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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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宣言

 大勢の負傷者を出し、騒めきの止まぬ街でも、薄暗い路地裏は普段通りだ。道を踏み外した者、定まった住まいを確保出来ないものなど、日の当たる場所に出られないような者たちが居付くそこに、髭面の中年男が店を構えていた。店といっても屋台に近く、商品の数も多くない。その上、販売されているのは非合法な薬物ばかり。


「おや、お久しぶりですね」


 店の前に立った男に対し、主人は軽い調子で話しかける。主人は、麻薬以外の商品が入用の数少ない客として、男のことを記憶していた。いや、そうでなくとも彼の容貌を一目見れば、忘れることは無いだろう。

 黒い鎧の男――ヴィルハルトは、革袋から大きな魔晶石を取り出し、両者を隔てる机に置いた。


「無駄話をする気はない。魔力ポーションを二つ」

「あいよ、大型の魔晶石一つだから、丁度頂きやす」


 主人がポーションの入ったフラスコ二つを渡すと、ヴィルハルトは即座にフラスコの口を横に割って一気に飲み干した。もう一つも同様にすると、何も言わず背を向けて歩き去る。

 飲むと魔力が回復する魔力ポーション。ヴィルハルトの場合、一瓶につき二割程魔力が回復する。しかし、毒性の強い物質を含むために副作用が強く、二瓶も飲めば最悪呼吸困難に陥り死に至る。故に、効果の程は認められながら、どの国でも認可されていない非合法な一品。使用したと知られれば、間違いなく戦士の資格を剥奪される。

 しかし、ヴィルハルトは使用を躊躇しなかった。半人半魔の彼はそもそも毒物が効かない為、副作用を無視出来る。それに、今は急ぎでやるべきことがある。



 *



 住処にしている小屋に戻ったヴィルハルトは、まず砥石の在処を思い出す。普通の武器より丈夫な魔道具は多少手入れを怠っても問題ないが、それでも随分研いでいなかった。

 扉を開けると、椅子に腰かけたエレインがビクリと身体を震わせる。


「あっ……お帰りなさい、ヴィルハルトさん」

「……?」


 いつもなら駆け寄って来るはずが、今日はやけに大人しい。やや違和感を感じながら、記憶通りの場所にあった砥石を取り出し、手早く『外れ者アウトサイダー』を研ぐ。

 魔物殺しの武装の手入れを終え、小屋から出ようとした時――。


「何処に行くんですか」


 座っていたはずのエレインが、いつの間にか彼の後ろに立っている。気配で察したヴィルハルトは、振り返らず、呪詛の様な声で言う。


「まだやることがある」

「もう、今日の魔物は狩りつくしたんじゃなんですか? あんなにたくさん……一人で……」


 エレインの言う事は正しい。確かに激戦だったが、魔物の群れは殲滅され、第二波も無い。今回の戦闘で討伐された魔物は


 大型 20体

 中型 65体

 小型 211体


 このうちヴィルハルトが討伐したのは、


 大型 18体

 中型 42体

 小型 147体


 一度の襲撃で一人がこれ程討伐した例は『崩れの日』のジュリウス・ヴァーミリオンを除けばまず存在しないだろう。包囲網の中を縦横無尽に飛び回り、全てを斬り裂いた彼の姿を見たエレインは、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。

 彼女は、ヴィルハルトが『凶戦士』と呼ばれ恐れられている理由をこの時理解した。何も顧みることなく、ただ全てを殺し尽くさんと暴れる姿に――他の大勢の人間と同じように――恐怖し、今も震える足を踏ん張り、彼の後ろに立っている。


「妙だとは思ったが、成程。俺の戦いを見たのか。それでどうする。あいつらの所にでも行くか? あの二人なら、まぁ悪いようにはしな――」

「いいえ」


 予想外の答えを聞き、ヴィルハルトは振り向く。

 小さい身体が更に小さく見える佇まいだったが、目だけは真っ直ぐにこちらを見ていた。その目を見たヴィルハルトの中で、彼女の姿と『誰か』が重なったように見えた。


「確かにお二人はとても優しい人ですけど、それでも私はあなたが良いです」

「何故だ」

「その前に聞かせて下さい。何処に行くつもりですか」

「お前がいたあの場所だ。今なら、あそこには魔物が跋扈している」

「それは……」


 エレインはアランと共に門に向かっていた時、ある話を聞いた。少し前にも大規模な魔物の襲撃があり、一人の戦士がサーペントと刺し違えて死んだこと。そしてその日は、ヴィルハルトとエレインが会った『あの日』だったこと。

 仮に同じ状況だったとしても、アリナとロイドをはじめヴィルハルトについて多少なりとも噂を聞いている人間なら彼女のような推測はしないだろう。何も知らない状況で出会ったからこそ、ある意味で最も純粋だからこそ、色眼鏡の無い答えを出せた。


「『死んでしまった人の分を返している』んですか?」


 その瞬間、光の無いヴィルハルトの瞳が僅かに揺らいだのを、エレインは見逃さなかった。怒らせたかもしれない。だが、それでもいい。たとえ間違っていても、今自分が思っている事をちゃんと伝えなければ。


「ロイドさんが、ヴィルハルトさんのこと『変なところで真面目』だって言ってました。私もそう思います。だって、あなたは『うるさい』とか何とか言いながら、無視したことは一度も無かったじゃないですか。それに、ロイドさんと約束して私を預からせた時も、やろうと思えばずっと押し付ける事も出来たはずです。だけどそうしなかったのは、一度面倒を見るといった以上人に押し付けることが出来なかったから……違いますか?」

「何を言い出すかと思えば……下手にお前を放置すれば、俺の行動を言いふらされる危険があったからだ。いうなれば、弱みを握られていたというやつだな」

「それなら……」


 ヴィルハルトを睨んでいるように見えるほど強く見つめながら、最も恐ろしい想像を声に出した。


「私を斬れば良かったんです。その剣で」


 ヴィルハルトは何も言わない。ただじっと、エレインを睨んでいる。


「私は、自分が何処の誰かも知りません。だから、私がいなくなっても誰も何も気にしません。何より、あなたは『魔物殺しの邪魔をするなら殺しかねない』って言いました。でも、いつもトレーニングしているヴィルハルトさんなら、私がいればそれだけ時間が取られるから、私の存在が魔物退治の邪魔になっている。そう……考えられるはずです」

「俺がお前を生かしていたのは、お前が魔物の核が見えるからだ。利用出来る余地があると思った以上、多少の不便には目を瞑った。だが……」


 次の瞬間には、エレインの目の前に黒い刃が突き付けられていた。速過ぎて、抜く所さえ見えなかった。背筋にゾクリと悪寒が走るが、それでも目をそらさない。


「それ以上俺に対して知ったような口を利くなら……」

「殺しますか? 良いですよ、好きにしても。あなたに助けられた命ですから。だけど……利用価値があるから私を生かしたなら、これからもヴィルハルトさんは私を殺せませんよ? だって私は――あなたの『魔導士』になりますから」


 その時、ヴィルハルトの纏う空気が一層冷ややかになった。目の前に刃を突き付けられ、それでも何処か手心があったように思えたが、今は違う。もう一言彼の癪に障ることを言えば、本当にこのまま刺される。


「俺の魔導士……か。正気で言っているのか」

「当然です」

「だとしたら妄言も甚だしいな。お前は『視えている』はずだ。俺が人でないということを」


 ヴィルハルトの言葉に、エレインは息を詰まらせた。彼女が今まで封じ込めていた違和感を指摘されたから。

 アリナやロイドを含む戦士や魔導士。総じて、魔力を持つ人々は皆心臓に最も魔力が集中していた。だが、ヴィルハルトの魔力が最も強い場所は、頭。それは、彼の身体構造が根本的に人間と違うことを意味している。今までどんな魔導士でも彼に調律が出来なかったのがこのせいである。魔力自体の流れ方がまるで違う以上、人間と同じようなやり方で上手くいくはずがない。

 だが、それでもエレインに引き下がるという選択肢は無かった。


「それでもです。あなたが何処の誰でも関係ない。私は、私の信じるままにやりますから」


 彼女の中にある、ヴィルハルトについていくという揺るがぬ意志。それを叩きつけられたヴィルハルトは、()()()。眼を見開き、口の端を吊り上げて。


「良いだろう」


 嗤いながら剣を納めると、彼女に背を向けて言い放つ。


「そこまで吠えたのならやってみるがいい。無駄にならなければいいな、まぁ楽しみにしておこう」


 クツクツと笑いながらヴィルハルトは出ていった。彼の背中が見えなくなったところで、エレインはペタリと床に尻を着いた。

 恐怖も不安も、胸の中で渦巻いている。それでも、彼女は胸元で両手を握り締め、そこにいない彼に宣言する。


「楽しみにしてて下さい。絶対に……あなたを調律しますから」

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