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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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図書館

ヴィルハルトが去っていった後、エレインは胸中の決意を固め直し――てから後悔した。


「顔合わせづらい……」


いずれ何処かで言うことではあったが、いざ言ってしまうと今後が危ぶまれる。帰ってきた時にどんな顔をすればいいだろうか。とりあえず捨てられることは無いと思うが、何かしら態度が冷たくなる可能性はある。


「……あれ以上ってあるかな?」


何だか逆に何も変わらないかもしれない、という考えも出てきたエレインは少しの間悩んだ後、


「まぁ、その時に考えよ」


諦めてアリナから貰った魔導士の教科書を読むことにした。彼女はあまり深く考えない性格だった。





結論から言うと、ヴィルハルトの態度には何ら変化は無かった。拍子抜けしたエレインの顔を見たヴィルハルトが逆に若干困惑した程度に、彼はいつも通りだった。


「魔導士に関しては、お前が勝手にやればいい。俺がああ言っても聞かんのなら、俺にお前をどうこうすることも出来ん」


例の店で山盛りの肉を食べながら、ヴィルハルトは平然と言った。良くも悪くも、魔物以外には執着が薄いのか、あるいは他人の意志を尊重する人柄なのか。それは分からないが、それなら自分もいつも通りにしようとエレインは決めた。


「ヴィルハルトさん、この間行こうとしてた図書館ですけど、明日行きましょうよ」

「そういえばそんなことを言っていたか。明日は門の監視と防衛の業務がある」

「監視、ですか?」

「街に来る魔物を見つけるのが誰だと思っている。戦士と魔導士は、門の監視塔について襲撃に備える者が何人か常に配置されている。俺が日中いなくなることが今までもあったはずだ」

「あぁ、確かにありました! ということは、明日はダメってことですね」

「いや、少し待て。図書館の開業時間と位置は……」


ヴィルハルトが思い出すように目を閉じていると、エレインの前に『川魚の塩焼き』が置かれた。先日、アリナと食べた魚の味が忘れられずに頼んだ品だが、今の彼女はヴィルハルトの回答待ち故に然程喜びの表情を見せなかった。

やがて、彼が目を開き相変わらずの無表情で言った。


「運が良かったな。早めに昼飯を取ってから12時前に行けばいい。18時には戻るからそれまで一歩も図書館を出なければいい」

「本当ですか!? わ~~い、あっこのお魚凄く美味しい!!」

「うるさい」

「ひは~~やっふぁりふぃふふぁふとふぁんはははひひへふへ」

「飲み込んでから喋れ」


すっかり上機嫌になったエレインは、アルマイレ名物の焼き魚をじっくり堪能した。





「お……おおぉぉ……」


翌日。南門近くにそびえ立つ一際大きな建物を前に、エレインは歓喜に震えていた。

この建物こそ図書館であり、文化を愛する現・国王の命で建てられたそれは、他の建造物とは一線を画するデザインをしていた。


「本当にこの中に……一面の本の畑が……」

「本の貸し借りはお前一人では無理だから、借りたいものがあれば俺が戻るまで待て」

「分かりました! それじゃあいってきますのでいってらっしゃい、ヴィルハルトさん」

「もう一度言うが、外には出るなよ」


去り際の言葉は最早聞こえていなかった。入り口で簡単なボディチェックだけされると、手ぶらだった彼女はすぐに通された。その際金属製のリストバンドをつけられたが、特にそれは気にせず彼女は館内に入っていった。その瞬間、彼女の瞳は一際強く輝き出す。

そこはまさに、本好きの楽園。彼女の身長を上回る高い本棚が無数にあり、それら全てに隙間なく本が納められていた。案内のカウンター前には一週間前までの新聞があり、


『仮面の女王《ウルスラ・マージリント》他界。弟子二名が発見』


という今日の一面が目に入った。少し心に引っ掛かり手を伸ばそうとするが、文字がびっしりと並んでいて難しそうだったのでやめた。

一時間ほど掛けて図書館中を周ってみたが、彼女が今まで読んでいた本が『子供向け』のものだったことが分かり、そうでない本は文字が多くて読みづらかった。

彼女が最初に手をつけたのは、『私たちの生活』という題の児童書だった。思えば彼女は、世界に関する情報をヴィルハルトから聞いたもの以外知らない。魔晶石が高値で取引される理由など、戦士や魔導士に関する知識もあやふやだ。そんな感情から選んだ本を、彼女は閲覧席でわくわくしながら開いた。


『魔物が遺す魔晶石には、とても多くの魔力が詰まっています。小さな欠片に砕けば、一かけらでも火や水車と比べ物にならないエネルギーを手に入れることが出来るのです。これを利用した装置が沢山作られたおかげで、この本は皆の手元に届いています』


「へ~~、魔晶石ってそんなに凄いんだ……」


一ページにつき一つのペースで感嘆の息を吐きながら、読書に精を出していく。魔物の出現によって多くの人が死んだが、それらの遺す魔晶石によって、人類の文明は少なくとも百年は進歩した。戦士と魔導士とは、魔物から人々を守るだけでなく、人々の生活を支えるエネルギーを収穫する仕事でもある。そう理解したエレインは、ヴィルハルト達に対する尊敬の念を一層強くした。

次に彼女が読んだのは、偉人伝。彼女が惹かれたのは、その偉人伝が取り上げている人物のせいだ。


『《白閃の勇者》ジュリウス・ヴァーミリオン』


アリナの兄、ジュリウス。素晴らしい人なのは分かるが、彼の何が人々を惹きつけるのかまでは知らない。ただ一つ、ヴィルハルトが彼の話を聞くと、怖い顔になる。

これを読めば分かるかもしれないと、彼女は偉人伝を開いた。


『ジュリウスは誰よりも人の強さを信じる男だった。魔物に足を奪われた者、生まれつき病弱で外を歩くことも自由に出来ない者。そうした不利を抱える者達にも向き合い《諦めなければ人は何にも負けない》という信念を人々に伝えていった。彼は死んでも、彼の遺した意志は、人々の心に生き続けている』


偉人伝を読み終えた時、エレインの胸に妙な違和感が残った。確かにジュリウスは誰よりも優しく、強い人だったのだろう。アリナをはじめとした多くの人が尊敬するのも分かる。しかし、何かが引っかかる。ヴィルハルトという対極の存在を目にしていたからか、『ジュリウスのようになる』という願いが他の願いを抑える程正しいと思えなかった。外で言うのはやめた方がいいのだろうが。


「あ、そうだ」


エレインは偉人伝を棚に戻すと、魔法関連の書籍が並ぶ棚に向かった。





「随分と嬉しそうだな」

「ええ、それはもちろん」


夕方になり、ヴィルハルトが帰ってきた。彼は上機嫌に借りたい本を持ってきたエレインの身元の保証と会員登録を済ませ、彼女の代わりに本を借りて図書館を後にした。

袋に入れた本を抱えながら、今にもスキップでもしそうな笑顔を浮かべるエレインには、流石のヴィルハルトも困惑気味だ。


「お前がそんなに本が好きだとは知らなかったな」

「知らないことを知るのって、すっごく楽しいんですよ! そうだ、ヴィルハルトさんが好きそうな本も一冊借りたんですよ、後で渡しますね」

「まさか、あの魔物関連のやつの事か?」

「はい! この国だけじゃなくて、他の国のことまで書いているんですよ」

「ほう。お前にしては悪くない選択だな。まあ、気が向いたら見ておこう」


エレインは、一度に借りられる上限の五冊を借りた。一冊は前述の魔物関連のもの、一冊は最初に読んだ児童書。残る三冊は魔法関連が二冊と、ジュリウスとは別の偉人伝が一冊。


「それにしても……お前が借りた伝記だが……」

「? 『発明女王』の伝記がどうかしました?」

「いや……何でもない」


口ではそう言っていたが、彼は『怖い顔』をしていた。


「そ、それより、ヴィルハルトさん! 色々な本を見たんですけど、一つだけ分からなかったことがあったんです」


それはアランが言っていたこと。ずっと気になっていたのだが、どの本を見てもその意味を書いた本が見つからなかった。人と関わりを持たないとはいえ、自分より世界を知っているヴィルハルトなら知っているかもしれない。


「あの……女性って『お腹が重くなる』んですか? どうして?」


それを聞いたヴィルハルトは一気に毒気を抜かれたような顔になり、暫くエレインを見つめた後、


「……ロイドに聞け」


ため息を吐き、呆れ顔で眼をそらした。

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