兄上
「近くで見るとマジでやべえな……こいつは」
魔物の壁まで百mの地点で馬を降りたロイド達攻撃部隊は、改めてその数に瞠目する。中型と大型は勿論のこと、それらの足元を無数の小型が埋め尽くしており、本来なら後方に見えるアルマイレ自慢の山々は黒いカーテンで覆い隠されていた。
とはいえ、こちらには自分たちと互角以上の実力を誇るヴァンドラムの精鋭がいる。そして核の位置を確認出来るエレインがいる。
「貴公らの目的は突破と聞いている。我々が援護しよう」
「ええ、助かるわ」
この状況でも、ヴァンドラムの戦士は落ち着いていた。伊達に大国の防衛を担っている訳ではないようだ。周囲の者達もある程度覚悟を決めているらしい。魔将の降臨という状況に弱気な者が居ないという点では、英雄への憧れというのも悪いものではない。
魔物の軍勢は一様にこちらを睨んでいるが、向かってくる気配はない。やはり本能より何かの防衛を優先しているらしい。
「これ抜けんの、かなりしんどいぜ……行けるか、アリナ?」
「誰に聞いてるのよ。アンタは是が非でも通してやるわよ」
アリナはロイドに整調を掛ける。最初に狙うのは、その巨体で壁の主体を担っている『サーペント』。核の特定に多大な苦労を要する相手だが、こちらには心強い味方がいる。
「エレインちゃん、アイツーーサーペントの核は何処だ?」
「サーペント……長い魔物ですね。えっと……丁度真ん中辺り、その右側です!」
「オーケー、詳しい位置はまた教えてくれ!」
ロイド達が一斉に駆け出し、戦闘の幕が上がった。若く経験の浅い者達は小型に集中し、ロイドやヴァンドラム組のような上級以上の実力者は中型・大型と交戦。アランの指示通りに動き、黒い壁の突破を図る。しかし――
「おいそこの、危ねぇ!!」
「ロイド、右!」
「なっ……がぁ!!」
前回の防衛を遥かに上回るレベルの乱戦。後ろから来るオーガに気付いていなかった新人を庇ったところを、サーペントの尻尾に吹き飛ばされた。
核の位置は分かっても、単純に戦力で負けていては思ったより簡単にはいかない。ただ、幸いにして魔物は防衛に専念している為か一定以上距離を取ると追撃しなくなる。おかげでダメージを負った者が後退することはそう難しくなかった。
死という形での人員の損耗こそ抑えられるが、その分守りが凄まじく堅い。ヴァンドラム組でさえも攻め切るのは厳しい様子だった。
「どうしたもんかな……」
ロイドは吐き出した血で汚れた口元を拭うと、頭を回転させる。そこにエレインが並び立ち、声を掛ける。
「私が重力増加でサーペントの動きを止めます。その間に核を攻撃出来ますか?」
「えぇ? いや出来るといえばまぁ出来るだろうけどよ……エレインちゃんは大丈夫か?」
「大丈夫です。むしろ……」
エレインは胸の前で両手をグッと握り、元気をアピールする。
「ヴィルハルトさんの所に行くまでに、自分がどれだけ出来るか、やってみたいですから!」
「ハッ、言うじゃねぇか。なら……頼むわ。いいよな、アリナ?」
「この期に及んで駄目なんて言えないわよ。じゃあアタシは、ロイドの整調に集中するわ」
「おう、頼んだぜ相棒」
打ち合わせを終えると、三人は魔物の攻撃対象エリアに踏み込んだ。このエリアは、魔術の射程にギリギリ届かない位置で、遠方から魔術で牽制することが出来なくなっている。
「やっぱ司令塔がいるみたいだな」
ロイドは内心で、背後の魔将の存在を確信した。それと同時に、彼のやや後ろに位置するエレインが、サーペントに向かって『重力増加』の術を掛けた。
「おお、こりゃあスゲェ」
見るからにサーペントの巨体が動揺している。大型魔物相手に行動を阻害出来るレベルの重力増加は、アリナでも全力でやらねば不可能なレベルだ。エレインの場合は技術ではなく圧倒的魔力による力押しだが、魔物のような単純な思考の存在にはある意味一番効果的とさえ言える。
苦しそうに頭を持ち上げるサーペントだが、整調によって練体術を強化されたロイドの動きには、到底追い付けていなかった。エレインの指示していた部位に向かって、槍斧の切っ先を突き立てた。
「よし、当たりだ」
手が一瞬痺れる程に硬い手応え。大型魔物の核の手応えを感じると、ロイドは皮膚の再生が終わらない内に、全く同じ場所に全力の突きを放つ。水晶玉が砕けるような音を立てて核が壊れると、サーペントは砂となって消えた。
「オーケー、これならいけるぜ。エレインちゃん、次はあそこの『サラマンダー』だ。核は何処だ?」
ロイドは、紅蓮の鱗に包まれた、トカゲに酷似した小型魔物『サラマンダー』に目を向ける。戦闘時には全身に炎を纏う、小型の中では最も厄介な相手だ。しかし、
「頭です。重力増加掛けますから、その間に!」
「分かった。アリナ、『黄雷』で奴の眼を塞いでくれ」
エレインとアリナ。二人からの支援があれば余裕の相手だ。
ロイドは簡単にサラマンダーを倒すと、進路を塞ぐ次の標的群を見定める。
「今オレの前にいる三体の小型。あいつ等の核は?」
*
ロイド達が奮闘している時、ヴィルハルトは防衛網を既に突破していた。身体強化を三重に掛けた上で魔物の合間を縫って移動し、どうしても邪魔な相手は『外れ者』の錆とする。その結果、数百の魔物の群れを十分と掛けずに突破することが出来た。更に奴らは一定以上離れた相手を追わないらしく、今ヴィルハルトを追跡する魔物は一体もいない。司令塔がいたとして、所詮その程度の命令が限界ということだ、とヴィルハルトは考えていた。
魔物の群れの向こうには、自然によって作られたとは思えないような洞穴があった。
「チッ……ここか……」
頭を左手で抑えながら、洞穴に入る。ここに近付くごとに脳内に響くエカテリーナの笑い声は大きくなっていた。間違いなく、この先にいる。
「これはこれは……まさかもう抜けてきた人間がいるとは」
洞穴の中は、かなり広かった。数(モート)進んだ先は、天井がヴィルハルトの数倍の高さの大広間のようになっていた。その奥には、一つの『人影』が鎮座している。
自分と同じ、黒い瞳と白い髪の男。ロイドの情報は正しかった。つまり、目の前の男が――
「魔将……!」
剣を構えるヴィルハルトに対し、目の前の魔将は妙にリラックスした様子だった。というよりは、戦意が感じられない。両手を突き出して『ちょっと待って』というジェスチャーをしている。
「お待ち下さい。私、今すぐ貴方様と事を構えるつもりはありません。どうか、ほんの三分程で結構ですので、お話をしませんか?」
「話……だと?」
「ええ。何しろ私、母上から貴方のお話を伺っておりましたので。一度お会いしたいと思っておりまして、こうして望みが叶った次第ですので、少し高揚しているのです」
相変わらず剣を構えながら、しかしお母様という言葉を聞いたヴィルハルトの殺意は明らかに減少していた。
「やはり、貴様もあの女の子供か」
「その通り」
目の前の魔将は、まるで貴族のように洗練された動作で、ヴィルハルトにお辞儀をした。
「では自己紹介から。私が母上より賜りし名は『テオドール』。本日はお会いできて光栄です、我らが兄上」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィルハルトはテオドールに斬りかかっていた。最小限の動作でそれを躱したテオドールは、表情一つ変えずに言う。
「何かお気に障ることを言いましたか?」
ヴィルハルトが剣を横薙ぎに振ると、テオドールはその手に夥しい数の刃をつけた奇妙な刃物を握って受け止めた。二つの刃がぶつかった瞬間火花が散り、互いに睨み合う。
「俺は貴様の兄ではない」
彼のその言葉によって、半人半魔の戦士と魔将の戦いが幕を開けた。




