クスリの主を追え その②
「ヤクチュウがいるってことは、僕の勘は多分当たりだろう。
けど、気になるのはさっきの動きだ。
あれは人間の動きにしてはあまりにも速かった。」
珍しくヨアキムが真面目なことを言う。
そしてそのことは久遠も疑問に思っていたらしい。
「……ねえ、パウルくん。」
「はい、何ですか。」
「君のお父さんはクローバーについて調べていたんだよね。」
「そうです。」
「……どうしてクローバーに執着したんだろう?
この街には悪い組織なんてたくさんあるのに。」
別に組織の構成員だったワケではない。
恨みがあったという話もない。
そもそも調査目的すら不明だ。
密売組織の情報を漏らしても、この街にはそれを裁くシステムがない以上無駄なこと。
彼がクローバーに拘る理由は、息子であるパウルさえも知らない。
「……クローバー、どうやら底知れない組織みたい。
何か大きな秘密があるのは間違いないよ。」
「そうだね久遠ちゃん。
……おっと、電話だ。」
相手はダニエル。
何かあったのだろうか。
「ダニエルか、何の用だ!?
このミッションはロクなことが起こらないよ!
ナンパと出くわすし車は壊れるし変なヤクチュウと遭遇するし!
次は何だ、顔に縫い傷がある人形に殺人鬼の魂が宿って僕を殺しに来るのか!?」
『落ち着け、黙れ、そして聞け。』
「……じゃあ、はやく用件を言ってくれないかな。」
『ラッキーなことにクローバーの首領を見つけた。
コイツ、カスの分際で中々情報を吐きやがらねぇぞ。』
「そうかそうか、そりゃ……何だって!?」
『俺達の行き着けのバーで見つけたよ。
呑気にもワインなんか呑んでやがった。
お前、調査が甘かったんじゃねぇか?』
「……行き違いかな……?」
『どうだろうな。』
「……今から帰る、癇癪でソイツを殺すなよ!」
『ンじゃ、コイツが死ぬまでに帰ってこい。』
・・・
「さぁて、ウチのお荷物君から『殺すな』とのご命令が下ったが……これからお前を殺そうと思う。
死にたくねぇならせいぜい必死に祈れ、お前みたいなのでも救ってくれる神はいるだろう。」
ダニエルは爽やかな笑顔で『首領』に銃を突きつける。
殺すことが確定しているだけ、この街ではまだマシな方。
「かッ、でェ……ッ、俺は……!」
「組織のトップともあろう者が無防備にお出かけとは呆れる。
おまけにケンカもクソほど弱い。
ちぃと警戒心がなさすぎやしないかなあ、クローバーのボスさんよォ。」
「くそッ……この……クソ野郎ども……オォェッ!」
既にボロボロの首領。
果たしてヨアキム達が帰ってくるまで生きていられるのか。
それは首領の実力次第だ。
無力な者は死ぬだけ。
「はァ……はァ……お前ら、無事で済むと思うな……。
今はいけ好かねぇナチの連中が天下を握ってやがるが……それも終わる。
お前らは認めねぇだろうな……だが確実に来るぞ……その日は……!
所詮は……先の戦争で……くたばった連中の……五臓六腑を……食い繋いできたようなイカれた連中だからな。
……この計画を邪魔したお前らも、いつか必ず死ぬ……!」
「今から死ぬやつが人の生き死にを心配する余裕あるのか?
せっかく祈る時間をくれてやったのに、このマヌケめ。」
「ダニエル、殺さない方が良いんじゃないのお?」
などと言いながら、ルシアもまた殺意のこもった目をしている。
こんなにいたぶっても情報を吐かないなら殺すしかないだろう。
ヨアキムはどうにかして吐かせるつもりだろうが、それは無理だ。
そもそも『敵』を生かす理由は、ただひとつをおいて存在していなかった。
そして今、そのただひとつの理由さえ消え去ったのだから、殺すのは当然のことだ。
「コイツから搾取出来るモノはもうない。
味のないガムと同じように扱ってやるのがこの街のルールだ。」
「そりゃそうだけど、私こういう野郎が大好きなんだよ。
ボコボコにしてやっても反抗的な態度を取り続ける命知らずのバカがさ。
そう、その……こういうツラ見るとゾクゾクすんのよ。」
「ゾクゾクするだって?
裏起毛のトレーナーでも着てろ。
いつもいつも薄着で、見てる此方が寒いってんだ。」
「ハッハッハ、そりゃないよダニエル。」
「おい、ボスさんよォ。
コイツに免じてもう一度だけチャンスをくれてやるぜ。
お前が知ってる情報のうち、重要なものを吐け。
『計画』とか言ってたよなァ、それは何も知らんヤツがセリフじゃあない。
情報を吐く気がないなら、手前はドロドロの血を吐くことになるぜ。」
「……吐かない……。
どっちも吐くつもりはない。」
「強情な野郎だ。」
「へへ……それよりお前ら、お仲間の心配をしたらどうだ?
今頃……どんな目に遭ってることか……なぁぁ?」
「……何だって?」
ダニエルは目を血走らせ、次の瞬間には首領の顔面を殴っていた。
鼻の骨が確実に折れる一撃だった。
・・・
「ダニエルとルシアが同じ空間にいる限り、アイツの命は風前の灯だよ!
クソッ、本当についてないなぁぁ!」
アクセル全開。
臆病者のヨアキムを突き動かしているのは焦りの感情。
あの二人なら、情報を吐かなければソイツを殺してしまうはず。
それだけは阻止せねば。
「でも……何か情報を吐かせる方法でもあるの?」
「ないよ、でも万が一アイツから聞き出すことが出来れば無益な衝突はナッシングだ!
もしボスを殺せばクローバーとの全面戦争だぞ!
あのチンピラ集団がどれだけ愛に溢れた連中かは知らないけど、ボスの死を大義名分にして暴れられるのはまっぴらごめんだ!
見ただろ、アイツはただの人間じゃあない……あんなのと戦うなんて無茶すぎる!
ウチの鉄砲玉は確かに強いけれど、連中だってどんな隠し玉を持ってることか……!」
「……それは怖いけど……。」
「……とにかく僕は基本的に無血主義なんだ!
強盗だって人に見つからないようにやってきたし、
人と出くわしても手を出すことはなかった!」
「お前、そんなことでよくギャングなンてやってられるな。」
「ギャングじゃなくて何でも屋だよ!
やってることはギャングだけど!」
ここ最近は特にそうだ。
平和な依頼が来ることは滅多にない。
まあ、それはこの街が平和ではないからだが。
行方不明のペットを探してほしいという依頼が来たこともあった。
しかし結局、動物売買グループが絡んで戦いに発展してしまった。
ギャングやマフィア、テロ組織、ありとあらゆる悪が集まるこの街で何でも請け負うということは、だいたいそういうことだ。
「……ヨアキムさん、後ろ!」
「えっ、何?」
突然慌てはじめたパウル。
言われるがままに振り向くと───
「……なぁ、僕が何をしたって言うんだ!?
一日で一年中の不幸を摂取できるクソッタレなドリンクでも飲まされたのか!?」
無数の改造車が追ってきていた。
何という悪運だろう。
復讐とはありったけのコストをかけるもの。
時には彼自身の命さえも。