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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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魔力測定

「あの……」


 目をパッチリと開けたまま固まっている二人の姿に、何があったのか分からずエレインもまた固まっていた。今しがた彼女の成したことは卑屈なプライドを持つものなら『自分の今までの努力を否定された』とも考えかねない程の異常事態なのだが、魔法について何の知識も持たない彼女にそれを知る術はない。幸いにして、アリナはそのような精神を持ち合わせていなかった。だから数秒間事態の把握に要しただけで、後は多少なりと平静を装った振る舞いが出来た。


「エレインちゃん……私、記憶を失くす前のアナタのこと、ちょっとだけ推測出来たわ」

「え、本当ですか? さっきので?」

「ええ。多分アナタ、魔導士だったんじゃないかしら。少なくとも中級以上の。というかそうじゃなかったら色々アタシの頭が追い付かないわ……」

「そうじゃなかったら、天才魔導士アリナ・ヴァーミリオンも形無しだな。いや、そうだとしてもとんでもねぇぜ、これは」


 額に手を当てて困った顔をするアリナとは対照的に、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるロイド。彼はエレインが手に持っていた石を指差す。


「エレインちゃん、悪ぃけどそれ、一回俺に渡してくんね?」

「あ、はい。どうぞ」

「この石は魔晶石っつってな、魔物を倒したら出てくるものだ。これはここに来る前、俺とアリナが必死こいて倒した大型魔物のもんでな。こいつを売ると良い額で売れるんだが、それはそれとして。これにはちょっと不思議な性質がある。ほら」


 ロイドの右手に乗っていた魔晶石が、突如として銀色に眩く輝き出した。光は円状に、彼の右肘まで広がっている。


「魔力を通すとこんな風に綺麗な光を出すんだが、光の強さは持っている人の身体を流れる魔力の純度による。つまり、この光が強けりゃ強いほど戦士として、魔導士として優れた才能があるってことさ」

「ちなみにこいつの光だけど、ちょうどこれで普通レベルよ」

「うっせぇ、普通よりは上だ! ……若干。ってかオレのことはどうでもいいだろ。ほれ、次アリナ」

「はいはい。アタシはというと――」


 魔晶石を受け取ったアリナの手から、光が溢れ出す。それはやがて彼女の頭はおろか、左肩にまで届く程の半径を誇る光球を形成した。おそらくロイドの三倍はあるだろう。


「うわぁ……」

「流石」


 二人が感嘆するも、アリナの顔は複雑そうだ。彼女の性格を考えれば、今頃したり顔の筈だが、やはり先ほどのエレインの行動が影響している様子だ。


「じゃあエレインちゃん、測ってみなさい」

「えっと、どうすれば……」

「さっきのアレ、『重力低下』使った時を思い出して」


 言われた通り、エレインは先ほどの自分を思い出す。あの時思ったことは『石がゆっくり落ちてくれたら』という願望と石が今の速度よりずっと遅くなる様子の想像。同じように、魔晶石が光るのを想像した――先ほどの二人の時のように。

 その瞬間――。


「ま、眩しい……」


 魔晶石の発した強力な光を前に、エレインは目を閉じた。間近にいるというのもあるだろうが、それを差し引いても明らかにアリナを超える強い光。

 彼女の魔力を受けた魔晶石が発した光は――部屋の真ん中に立つ彼女の全身を覆うばかりか、最も奥の壁から廊下に出る扉を覆うまでに広がった。つまり、人一人どころか『部屋全体を覆う』程の光球が完成したのだ。その直径、アリナが見せた物の倍以上。


「何となく予想はしてたけど……」

「それより遥か上だろこれ。ヴィルハルトの野郎、とんでもねえ子を拾っちまったな……」


 呆然とするアリナよりは饒舌だが、ロイドも額から一筋汗を流している。

 やがて光が消失し、エレインはボーっと虚空を見つめる。


「? エレインちゃん?」

「綺麗だったから惚けてんのかい? まぁ、魔晶石扱わなきゃ見ないモンではあるが」

「いえ、綺麗なのはそうなんですけど……同じ色してるなぁ、と思って」

「同じ? 何と?」

「アリナさんとロイドさんの左胸から見える光とです」

「……え?」


 二人が目を丸くして互いに顔を見合わせる。

 やはり、ヴィルハルトの言う通り彼女以外には見えないものらしい。彼は『他人に無暗に言い触らすな』と言っていたが、知り合いであるこの二人なら大丈夫。半ば無意識にそう考えていたエレインは、自身の見える世界について話をすることにした。


「さっきの光なんですけど、ロイドさんとアリナさんからも見えるんです。街の人達は何も見えない人の方がずっと多いんですけど……あっ、でも鎧を着ている人は大体同じように光ってて。どういう違いがあるかはわからないんですけど……」

「ああ、成程な。何となく読めてきた。エレインちゃんよ、魔物は見たことあるか?」

「は、はい。初めてヴィルハルトさんに会った時に。あっ、あの時も光ってる場所があって、でも左胸じゃなくて足の方でした」

「オーケー、充分だ。多分だが、エレインちゃんが見えてんのは『魔力』だな。……いやマジかよ」


 ビシリとエレインを指差してから、我に返ったかのようにロイドは頭を抱えた。隣のアリナも何とも言えない神妙な顔をしている。


「ああ~~、ロイド。アンタが言いたいことはつまり……エレインちゃんは『特性スキル』持ちってことでしょ」

特性スキル?」

「そもそも魔力を持って生まれる人、つまり戦士や魔導士になれる人。それ自体が少数派な訳だけど、その中でもホンッッッッット~~~~に稀に特別な力を持って生まれてくる人がいるの。その人が持つ力が『特性スキル』ってワケ」

「例えば数百m(モート)先で落ちたフォークの音が聞こえるとか、近い実力の奴と戦ったら有り得ない速さで強くなるとか。そういうどう考えてもおかしい、そいつだけが持っている超絶特殊な能力を纏めてそう呼んでる。ああ、ヴィルハルトの『再生能力』も特性スキルの一種だな」


 なお、ここでロイドが述べたヴィルハルトの特性スキルだが、これは真っ赤な嘘である。彼の再生能力は彼が宿す魔物の力によるものだが、これを露見させない為に戦士として登録する際にこの能力を自身の特性スキルであると虚偽の申告を行っていた為、そういう風に話が広がっているーー本人はとっくに忘れているがーー。

 その事を知る由もなく、エレインは自分がヴィルハルトのような力があるということを知って少し嬉しくなった。


「ヴィルハルトさんも……へぇ……」

「ともかく、エレインちゃんの魔導士の素質は間違いなく世界最高峰よ」

「これで魔導士目指さねぇってんなら、神様が泣いちまうかもな」

「魔導士、ですか。確か魔導士の人って、戦士の人と協力して魔物と戦うんでしたよね」


 昼にアリナと話したことを思い出す。

 先ほどロイドが魔晶石を『アリナと倒した魔物のもの』と言っていた。ここから、エレインの中に一つの考えが浮かぶ。


「それじゃあつまり、私がヴィルハルトさんと――」

「それは無理ね」

「そいつは無理だな」


 しかし、その夢想を『してはいけない』と戒めるように、二人から同時に遮られる。『エレインには出来ない』というよりはむしろ『誰にもできない』と言いたげな様子だ。


「魔導士が戦士のサポートをするにはね、まず『調律』って呼ばれる過程を踏む必要があるの。それを成功させるにはこっちの技術は勿論だけど、相手との相性とか色々な要素が関わるんだけど……アイツは多分、そういう次元じゃない」

「昔、百人近くの魔導士がヴィルハルトの調律に挑戦したんだけどよ……誰も出来なかったんだ。アリナは勿論、数人いた特級魔導士も全滅だ」

「じゃあ、ヴィルハルトさんが一人でいるのは――」

「性格が一番だろうが、誰もついていける奴が居ないからって事もあるだろうな。尤もあの実力じゃあ、下手な奴と組んでも逆に足手まといだろうぜ」

「ん? ちょっと待って、エレインちゃんは魔力が見えるのよね? なら、アイツの魔力も見たことあるんじゃない? どうだった? 何か違いはあった?」


 グイッと顔を近づけてきたアリナに、エレインは口ごもる。

 ヴィルハルトと普通の人間における魔力の違い。実を言えば、既にエレインはそれを認識していた。しかし、それを口にしていいのか分からなかった。それ程多くの人を見比べてきたわけでもない彼女でも、一瞬で理解出来る異質さ。()()()()()()()()()()。それさえも疑いたくなるような決定的な差異。


「いえ、特にそういうのは……無かったと思います」


 もし知ってしまったら、アリナとロイドはどう思うだろう。それに話したことを知れば、ヴィルハルトは自分を捨てるかもしれない。

 そんな可能性を思い浮かべたエレインは、初めて嘘を吐いた。

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