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クスリの主を追え その①

「……約束通りあんたらの秘密は守ってやったぞ。

ッたく、今後一切ウチとは関わらんでくれ。

ナチの姉さんまで出張ってくるなんて最悪だ。

このままじゃウチは更地になっちまう。」


『マスター』は心の底から呆れている。

何度も何度も店内で薬物取引を行ってきた組織のトップが目の前にいるからだ。

生意気にも黄金のパイプで煙を吹かしながら。

今すぐにでも撃ってしまいたい。

だがトップを殺しても、この組織は簡単には瓦解しない。

充分理解している。

本当はヨアキム達にこの男を殺してもらいたいくらいだ。

そしてそれは我慢するしかないことなのだ。


「ああ、迷惑をかけたな。

だがナチの残党なんて怖くもなんともねぇよ。

所詮は悪魔の皮を被ったただの人間だろ、クソでも食わせてやりゃ泣いて逃げるさ。」


こうやって余裕ぶっているが、実際のところ心中穏やかではないはずだ。

何せ相手は手段を選ばず徹底的に相手を殺そうとしてくる狂人どもだ。

大義名分さえあればいつでもどこにでも火を放つ。

度し難いが、そういう連中なのだ。


「オレだって腐っても人間だよ。

お得意が下手打って死んじまったら寝覚めが悪い。

お前らに協力しちまったのは言い訳出来ねぇが、協力してやるのはそこまでだぜ。」


「アンタがそういう人間だってのは知ってるよ。

俺達はお互い先が短いみたいだな。」


「……ロクでもねぇ、本当に。」


「人間ってのは犠牲がなけりゃ幸せになれねぇ生物だ。

生まれた時点でヒマラヤよりデケェ罪を背負ってんだよ、誰一人として例外なく。

『自覚』してるだけ俺はマシさ……アンタはどうだ?」


「ふん、犠牲になるのはいつも俺だ。

そして幸せを感じたことは一度もねぇ。

誰かを踏み台にしたところで、所詮アンタの踏み台になってチャラだからな。」


「そりゃカワイソーなこった。」




・・・




『……そういうワケだ、よろしく頼むぜ。』


「ああ、分かったよ。」


ダニエルから『エルフ』のことについての連絡を受けたヨアキム。

既にその『エルフ』とは合流済みだ。

そのことを告げるとダニエルは愉快そうに笑っていた。

『姐さんは仕事が速くて助かる』と。

確かに速い。

カミシアはダニエルが信頼を置くほどの女だ。

ナチの親衛隊として活躍した過去を持ち、軍を抜けた後もかつての部下達を率いてこの街を支配している女傑。

あらゆる種族が住まうこの街で大きな地位を得た女帝。

そんな女が派遣してきたのだからこのエルフは充分な戦力だろう。

恐らくこの『依頼』はすぐに終わる。


「僕の名前はパウル・ローナスです。

よろしくお願いします、エルフさん。」


深々と頭を下げるパウル。

しかしエルフは嫌悪感を露にする。


「エルフなんかに敬語使う、お前変だ、タメ口にシてくれ気持ち悪い。」


「き……気持ち悪い!?」


レミナルでのエルフ族の扱いは最悪だ。

人に近い姿でありながら、バケモノのような長い耳を持つ。

そのどっちつかずな容姿が、人間からも他の種族からも忌み嫌われている。

だからパウルの物言いが余程不気味に感じられたのだろう。

何なら慇懃無礼に聞こえたのかも知れない。


「……ええと、それじゃあ……よろしくね。」


「お前の期待に添えルかは分からんが、努力はしよう。」


「ありがとう。」


「よし、そろそろ出発しようか。

希望の光が見えてきたところで僕もやる気を取り戻したよ。」


ヨアキムは急に明るくなった。

チャラそうな見た目通り、気分屋なのだろうか。




・・・




「……ねぇねぇ、そこの美人さん。

そんなダセェ男なんかよりオレと遊ぼうぜ?」


「だから興味ないって言っとるダろうが。」


「ンなこと言わないでェ、ほらァァ。」


「黙レ。」


「黙らないよぉ、ねぇねぇ遊んでくれってばさァ。

楽しい『オモチャ』、いっぱいあるぜェ?」


「いい加減にシろチンポ野郎。

カラカスのスラムにブチ込ムぞ。」


御一行が再び情報収集のため車で移動を始めたのは数分前。

後部座席に座っていたエルフは、運悪くナンパ男に目をつけられてしまった。


「はぁ……面倒なのにつきまとわれるのはゴメンなんだけどなぁ。」


ヨアキムが小さく愚痴を溢す。

わざわざ殺さなくても良いが、殺した方がはるかに楽だ。

そこがとても面倒臭い。


「私はナンパすらされないんだ……。」


久遠も小さく愚痴を溢す。

まあ、かわいいかかわいくないかで言えばかわいい部類だが、年齢的に興味を持たれることもないのだろう。

あるとすればそれは食用くらいだ。

どうも、人の肉は若ければ若いほど美味いらしい。


「その軽いアタマを吹き飛ばして黙らせテやろうか?」


既に怒りのゲージが最高潮に達して爆発秒読みのエルフ。

だが


「姉ちゃん、この俺にそんな口の利き方し───がふぁァァッ!?」


前方不注意。

男の車は、停車していたバスに正面衝突した。

ロクに安全確認もしないからだ。

因果応報はどこに行っても変わらない。


「やれやれ、美人さんを乗せてると、よくこういうことになるんだよね。」


ヨアキムは苦笑した。


「私は?」


「久遠ちゃんも美人だよ、付き合ってくれるゥ!?」


「いや、そういうのは興味ない。」


「へー、そうなの……。」


やはり久遠はどこかヨアキムに冷たい。

だがこれ以上醜態を晒したくないので、あくまで平静を装う。

本当はそんなクール系キャラじゃないのに。


「さて、そろそろヤンキーどもの溜まり場だよ。」


「ヤンキー……ちょっと待って、どうしてそんな場所に……?」


「連中は裕福なんだよ。

この街にやってきた金持ちから財産を奪いまくってるからね。

そしてその金でクスリを買っている。

運が良ければ取引の現場に出くわせるかも知れないし、そうでなくても張り込んでれば必ずその時は来る。

残念ながらナチの連中はここをルートに入れていないけどね、さっきのは僕のハッタリだよ。

あのマスターがクローバーと裏で繋がってるとしたら、ナチとの衝突を避けさせようとするだろう。

彼だってバーが木っ端微塵になるのは嫌なはずだからね。」


ヨアキムはマスターがクローバーと繋がっている前提で嘘をついていたのだ。

そしてその推理は正解だったのだが、生憎久遠達がそれを確認する術はまだない。


「……なるほど、でも危険じゃない?

此方は四人、そのうち戦闘要員は……エルフだけ。

ヤンキーなんて徒党を組んで襲ってきそうだけど。

言っとくけど火薬詰んだ車でダイレクトアタックなんてヤだよ。」


「心配するナ、それくらい一人で充分だ。」


エルフが久遠の肩を強く叩く。

瞬間、凄まじい痛みが彼女の全身を迸る。

やれやれ。

腹、背中ときて次は肩か。

予想外も良いところだ。


「……納得したよ……あなたなら大丈夫だね。」




・・・




もうあれから三十分は経過しただろうか。

通りの奥へと進むに連れて周囲の景色は次第に寂れてゆく。

並んでいる建物は全て錆びついていて、何の生気も感じられない。

見捨てられた街の、見捨てられた風景。


「ン……誰か来たな。」


前方に人がいるのを確認したヨアキムは車のスピードを落とす。

そして、それは間違った選択だった。


「おおおいテメェんらァァ!

だ、誰ェの許可を得てッ、ここに……ししし、侵入してきやがったァ!」


武器を持った物騒な男。

呂律が回っておらず、目の焦点も合っていない。


「なるほどね、ここは間違いなく取引場所だ。

絵に描いたようなのが出てきた。」


ヨアキムが車に搭載されていた拳銃を取り出して三発発砲する。

至近距離。

ノーコンの自信があるヨアキムだが、それでも流石に当たるだろう……と確信出来る程度の距離だ。

だが

男は奇妙な動きでその全てを避け、ニィっと笑った。

ありえないことだ。

いくらノーコンでも、当たって当然の距離、角度、弾速。


「な、何だよコイツ……ラリって行動がイカれてるのか?

だとしてもこの距離で弾を避けるなんて……!」


「グズグズすんナ!」


エルフは呆然とするヨアキムの頭を蹴り、ジャンプ。

そのまま空中で回転し、刀で男の首を両断する。

流石の早業だ。

幸いヨアキムの頭にもほとんどダメージはない。

そんな手加減が出来るなら私にも優しくしてよ、という目でエルフを睨む久遠。

エルフはそれに気づいて、愛想笑いを返した。

どういう神経をしているのだろう。


「さあ、この程度の雑魚ならいくらでも殺しテやるから気にせず進め。」


「よし分かった。

……あれ、車が動かないぞ。」


それは突然のこと。

まるで映画のように。


「クソ、お前は良い子だと思ってたのに……コンチクショウ!

何てこった、よりによってこんな場所で故障か……ああファック!

ねえ久遠ちゃん、車の修理は出来るかい?」


「……え、……うーん……。」


「頼む、僕はあくまで運転担当だから修理は出来ないんだ!

ロートルな天の神様が僕の車をブッ壊しやがった、最悪な日だよ!

ダニエルのイタズラか!?

アイツ、車が壊れたら盗めば良いって言ってたけどさ!

こんな荒れ果てた場所に車なんてないよ!」


「落ち着いて……うるさいから……。」




・・・




「……手伝おうか?

二人だと大変でしょ。」


「ああ、ありがとう。」


声をかけてくれたのはパウル。

久遠も少し疲れてきたところだった。

結局どこがどうなっているのかさっぱり分からない。


「ねぇ、ヨアキム。

この車ってどこで買ってきたの?

もしくは盗難品?

地球にはこんな技術はないと思うんだけど。

何がどうなってるのかサッパリ分からないよ。」


「盗難品じゃあないよ、でも買ったワケでもない。

変な商人にタダで押し付けられたんだ。

タダほど高いものはないね。

……直せないなら仕方ない、しばらくは歩くことになるよ。」


「どけ、直してやル。」


エルフがヨアキムと久遠を突き飛ばす。


「何だって、今『直す』って言ったのか?

エルフ族に伝わる変な技術でも使うのかい?」


「……『素手』だ。」


「え?」


ガシャンッ!


エルフの拳がボンネットにめり込む。

ヨアキムの豊かな毛髪が風に揺れる。

久遠は唖然として言葉を失う。

パウルが抱いていた女性のイメージが壊れる。

その場にいたエルフ以外の全員に

衝撃が走る。

と、同時にヨアキムは再び取り乱す。


「……な、ぁぁぁ何てこった!

バカバカバカ、もう一度言うぞバカ!

何してくれてるんだッ、これ僕の愛車なのに!

大事な娘をブン殴られたような気分だ、クソぉ!」


「ハドソン川に沈みたくなかったら落ち着ケ。

ちゃんと直っテるだろ。」


「直ってるかも知れないけどボンネットが!

ボンネットが犠牲になっちゃったじゃないかァァ!」


「走れるならドうでも良いだろ。

車は化粧でもネイルでもない、これ常識ダ。」


項垂れるヨアキム。


「エルフお姉ちゃん、凄い力だね……。」


パウルが感心とも恐怖とも取れる表情でエルフを見る。


「これクらい、エルフ族にとっては凄くも何ともない。」


「僕らにとっては何ともあるよ。」


「……なら、お前も強クなれ。

何も失わないために、ひたすら強クなれ。」


力がなければ、必死で掴んだ微かな幸福すら奪われてしまう。

かつてのパウルのように。

ヤクチュウの動きは明らかに人間のものではなかった。

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