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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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凶戦士、記憶喪失の少女と出会う

あれは、魔物の襲撃があった日の午後。

夜の帳が降りた頃、街から徒歩一時間程離れた森。鬱蒼と広葉樹が密集するそこは、光刺さぬ暗闇。魔物が出現する前からほぼ立ち入る人の無かったこの森は、今は魔物の巣窟とも言える場所だ。

 そんな森の中にヴィルハルトはいた。何か特別な事情がある訳ではなく、彼にとっては普段からやっていることに過ぎない。


「消えろ」


 彼が放った剣戟によって、地に伏していた小型魔物『ゴブリン』の首が飛んだ。子供程の背丈の醜悪な怪物は、鮮血を噴き出した後霧となって消える。残された白く輝く石を無視して、周囲に目をやり、警戒する。

 これで今日五体目。戦士としての仕事とは別に行っている魔物退治。その日の夕方は、発覚しているだけで五人の死者を出した壮絶な戦闘が勃発していた。当然彼も相当数の魔物を斬ったのだが、その疲れなど微塵も見せず、ヴィルハルトは魔物を狩っていた。

今日はこの辺りで引き上げるかと思ったが、近くに魔物の気配を感じる。『暗所でも問題なく周囲が視える術』を使っている為、その動きは昼間のそれと相違がない。木々の間を縫って気配のした方向へと走った。暫く走った後、そこには口元と爪を紅に染めた二匹のオーガがいた。そしてその近くには――人間の毛髪と食い散らかされた肉体が転がっていた。


「こいつら……」


 腹の奥底から湧き上がる憤怒の情念を抑えつつ、ヴィルハルトは剣を構えた。一匹なら取るに足らない相手だが、二匹同時だと少々面倒だ。だからまずは、どちらかを殺る。


「身体強化、《二重(ダブル)》」


 いきなり二重に身体強化の術を掛け、一直線に片方のオーガへと向かう。地面スレスレを行くような低い姿勢で懐に飛び込み、両足を斬りつける。魔物は態勢を崩して地面に手を付いた。

 急制動を掛けて停止したヴィルハルトは、直ぐに剣を巨大化させた。そして一歩踏み出し、地面に伏せるオーガの身体を横薙ぎに切り裂く。前と後ろ、真っ二つに切り離された魔物は、数秒後に塵のように消えた。


「当たり、か」


 そう小さく呟いてから、もう一体の魔物に向き合う。既に魔物は戦闘態勢に入っており、巨大な棍棒を振り上げながらヴィルハルトに向かって走っている。

 仲間の仇、などという殊勝な感情を持ち合わせているとは思えないが、興奮しているのは確かだ。しかし、ヴィルハルトは至って冷静にそれを躱すと、こん棒を持つ手を大剣で斬り飛ばした。

 オーガの腕とこん棒は即座に再生し、切断された腕は消失する。


「流石にそう容易く死んではくれんか。なら――」


 剣を握る手にグッと力を込めた時、オーガは――突如ヴィルハルトを無視して一つ雄叫びを挙げた後、明後日の方向へ駆け出した。

 逃げたのではない。あのオーガの様子は、『新たな餌を見つけた』というものだ。つまりそれは――。


「誰かいる……!」


 歯噛みしながらヴィルハルトは飛び出した。全力疾走するオーガに追いつき、後方から大剣で縦に両断する。しかし、右半身から新たな左半身が再生された為、精々数秒足を止めただけに過ぎない。

 当然、それだけで済ますはずがない。即座に斬り返し、今度は先ほどより少し右にずらした場所を、下から縦に切り裂く。今度こそオーガは動きを止め、完全に消失した。

 一つ息を吐いてから剣を元の大きさに戻し、背中の鞘に納める。これで終わりではない。この森には人がいるのだ。気配から、近くにいるのは間違いない。

 ヴィルハルトがここにいること。それは誰も知らないので、無視しても何ら咎めを受けることはない。大方商人が迷い込みでもしたか。先ほど魔物に喰われた死体を見た以上、生きた人間が喰われる可能性は非常に高い。魔物の餌を放置するのも癪に障る。

 そんなことを考えながら探していると、一人地面に座り込んでいる人を見つけた。



 *



 ヴィルハルトが見つけたのは、少女だった。桃色の髪は泥で薄汚れ、蒼い瞳は焦点が合っていない。自分の身に起こったことを認識出来ていないようだった。服ーーと呼べるようなものは身に着けておらず、薄い布切れを一枚纏っているだけだ。おかげで幼い顔つきに似合わぬ豊満な体つきが前面に押し出されている。

 逃げ出した奴隷かその辺りだろう、面倒だ。そう思いながらもヴィルハルトは少女に声を掛けた。


「おい。何をしていた」

「……え?」

「お前に聞いているんだよ。何をしていたんだ。何の目的でここにいる」

「えっと……」


 キョトンとした目でヴィルハルトを見ると、少女は困ったように言った。


「私は……何をしていたんでしょう。私のこと、知りませんか?」

「何だと? おい、まさかお前――」


 少女が次に放った言葉は、まさにヴィルハルトの頭に過った『可能性』を決定付けるものだった。


「何も……覚えてないんです、私」


 少女の言葉を聞いたヴィルハルトの心に去来した感情は、驚愕ではなく疑惑だった。


「何もなのか?」

「え?」

「記憶喪失にも程度はある。まさかゼロって事はないだろう。せめて名前、姓名か氏名のどちらかでも覚えていないのか」

「な、名前ですか? ちょっと待って下さいね。えっと……」


 いまいち緊張感に欠ける様子で、少女は顎に手を当てて考え始めた。記憶喪失だとして、今の状況に不安や恐怖といった感情の一つも無いのかと不審に思うヴィルハルトをよそにうんうん唸り続けている。


「あ!」

「思い出したか?」

「は、はい。でも自分の名前かっていうとイマイチ自信が――」

「いいから話せ」

「え、エレイン。それと、アネット……かな?」

「『エレイン・アーネット』……だな」

「あ~~、そう言われると確かに。うん、それです多分」

「緊張感の無い女だ……」


 今すぐこの場から立ち去りたい。

 ヴィルハルトは全力でエレイン――と言うらしい少女――から逃げたい気持ちをどうにか堪えつつ、少女に手振りで起立を促した。


「お前が何故ここにいるのかは知らんが、ここにいれば魔物共の餌になるだけだ。生きたまま喰われたくなければ立て。街までの案内ならしてやらんこともない」

「あ、はい。助けてくれるんですね!」

「……奴等に餌をやりたくない。それだけだ」

「それでも有難うございます、お兄さん。お兄さんって言うのも何ですし、お名前を聞かせてくれませんか?」

「チッ……。ヴィルハルト・アイゼンベルク。覚えなくていい、どうせ短い付き合いだ」


 歩くことに何ら不平を訴えない辺り、歩行に問題は無いようだ。

 早く街まで歩いてしまおう、と思った矢先。木葉を揺らす咆哮が響いた。と同時、ヴィルハルトの右側面から炎が飛び出して来た。すぐさま剣を巨大化し、刀身で炎を防ぐ。エレインは炎を見ると同時に彼の後ろに素早く回った為、無事だ。

 炎が止み、剣を元の大きさに戻すと、木々を薙ぎ倒しながら一つの巨体が飛び出して来た。


「キマイラ、か……」


 大型魔物の中でも特に強力な部類に入る相手。三種の動物を掛け合わせた肉体に加え、炎を吐く能力を持つ厄介な魔物だ。一対一ならともかく、人一人守りながらとなると手間が掛かる。

 そう思いながらも、戦闘態勢を取った矢先――。


「身体強化、《三重(トリプル)》――」

「ヴィルハルトさん!」


 突如後ろにいたエレインが声を上げると同時にヴィルハルトの真横まで近づき、一点を指差した。


「あ、あれ……右の前足。その付け根……何か光ってません!?」

「光? 何を言っている」


 全身をガタガタと震わせながら精一杯に伝えてくるその姿からは、先ほどまでの緊張感の無さは微塵も残っていない。

 嘘や演技の類ではない。その判断は出来たが、言っていることの意味が分からない。


「どういう事だ、詳しく言え」

「詳しくも何も……そう見えるんです。あ、ヴィルハルトさんの『頭』からも同じ光が見えます」

「……本気か?」

「こんな……時に冗談なんて言えませんよ……」


 まさか、と思いながらヴィルハルトはエレインを後ろに突き飛ばした。少々乱暴だったが、状況が状況だから文句は無いだろう。

 既に身体強化を三重に掛けてある。後は斬るのみ。

 剣を巨大化して全力で駆け抜ける。それを確認したキマイラは右足を上げて迎撃態勢を取った。しかし、ヴィルハルトの速さには到底敵わない。


「鈍い」


 エレインが先ほど示した通りの場所を、確かな手応えと共に完全に断ち切った。断末魔の叫びと共に、キマイラの姿が消える。


「おい」


 魔物を討ち果たしたヴィルハルトは、剣を鞘に納めて足早に尻もちをついているエレインの元に向かう。彼女の目の前でしゃがみ、目線を合わせた彼は問い詰めるような強い口調で尋ねた。


「何故わかったんだ」

「え、な、何がでしょう……」

「『核』の位置だ。魔物の急所、生命線に当たる核の位置をどうやって一目見ただけで看破した。個体毎に核の位置は違うはずだ」

「そ、そんな事言われても……あと、近いです……」

「……あくまで知らん、と言うか」


 彼の迫力に圧されたエレインの様子など気にもかけず、ヴィルハルトは考える。しかし、答えは一向に出なかった。

 核に近い部位程硬い、という性質を利用し、これまで剣の手応えで割り出していた核の位置を目視だけで判断するなど、常識から外れ過ぎている。

 ここで、答えとは別に一つの考えが浮かんだ。そもそも、『許可を得ずに』街を出ている中で発見した少女を引き渡してもその事が露見してしまう。これまで同じことを二年に渡って行っていたと発覚してしまえば『戦士の資格を剥奪されかねない』。そして何より、彼女はヴィルハルトの『頭』にも光が見えると言った。これらの事実が、その考えを口に出すことを後押しした。


「仕方ない」


 後々何度も後悔することになる決断。しかし、それが後に最大の転機となる事を、まだ彼は知らない。


「俺の住処に入れてやる。二、三日なら面倒を見てやろう」

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