ヴィルハルト!」

「……はぁ!?」


 感動して抱きしめてきた。余りにも想定外な反応故に、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「俺を龍と言ってくれるのか、俺の強さを認めてくれてるんだな!」

「違う、それは言い回しでーー」

「ましてや俺の心配までしてくれるとは!! 嬉しいぞヴィルハルト!!」

「違う! おめでたい勘違いをするな馬鹿!」


 ひとしきり彼を抱きしめて笑った後、ジュリウスは先とは打って変わって真剣な声で話し始める。


「まぁ、本当のこと言うとな。お前が笑ったからと言って俺そのものの肉体や魔力が強くなる訳じゃない」

「……なら何故だ?」

「いい質問だ」


 白い歯を見せるいつもの笑顔をして、ジュリウスは堂々と言い放つ。


「俺がやりたいからさ」

「アンタが?」

「そうだ。俺はお前や皆には、いつも笑顔でいて欲しい。その為なら、どんなに勝ち目の薄い相手にだって立ち向かえるし、どの結果俺がどうだろうと後悔はない」

「ただ人を笑わせたい。それがアンタの楽しみで、それがやりたいからそうして生きている、と?」

「その通りだ。だから俺は、本当は勇者でも聖人でも何でもないんだよ。……これは他人に、特にアリナには言わないでくれよ? ここまで広がっちゃったら、もう言っても仕方ないしな」


 眉を八の字にして苦笑するジュリウス。彼自身の英雄性を、他ならぬ彼自身が否定していた。勿論それに対する驚きもあったが、それよりヴィルハルトには疑問があった。


「何故そんな話を俺にする?」

「幾つか理由はあるけど、一つはお前がこの話を信じてくれそうだと思ったから。もう一つは……」


 少しばかり逡巡を見せてから、ジュリウスはヴィルハルトの頭を撫でた。


「人の身体じゃなくなったお前も、自分の思うままに生きて良いって言いたかったからさ」


 ジュリウスの手を除けて、距離を離したヴィルハルト。しかし、ジュリウスは相変わらず優しい眼を彼に向けている。


「……! いつから知っていた……」

「ついこの間さ。エカテリーナには、近いうちに話をつけるつもりだ。あぁ勿論、お前とは離れた場所でやる」

「魔物を殺すのが役目のアンタが、俺の事は見逃すのか?」

「魔物の退治が俺の仕事だ。だから俺は、『人は斬らない』」

「……訳が分からない」


 人の身体じゃないと言いながら、ヴィルハルトを人と言う。矛盾している――ヴィルハルトはジュリウスに言った。


「結局アンタは俺をどっちだと思ってるんだよ」

「俺にとっちゃあ、お前はちゃんと人間だよ。身体がどうとか、核が頭にあるとかじゃない。お前が人として生きたいと、そう思って生きられるなら、お前の『魂』は人間のそれだ」


 ジュリウスは再び彼に近付くと、今度は幼子をあやすように優しく抱きしめた。


「お前は、お前の思うままに生きてくれ。その為なら、俺はどんな奴とでも戦える」


 彼から出た言葉、その全てに一片たりとも嘘が無いことを直感で感じた彼は、ジュリウスの腕を振り払うことが出来なかった。その腕が離れた後、彼は一つだけあった疑問を投げかけた。


「残りの理由は?」

「え?」

「幾つか理由があると言っていた。これで二つだから、後二つぐらいあるだろ?」

「ああ~~」


 困り顔で頭を掻くジュリウス。ヴィルハルトがここに食いつくとは思わなかったのだろうが、そもそも理由の数など隠しても問題ない事をわざわざ言ってしまったことを軽く後悔している素振りだ。

 結局彼は、人差し指を唇に当てて小さく笑うので精一杯だった。


「秘密だ。どうしてもって言うなら、十年後に教えてやるよ」


 結局、その機会は訪れなかったが。翌日、ジュリウス・ヴァーミリオンは死んだのだから。

 ヴィルハルトの記憶は、最後に彼を見た時に飛ぶ。

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