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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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魔将

「ん……」


 朝。窓の外の騒めきを目覚ましに、エレインはベッドから身体を起こした。小屋の外を出るといつも通り鍛錬に明け暮れるヴィルハルトの姿がある。彼は部屋より一層大きく聞こえる街の騒がしさを気に留めていないヴィルハルトの邪魔をしないよう、そっと街の方を覗いた。

 どうやら人が沢山集まっているらしく、道の両端に寄った人々に、真ん中を多数の馬車が通っていく。騒めきの正体は、馬車に贈られる歓声らしい。そこまで分かったところで――


「どうやら他国の戦士が応援に来たらしい。随分と動きが早いな」


 いつの間にか、背後にヴィルハルトが立っており、エレインはビクリと身体を震わせた。


「と、トレーニングはもう良いんですか?」

「問題ない」

「そ、そうですか。でも、他国からの応援ですか?」

「一昨日の戦いで、アルマイレの防衛戦力が相当削られたからな。派遣したのは十中八九『ヴァンドラム』だろう」


 一昨日の戦いは、ヴィルハルト一人によって勝てたと言っても過言ではないものだった。その上で貴重な戦力を大きく削られたとなれば、貴族や国王は他国に応援を依頼する他ない。ただ、それにしてもあまりに救援が早すぎる。


「恐らく、最初から救援を出していたんだろう。ヴァンドラムの首相がやりそうな事だ」

「すみません、ヴィルハルトさん。ヴァンドラムって何です?」

「ヴァンドラムは、ここアルマイレの近くに位置する国だ。今のところ世界最大の大国で、当然戦士と魔導士の量・質共にアルマイレの比ではない」


『英雄の国』、ヴァンドラム。かのジュリウス・ヴァーミリオンの故郷であり、彼の盟友を首長とする『議会』によって統治される大国。襲撃する魔物の数もアルマイレを遥かに上回るが、それ以上に優れた戦士達によりその防壁が破られたことはこの十年で一度もない。


「俺やアリナ達の生まれた国でもある」

「そうなんですか!? ということは、三人は元々――」

「ヴァンドラムで活動していた時期がある、ということだ」

「なるほど……」


 エレインはヴィルハルトの話を聞きながら、馬車の列を見る。


「この位置から見えるのか」

「はい。ちょっと見えづらいですけど……」


 彼女に自覚は無いが、高所からとはいえ直線距離で数km(ケルモートは離れた場所が、それなりにはっきり見えるのは相当な視力だ。そういう意味でも、彼女の魔導士としての才は確かだろう。


「あの、ヴィルハルトさん。もう少し近くに行きたいんですけど――」

「駄目だ」


 彼女の頼みは、即答で断られた。


「何でですか!?」

「ヴァンドラムの連中の『英雄信仰』は、この国の連中の比ではない。あいつらとは視線を交わすことすら我慢ならん」

「じゃあ、アリナさんたちの所に行ってきますね」

「それなら好きにしろ。そのまま帰ってこなくてもいい」

「暗くなる前に帰りますね」


 最早慣れたものだという調子で、エレインは一人で街に降りて行った。アリナとロイドがいる宿は小屋から存外近い距離にあり、十五分も大通りを歩けば辿り着ける。


「やあ、見目麗しい桃色の乙女よ」


 聞き覚えのある声が、宿の戸を開けた彼女の耳に届く。初めて会ったときは驚かされたが、今となっては軽いおふざけ程度にしか思わない。


「おはようございます、ロイドさん。アリナさんはいますか?」

「おうよ、今日は寝ぐせが酷かったから上で必死に整えてるぜ。君にも見せてやりたかったよ、あの鳥の巣みてえな頭」

「それは残念ね~~、私はもう降りてきちゃったわ……」


 青筋を立てながら、アリナが二階に続く階段から姿を現した。後ろを振り向いたロイドの頭を小突いてから、エレインの頭を撫でる。


「エレインちゃん、ここまで一人で来れたの? 偉いわね」

「近かったからですよ。それより、今よその国から戦士さん達が来てるって知ってますか?」

「らしいわね。まぁ、アタシらとしては助かるけどさ……正直なところ、ヴァンドラムの人たちにはあんまり良い思い出が無いのよね」


 アリナがふぅっとため息を吐き、ロイドも『あ~~』と唸りながら苦い顔で頷いた。


「もしかして……お兄さん絡みで?」

「そういう事。魔導士だって知れた時は色々嫌味ぶつけてきたくせに、階級が上がるにつれて掌返して来た時は一人ずつぶん殴ってやろうかと思ったわ」

「まぁそうだろうなぁ」

「そうね。尤も……」


 アリナがロイドの肩をガシリと掴み、圧力を掛ける。顔は笑っているが、声と発される威圧感から、喜んでいるのではないとエレインにも分かった。


「アンタが勝手にリズリーに行ったワケだから、当時のアタシはホンッッットに味方が居なくて大変だったのよねぇ」

「いやマジで悪かったてアレは……何回も謝ったじゃねえか」

「アタシも許したわよ? 『アタシと組む』っていう約束が無かったらねぇ?」

「今なってるから良いだろ、な?」


 相変わらず仲の良い二人を笑顔で見つめていると、背後で宿の扉が開く音がした。振り向くと、予想外にもヴィルハルトの姿があった。

 エレインはパッと花のような笑顔を咲かせ、手を握ってブンブンと振って喜びを現す。


「ヴィルハルトさ~~ん! なんだ、やっぱり来てくれるんじゃないんですか~~!」

「……用があるのはお前じゃない。ロイド、覚えているな?」

「ああ、そういえばあったな。オーケーオーケー、今から話そうか」


 何をするつもりか、わからないエレインより先にアリナが二人の間に割って入る。


「ちょっと! 魔将の話ならアタシにも聞かせなさいよ! アタシはロイドのパートナーだから、聞く権利ぐらいあるはずよ」

「どうする、ヴィルハルト?」

「お前の好きにすればいい」

「よっし、じゃあアリナも聞いてくれ。それと……エレインちゃんにも聞いて貰おうか」

「私も、ですか?」


 予想外の言葉に、呆けた反応を返す。

 ヴィルハルトは訝しげな顔をしているが、何も言わない。


「……文句はねぇってことだな。じゃ、上行くぞ。俺らの部屋」



 *



 そこはかとない場違い感を覚えるエレインのことなど気にせず、ロイドによる魔将の話は始まった。エレインが魔将について知っているのは、ジュリウスの伝記に書いていた程度のことでしかない。


「で、そもそもジュリウスさんが倒した魔将は既存の魔物とは一線を画す恐ろしい見た目をしてたらしくてな。あえて言うなら、キマイラに近い感じだったらしい。だがな、俺が見たのはそんなもんじゃねぇ。あれは……あいつは……完全に『人』だった」


 ロイドの表情は真剣そのもので、普段の彼を知っているとこれがウソ話でないことが直感的に分かってしまう。


「俺が見たのは二体。それぞれ人間の男女で、どっちも綺麗な顔してやがった。男の方は、ヴィルハルトと同じ白い髪で、舞踏会にでも行きそうなスーツを身に着けていた」

「待ってロイド。それって魔物が服着てたってこと?」

「ああ、あいつらの知能と見た目はどう見たって人間のそれだった」

「それで、何故お前はそいつらが魔将だと分かった」

「自分で言ってたんだよ。隠れてた俺に気付いて、な」


 そう言ってロイドは、自分の脇腹を手でさする。傷痕がある場所だ。


「女の魔将は、青い髪をしていたな。見た目はマジで人間と違いがねぇ、仮に街歩いてても誰も気づかねぇだろうな。……これが、俺の見た魔将だ」


 話が終わり、辺りに沈黙が訪れた。ロイドは三人の反応を伺い、アリナは冷や汗を流している。エレインは身体を震わせ、唇を噛んでいる。ヴィルハルトは目を閉じて何か考えこんでいる。


「要するに、だ」


 暫しの沈黙の後、最初に口を開いたのはヴィルハルトだった。


「見た目が人間と変わらんというのなら、白髪の男を警戒する他無いな」

「そうだけど……アンタまさか、総当たりする気じゃないでしょうね!?」

「……そんな効率の悪いことをしてたまるか。むしろこれはお前たち向けの発言だ」


 ヴィルハルトは立ち上がり、部屋を出ていく。


「俺は奴らが近くにいればすぐ気が付く。魔将は見つけ次第、俺が殺す」

「あ、ま、待って下さいよ~~」


 ヴィルハルトに続き、エレインも退出した。


「すぐ気付くって……幾ら経験が多いからってそんなの……」

「だが嘘吐いてるって訳でも無さそうだな。あいつは、本気で独りで魔将を殺る気だ」

「そんなの無理よ! 兄さんだって、自分一人で魔将を倒すのは無理だと思ったから、あの『仮面の女王』を引きずり出したんじゃない!!」

「そうだな。あの人も死んじまったようだし、いよいよ……」


 焦りを露わにするアリナを宥めるように、ロイドは額から汗を流しながらもニヤリと笑って見せた。


「エレインちゃんに……頑張ってもらうしかねぇな」

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