クスリの主を追え その④
「救援を頼んだ!?」
「ああ、そうだ。
このボスさんが意味ありげなことを言いやがるもんでな。
無理矢理聞き出したんだよ。
これでアイツには貸しひとつだ。」
アジトに戻った久遠達は呆然としていた。
何と、ダニエルがロートクロイツに援軍を要請していたのだ。
そして、既にヨアキムのいる辺りに向かっている。
「どうやって吐かせたの?」
「見れば分かるだろ?」
……分かるような分からないような。
床には大量の血。
折れた歯。
むしられた髪の毛。
『首領』は瀕死。
これはもう、何もかもをやったということだろうか。
よく見ると、ダニエルの拳も少し赤い。
「……しかしエルフに傷を負わせるヤツがいるなんてな。
ソイツはバケモノか?」
「そのことなんだけどさ……。
もしかしてクローバーは人体実験を行ってるんじゃないかと思うの。」
「人体実験?」
突飛なことを言い出す久遠。
ダニエルは彼女の正気を疑った。
「ヨアキムの銃弾を避けた人と、エルフを撃った人。
私達は少なくとも二人見てる。
あれは人間の動きじゃあなかった……。
エルフを撃った方は異種族なのかも知れないけど、銃弾を避けた男は人間だった。」
「すると何だ、連中が売ってるクスリはただのクスリじゃねぇってことか?」
「……あくまで私の想像だけどね……。」
「そんなモノが新興ギャングに渡っちまったらマズいな。
この街はあっという間にヤクチュウどもに支配されちまう。」
「お姉さん、大丈夫?」
「心配するな、コの程度で死にはしない。」
パウルに微笑みかけるエルフ。
きっとヨアキムがいたら嫉妬しただろう。
「さっきのお前は……良かった、確かな覚悟を持っテいた。
私もお前の覚悟に応えなケればな。」
「充分応えてくれてるよ……ありがとう、お姉さん。
ヨアキムさんが戻ってきたら、あの人にもお礼言わなきゃ。」
「……そうダな、アイツもやる時はやるようだ。」
・・・
「ああ……ナチスに助けられるなんて僕は幸運なのか悪運なのか……。」
「黙って歩いてくださいィ。
その程度の傷なら大丈夫でしょうゥ?」
足を撃たれたヨアキムに無茶振りをするのはロートクロイツの団員。
メガネをかけた長身の気だるそうな男。
名前はミッター・ゲゼル。
工作班のリーダーを張っている。
あの後ヨアキムはトドメを刺される寸前で彼らに救助された。
そしてロートクロイツにビビったのか、残った敵は皆逃げ出したのだが……。
「『その程度』ってお前なァァ!
足撃たれたって死ぬヤツは死ぬんだよッ!」
「……で、本当に『狙撃手』は見えなかったんですかァ?」
「ここで嘘をつくメリットはないだろ?
見えたものを見えなかったなんて言わないよ。
そんなことをすれば僕はたちまち人体実験の餌食だ。」
「……それにしても、あなた方ともあろう者がなぜ密売組織なんか追ってるんですゥ?」
「依頼が来たならどんなものでもこなすのが僕達だよ。
こんなのは今に始まったことじゃないさ……僕がこういう目に遭うのもね。」
「かませ犬ですものねェ、あなたはァ。
今まで生きてこられたのは間違いなく奇跡でしょうねェ。」
「かませ犬とは失礼な。
僕は偉大なる強盗……ヨアキム・サンベリーだぞ。」
とは言うものの、実際のところルシアとダニエルには及ばない自覚がある。
ダニエルとルシアは規格外なのだ。
いつも大胆なことを平気でやってのける。
それでいて五体満足。
ギャンブルを楽しんでいるし、それに負けたこともないワケだ。
実にイカれている。
「ああ……久遠ちゃんのあの悲しそうな顔、かわいかったなぁ。
守ってあげたくなる顔だよ、もうあれは僕に惚れてるね。」
「数ヵ月前魚人族の女にフラれたばかりなのに、まーた恋を始めたんですかァ。
懲りないですよねェ、そういうところは尊敬しますよォ。」
「うるさい、今度こそ僕の愛は本物だって証明してやる!」
「純粋な人間ってこれだ。」
「ミッター班長、やはり人間の足跡以外は発見出来ませんでした!」
「ほぉォ、つまりエルフとヨアキムさんを撃ったのは人間ということですねェ。
おかしいなァ……人間にそんな芸当が出来るなんて……おかしいなァ。」
ミッターは両手を頭にやり、エルフの耳のように広げながら考え込む。
「……んー、例えばクローバーが薬を使った人体実験をしていたとすればァ……。
どうでしょうねェ、さっきの人間はもしかしてその被験者だったとかァ……ねェ?」
「人間の身体能力を向上させる薬……でしょうか?」
「その可能性は高いですねェ。
人間は勿論、エルフでさえ倒せないほどの最強の戦士を作ろうとしているんじゃあないかと思いますよォ。
まあ、これは全部私の妄想ですけどねェ……。」
まさか……そんなことがあるものか。
ヨアキムは信じられないという顔をした。
しかし、母国から逃げ出したギャングがこの街で覇権を狙うというのはありえない話ではない。
ピザショップ・ヴィンチもその類いだ。
覇権を狙っていたわけではないとは言え、この街に逃げてきたことには変わりがない。
あの半グレ組織は獣人を取り込むことで戦力を安定させていたようだが、
人間だけで充分な戦力を確保出来るならそれに越したことはない。
ゴブリンだのオークだのエルフだのは、文化圏も何もかもが異なる連中だ。
そんな連中を統率するのは簡単なことではない。
「……もしそうであれば、我々も呑気にはしていられませんよねェ。
ロートクロイツは現在圧倒的戦力で無理矢理この街に君臨してますゥ。
しかしそれを良く思わない連中がいるならば、いつか下剋上しようと考えるようになると思うのですよォ。
そんな連中のことは先に始末しておくしかない……ですよねェ?」
「……そうか、ダニエル達に報告しないと……!」
ヨアキムは数ヵ月前、魚人族の女の子にプロポーズをした。
しかし、理由もなくフラれた。