交渉をしよう
紫条組───
「あの話ィ、オヤッさんから聞きましたよ……兄貴。
そろそろあの地域に乗り込む時期じゃないすか?」
あの地域───そう、レミナルのことを指している。
この軽い男の名は遠藤 弘樹。
暴力団に所属しているというだけで無駄に大きな態度を取る典型的なチンピラだ。
「ああ、聞いたよ……盛者必衰なんて他人事じゃあない。
俺達も誠実に慎重に生きていきたいな。」
弟分の軽いノリに辟易する『兄貴』の石田 陵二。
遠藤とは対照的に、決して偉ぶったりしない。
「カタイこと言いますねぇ兄貴はァ。
俺達は大丈夫ですよ、外国の下品な糞ギャングとは違うンすから。」
「あのナチスくずれとサイコ野郎がそう簡単に堕ちるとは思えん。
俺達が『上手くいく』と思っていても、それすら罠かも知れないワケだ。
お前の想像は常に希望的観測レベルのものだと思っとけ。」
「兄貴……ホント慎重すぎっすよ。
腐れゲルマン野郎の時代はとっくの昔に終わりました。
今度は俺らの時代っすよォ!
オヤっさんも準備してるみたいですし。」
「ああ……?
それは初耳だぞ。」
紫条組組長 紫条 克徳。
日本の暴力団の中では最大の規模を誇る紫条組を束ねるだけあって、冷静な判断が出来る大物だ。
そう思っていた。
だが、それは勘違いだと分かった。
レミナルは世紀末と呼ぶのも憚られる程荒れ果てた土地だ。
そんな土地を束ねる二大ギャングを相手にするなど正気の沙汰ではない。
それは二大ギャングが衰えつつあるという仮定でも変わらないことだ。
「……何か策でもあるのか……?」
「いや別にそういうわけじゃないっすよ。
ただねェ、そろそろアレが乗り込むっつー話なんでね……。」
「……『サバーカ』……赤い連中の生き残りか。
どいつもこいつも……しぶとさを美徳とする連中ばかりだ、反吐が出る。」
ソ連もナチスも、既に過去のモノ。
にも拘わらず、あれらのギャングがしつこく生き残っているのは偉大だ。
偉大ではあるが、見方を変えるならば『見苦しい延命』とも言える。
「で……喧嘩売るだけのメリットはあるのか?」
「サバーカの連中が秘密裏に製造してた『アレ』……。
『アレ』を手に入れるんすよ。」
「まさか、お前はその話を信じてるのか?」
人間の能力を高めるクスリ。
にわかには信じがたい話だ。
「……兄貴、このチャンスは逃すべきじゃないっすよ。」
・・・
「で……具体的に何をやるつもりなんだ?
アンタ個人でやれる範囲ってのは限られてるだろう。
何せ敵はバケモノ揃いの殺人同好会と革命家気取りのテロリストどもだぜ。
俺達も多少なら協力してやりたいところだが、流石にコイツは危険すぎる。」
「別にアテェらが直接手を下す必要はねぇんだ。
世界にはギャングやマフィアやヤクザなんていくらでもいるからな。
その辺の好戦的な連中を利用すれば無血で赤旗どもを消し炭に出来る。
祖国が崩壊しても尚真っ赤に燃え続けてる底無しの熱血バカどもには相応しい末路だ。」
ダニエルとナタリーはソファに座って会議中。
タバコとアルコールの臭いが蔓延していることを除けば何も問題ないが……。
「確かにあの手合いの組織は探せばいくらでも見つかる。
だが肝心なのは『サバーカ』に対抗する力があるかどうか、だ。」
「でぇじょうぶさ。
西園寺はアジアのマフィアを束ねる大ボスだ。
この街だけじゃなく、世界中に手下を持っている。」
「ソイツらが上手くやってくれると?」
「そこは西園寺次第さね。
『組織は頭から腐る』って言うだろ?
頭さえしっかりしてりゃ、タマ潰されても死なねぇってことさ。
まあでも、あの男ならギリギリのところで何とかするだろォ……。
ンで、ちと気になってることがあってよ。」
「……何だ?」
「ヘイそこのガール、日本最大のヤクザの名前を知ってるか?」
突然久遠に話を振るナタリー。
「……えと……し、紫条組……。」
日本人なら誰もが知る巨大な組織。
此方に来てから長いが、未だその名は覚えている。
「そうそう、その紫条組ってのがキーになるんだよ。
アジアの連中にしては珍しく赤鳳の管轄外にある、いわば『野良ヤクザ』だからな。」
アジアのマフィアやギャング、ヤクザの大半は赤鳳の配下にある。
だが紫条組だけは傘下になることを断り続けている。
「大人しく言うことを聞いてくれるか分からない、か。」
「察しが良いねぇ、ダニエル。
下手すりゃ赤鳳と紫条組がぶつかることになる。
だが本命と戦う前に消耗するのは避けたいところだ。」
「ああ、それには同意する。
で、どうするんだ?
うまい話で釣って無理矢理交渉でもするってのか?」
「そうだよ、ホント察しが良くて助かる。
ンで、こーゆーのはヨアキムが得意だろォ?
つーかそれくらい出来なきゃ存在意義がねぇよな。」
空き缶を机に置き、首だけヨアキムの方に向ける。
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ待てよ、僕の責任重すぎでしょ。
見知らぬ国の見知らぬ場所で下手打ちゃ死ぬんだぜ、冗談じゃない!
僕は死ぬならこの街で死にたいんだ、やるならナタリーがやれよ!」
「ンじゃあ今すぐヘソ穴がデカくなるヤツを一発ブチかましてやるから腹出せよ。」
胸の間から拳銃を取り出す。
「うわぁ、今はやめろ!
とにかく僕は日本なんて行かないからな!
テコでも念力でも動かないぞ!
今の僕の意思は鉄の女より固いんだ!」
「オイオイ、これまで何の活躍もしてこなかった木偶の坊に、このアテェが光を当ててやろうってんだぜ?
黙って従ってろよフルチン野郎。」
「なぜ僕がフルチンなんだ、ふざけるな!」
「……ナタリーの言う通りだ、お前はこういう時のためにいるんだろ。
この仕事を断るならお前は今をもって無職だ。
明日から一人で暮らしていけ。」
「クソォォォ、やってやるよ!
どいつもこいつも地獄に落ちてしまえ!
僕と久遠以外!」
「さらっと呼び捨てしないで。」
「君までそんなこと言うのかッ!?」




