クスリの主を追え その③
「……また邪魔が入っタか。
くたばれ……斬り伏せてやる。」
エルフが抜刀し、車から飛び降りる。
人間なら無事では済まないような速度だ。
こんなことが出来るのはエルフだからこそ。
綺麗に着地し、そのまま追手の車をひとつ両断。
マシンガンの弾を全て回避。
更には、60キロは出ているであろう車両と並走して運転手を引き摺り下ろして斬首。
残った体を蹴飛ばして盾代わり。
やはり圧倒的な強さ。
人間では手も足も出ず、一瞬のうちに敵戦力は半減した。
───だが
血塗れの刀を振り上げたその腕に、凶弾が食い込む。
「ッう゛ぁ゛!!」
予想外。
流石のエルフも一瞬怯む。
勢いを削がれた肢体が無様に転がり、血が溢れる。
「何だ……あのエルフがやられたぞ!」
ヨアキムは激しく動揺した。
まさか、そんなことがあるのかと思った。
当然、それは他の二人も同じこと。
「お姉さん!!」
「パウル君、危ない!」
急いで車を降りようとするパウルを、久遠が抱きついて阻止する。
「ああ……久遠ちゃんの初抱っこを奪われた……。」
「離してください、行かなきゃ!」
「そんなことしたら、あなたまで怪我しちゃうでしょ!」
あのエルフの腕を射抜く実力。
人間の子供程度では何の助けにもならない。
怪我人が増えるだけだ。
何とか立ち上がり応戦するエルフ。
腕には敵から奪ったらしい布を巻き、何とか出血を抑えている。
それだけで、また先程のような動きを取り戻す。
利き手をやられても強さは全く変わらないらしい。
「……流石は強いな……でも誰がエルフを撃ったんだ?」
幸い敵のヘイトは完全にエルフに向いているが、まだヨアキム達も安全圏にいるわけではない。
気を抜けば車ごとお陀仏だ。
恐らくはどこかに狙撃手がいるのだろうが、その位置が掴めなければ何にもならない。
「……久遠ちゃん、銃を取って!」
「銃……え?
戦うってこと!?
無理無理無理無理無理無理無理無理、絶対無理!!」
「こうなっちまったら仕方ない!
殺らなきゃ僕らがやられるぞ!」
とは言っても久遠は銃の扱い方など知らない。
「……せめてパウルくんを守っててくれ!
僕が連中を、愛車もろとも消し炭にしてやるッ!」
ヨアキムは車から降り、ピザショップで使った手投げ弾の残りを敵にお見舞いする。
「さぁさぁ在庫処分サービスだ!
遠慮せず受け取れ!」
「……ふん、人間の加勢なんて必要ナい。」
「君一人に活躍されたら僕の居場所がなくな───」
また、だ。
今度はヨアキム。
彼の足を、見えざる位置からの凶弾が貫いた。
「ぉ……あ、ぁ……!」
激痛に耐えきれず、その場に倒れる。
本当に痛い時は、こうも声が出ないものなのか。
「く……くそ、三人とも逃……げ……ろ!!
これは勝てない……まともに……相手するなんて……無理だ!」
咄嗟の判断。
この状況で戦うのは無理だ。
改造車の連中はあくまで『囮』。
本当に倒すべき者はこの場の最も幸運な場所にいる。
一方的に殺られて全滅するのだけは避けなければならない。
『囮』に対抗出来るのは『囮』だけ。
ヨアキムもまた、この場でそれを演じるつもりでいる。
久遠達はきっとダニエル達と合流して作戦を立て直すだろう。
「……アイツなら……やってくれる、急げ!」
「そんな……あなた一人置いてけないよ!」
「早くあなたも乗ってください!」
この場に残ればきっと殺される。
それは避けるべきだ。
久遠とパウルの必死の叫びをよそに、エルフが運転席に乗り込む。
ヨアキムの提案に賛同したということ。
残酷なようだが、こうするしかない。
それに、ヨアキムも覚悟は出来ている。
戦いの場には加害者も被害者もいない。
そこに立っていれてば、誰もが『当事者』だ。
たとえ彼が非業の死を迎え、久遠達が悲しんでも
相手にとっては、知ったことではない。
大義名分など所詮は此方の都合だ。
戦場にそんなものを持ち込んでも誰も止まってはくれないことを、ヨアキムは理解している。
「全力で逃げるぞ、舌を噛ムなよ。」
エルフがアクセルを踏みつける。
そして車は、タイヤから煙を吐くほどのスピードで走り出す。
「……ふぅ、結局……僕はいつも……ハズレくじを引く。
ひどい話だよ。」
・・・
「……すぐにでも助けなきゃ!」
「当然だ、アイツはあんなことで死ぬヨうなキャラじゃない。」
「……うん、同感。」
別にあの男に興味はないが、だからと言って『仲間』が死ぬのは嫌だ。
だから、彼を早く助けなければならない。
しかし───
まさかとは思うが
「……ねえ、パウル君。」
「はい、何ですか……?」
「君の両親を殺したのはもしかして……。」
「……僕の両親は刃物で殺されました。
でも、さっきのは多分スナイパーライフルか何か……。
とにかく、僕達を僕達自身の射程距離の外から殺せる武器を持っていた。」
「……だよね、そう簡単には見つけられないよね……。」
人間の精神は、全ての真実を受け止められるほど強くない。