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ナチの姉ちゃん

「ここがアジトだ。

豚箱以下の環境だがまあ堪えてくれ。」


ダニエルがソファにドサッともたれかかる。

狭い室内に押し込められた家具類はどれも使い物にならなさそうなものばかりだ。

落ち着かない様子の久遠。

背後から機械音声のようなものが聞こえてくる。


『ガピーガピーガピー。』


「うわぁ、何ィ!」


正体は小型の人型ロボット。


「……ああ、ソイツは『オンボロ2号』だ。

前にここに住んでた腐れバカ商人が置いてきやがった。

家事は出来るが意志疎通は出来ねぇぞ。

どこかが故障してるらしいんだが、機械オタクでマザコンのヨアキムでさえ直せないんだ。」


「オイオイ、撤回してくれダニエル、不名誉だ!

ママのお乳なんて欲しがらないし一人で寝られる!

ただでさえ地位が危ういんだ、久遠ちゃんにまで変な目で見られたら終わりだ、ジーザス!

それに、君だって僕みたいな天才枠がいないと困ると思うけど!?」


よほどマザコンという言葉が刺さったのか、ヨアキムは狂ったように喋りまくる。

しかし久遠はヨアキムには関心を向けていない。

ダニエルもルシアも同じだ。


「あーあー、うるせぇ黙れ。

マザコンが嫌ならブラザーのアレでも吸ってろ、下品な顔でな。

ジャブよりゃ余程美味いだろ。」


「クソ、君のパソコンにウイルス仕込んでおいてやる!」


「あー、やれるモンならやってみろ、お前のケツにジャーツをブチ込んでやる。

さて久遠、お前さんも疲れただろうから一眠りすると良い。

疲れ知らずのロボットなら話は別だがな。」


ダニエルが『オンボロ2号』の方をチラリと見て笑う。


「いや、良いよ……遠慮しとく。

まだ落ち着かないって言うか……その───。」


緊張している久遠の背中にルシアの豪快な蹴りが入る。

蹴りというか、その次元を超越した足技というか。


「へぶぁ!」


かなり強い。

そして動けない。


「いだぁぁぁい!

背骨がないッ!

私の背骨がァァァァ!」


腹の次は背中。


たった一日でどちらも経験するとは思わなかった。


暴力の欲張りセットなんて、何も嬉しくない。


「骨がないなら畑に行って来な、この青二才め。

ソビエトの人間は畑から生えてくるって知ってたかい?」


やかましく騒ぎ立てる久遠を冷たくあしらうルシア。

そういうのはヨアキムの役割じゃないのか、と少し残念な気持ちになる。


「いっ……そんなの知らないよ……。

……ところで客が来てるみたいだけど。」


「あー……客ゥ?」


「気付かなかったの?」


久遠の足許。

そこには小さな少年が立っていた。

湿気た顔でルシアを見上げながら。


「うわッテメェ───このガキ!

何だ、いつからここにいた!?」


「ずっとだよ。」


「何考えてやがンのさ、この野郎!

スケベな角度で見上げてンじゃないよ!」


「依頼があって来たんです、聞いてくれますよね?」


「……依頼相応のカネを払えるなら受け入れよう。」


ダニエルが答えると、少年は事情を話し始める。


「復讐を依頼したいんです。

僕の両親を殺したヤツに対する……復讐を……!」


「……ほう?」


「容姿は分かりません……僕が家にいない間に、既に両親は殺されていたので……。

でも、後ろ姿は少しだけ見えました。

フードを被った……黒ずくめの……。

……きっと密売組織が関係してるんです。」


「密売組織……。」


「『クローバー』って名前です。

父さんはその組織について色々調べてたみたいで……。」


「そのことに気付いた連中が殺し屋でも雇ったってワケか。

随分と安直な連中だが、この街ならよくあることだ。」


「少なくとも僕は……連中が絡んでると考えてます。」


「そういうことならヨアキム、久遠。

ガキ連れて情報収集に行って来い。

こっちはこっちで話を進めておく。」


「だってさ、久遠ちゃん。」


久遠は正直疲れていたが、そんなことを言い出す度胸もなく……。


「ああ……私は大丈夫だけど車はアレでいいの?」


車は先の銃撃戦で傷ついているはず。

ここに帰ってくるまでの間もガタガタ震えていた。

が、ダニエルは気にしていない様子だ。


「車は過労死しねえさ、労災もねぇ。

壊れたなら奪えば良いだけだ。

ただし依頼主だけは死なねぇように必死で守れ。」


「うーわおっかないおじさん……。」


久遠は思わず口を滑らせてしまった。

だがダニエルもヨアキムも思うところがあるらしく、スルーしてくれた。


「そうと決まれば急ぐよ。

さあ、二人ともこっちだ。」


ヨアキムに手招きされ、久遠と少年はガレージに向かった。

そうしてアジトに残ったのはルシアとダニエルだけ。


「ねえ、せっかくカネが入ったんだ。

このクソしみったれたアジトに娯楽ってモンを取り入れてはどうかと思うんだよ。」


「要らん。

さっさと電話するぞ。」


「どこにさ。」


「陽気なナチの皆さんにお手伝いを頼むんだよ。

『握手してくれ、その白い手で』ってな。」


「ケッ、あの悪趣味なボンクラどもが作った歌なんざワンフレーズでも聴きたかないよ。

小唄と冷えたワインだけで死ねるイカれた戦争狂の集まりだぜ。」


「分かっちゃいるさ。

だが『使えるモンは使え』が俺の流儀なんでね。」




・・・




三人がやって来たのは、ルシア達が普段利用しているバー。

比較的治安が良いグウェン通りにある一際大きな店だ。

しかしこの店内に限ってはかなり治安が悪い。

男も女も関係なく踊り狂い、酒と煙草の臭いが蔓延。

酔い潰れて床に転がっている男。

何があったのか、髪が乱れて幽霊のようになった女。

本人達はさぞ御満悦なのだろうが、端から見れば阿鼻叫喚以外の何物でもない。


「おっ、疲れた顔してるねぇ姉ちゃん!

どんな疲れも吹っ飛ぶ癒しの時間を過ごさないかい!?」


何から何まで派手派手しいモノを身に付けたドレッドヘアの男がチラリと久遠の方を見てアピールしてくる。

こんな殺伐としたバーに癒しなどあるものか。


「……久遠、彼の『相手』になりたくなかったら目を逸らすんだ。

メドゥーサに石にされるよりもっと酷い目に遭うぞ。」


「やっぱりこの街はおっかないなぁ……。」


ヨアキム達はスタスタとカウンターに向かう。


「いらっしゃい。

……何だい、今日は変わったメンツだね。

あんたの新しい家族かい?」


ヨアキムに軽い冗談を言い放つ男。

このバーのマスターだ。

顔に大きな傷を負っている。

荒くれ者の客につけられた傷らしい。


「僕が好きなのはマスターみたいな厳ついタイプだよ。

女は好きじゃない。」


「冗談よせよ、気色悪いぜ。」


「初めに冗談言ったのはマスターだろ?

全くノリが良いんだか悪いんだか。」


「……ダニエルとルシアはどうしたんだ?

まさかマジでおめでたいことになったのか?」


「乱射魔と外道野郎はお留守番さ。

けど別にそういう関係じゃあないよ。

で、マスター……欲しい情報があるんだけど。」


「……聞こうか。」


「密売組織についてだ。

『クローバー』って名前は聞いたことあると思うんだけど。」


ヨアキムは以外と上手く話を進めてくれている。

まあ、これくらい出来なければ彼の存在意義なんてあってないようなものだろう。


「……あんなものは嫌でも耳に入ってくる。

まして、ウチはあのクソ野郎どもに迷惑かけられてんだ。

ウチの店で取引なんかしやがるもんだから、ヤク中の溜まり場だぜ。

理性のある悪党は歓迎だが理性のねえ悪党は此方から願い下げさ。

ッたく、人の店に上がり込んで闇商売するなんざ商売人の風上にも置けねぇよ。

……で、ソイツらがどうかしたのか?」


「……ナチの姉さんのシマで密売してるらしくてね。

アレをいつまでも店の中に置いておくと、いずれ連中が姉さんの逆鱗に触れた時にこのバーごと吹き飛ぶかも知れない。

だから早めに連中のことを追い出した方が良いよ。」


「……連中の戦争に巻き込まれるってことか。」


「まあそんなところだね。」


「……戦争を避けられるなら協力してやりたいんだが、アンタらが欲しがってるような情報はないな。」


「そうか、ありがとう。

他を当たってみるよ。」




・・・




「密売組織ねぇ……ソイツを潰せば良いの?」


十字の装飾が施された軍服を纏う赤い髪の女性。

死人のように異常に白い肌は見る者に恐怖を与える。

会話の相手はダニエルだ。

ナチ残党により結成されたギャング組織『ロートクロイツ』ならばクローバーについて秘密を知っているかもしれない……。

そう思ったダニエルが彼女に電話をかけたのである。


『あくまで手伝いを頼みたいだけだよ、親愛なるカミシア姐さん。』


「ハハハ、まさか悪名高き『ナチの残党』が子供の復讐のお手伝いとはね。

その子、泣いて逃げるんじゃない?」


『問題ないさ、復讐なんて考えるヤツはその時点で素質がある。

あの歳で命のやり取りの快感を知っちまえば、あとはエリートコースまっしぐらだ。』


「そういうことなら手を貸してあげる。

エリートの殺し屋をそっちに送るわ。

強いのをお一人ね。」


『一人か、そりゃ心許ないな。』


「空母をひとつ動かそうと思ったら、それだけで沢山の燃料が必要になるの。

なーんてもっともらしいことを言っても駄目よね。

でも安心なさい、武闘派の片耳エルフよ。」


エルフは人間よりもはるかに身体能力が高い。

首の骨を折るのも容易いくらいだ。

加えて武闘派ともなれば、その戦闘力は想像を絶するものだろう。


『……信用するよ。』


ダニエルはそれだけ告げて電話を切った。

まるで愛の告白のような声色で。




「良いのですか、ボス。

アレを派遣するということは……。」


「問題ありません、ミハイル。

憎悪の念に駆られた人間の末路など、たかが知れてるでしょう。

遅かれ早かれ、不条理という大波に呑まれてしまう。

私が引導を渡さなければ、きっと更に苦しむことになるわ。」


「……従います。」

機械オタクであり、盗みのプロでもあるヨアキム。

実は久遠に一目惚れしているが、久遠の方は冴えないヨアキムに一片の興味も示していない。

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