赤い狼煙
「実はさぁ、アテェずっとアンタらの監視してたのよ。
ちくっとばかしイヤな予感がしたもんでねぇ。
そしたら案の定アレが現れたってワケ♪」
「ちなみに……あの子の正体はカーシルなんですか?」
「んー、そうだよ。
カーシルって名前自体はアテェらが勝手につけたんだけどな。
いくら無法の街つったって、無差別に人を殺しまくるバカは滅多にいないもんだぜ。
ま、あのバカは偶々この世で最も危険な悪魔女のケツを叩いちまったから死んだ。
そういうこと。」
無法地帯と言っても、赤鳳やロートクロイツといった既存の勢力の下に一定の秩序が築かれている。
ここはそういう街で、そういうルールがある。
カーシルはこの街のルールを破ったから死んだ。
それだけのことである。
ロートクロイツに手を出さなければこれからも殺人を続けていただろう。
「カミシアはカミシアで、殺されたおトモダチの遺体を使って殺害方法を特定したらしいぜ?
『鎌』による殺しだってね……よくやるよ、あの連中はさぁ。」
「……あの子、ずっと『悲死ぃ』『悲死ぃ』って言ってた……。
何があったのか分からないけど……追い詰められたように……ずっと繰り返してた。
あの子もまた、この街の被害者なのかも……。」
「悩んだってしゃーねぇさ、死ねば全てオシマイだ。
事情や過去を知ったところで、そんなモンは供養にもなりゃしねぇ。
アテェらに出来ることは、ヤツの魂が然るべき場所に向かうよう祈ることだけだよ。」
死んだ以上、彼女を知ることはもう出来ない。
殺すということはそういうことだ。
相手の自由も思想も信念も過去も夢も、全て奪うということだ。
今更同情したって、ただの自己満足に過ぎまい。
「チッ、良い子は寝る時間だっつーの。
いつまで騒いでやがんだい、このアホどもは。」
もう夜の八時を過ぎているのに、街の住人は昼と変わらず馬鹿騒ぎ。
「てっきりこういうのは轢き殺すタイプだと思ってたけど……。」
久遠が本音を漏らす。
「バァーッカお前、そりゃ偏見って言うんだぜ。
お前にアテェがどう見えてんのか知らないけどな、
アテェは優良運転を心掛けてんだぜ?」
その割には先程物凄いスピードを出していたようだが。
「どけオラァ!
皆揃って絨毯になりてぇのかァ!?」
乱暴にクラクションを押しながら怒鳴る。
オープンカーなのでその声は外まで聞こえている。
「お……おい……あれって……!」
「死の踊り子ナタリーじゃねぇか!
逃げろォォォオオオッ!!」
「逃げるなゴルァ!
だぁれが死の踊り子だよ!
お望み通りケツ圧で窒息死させてやろうか、あァ!?」
逃げ惑う男達に追い討ちをかけるように喚き立てるナタリー。
ルシアがいなければ少しは大人しくなると思っていたが、それは勘違いだった。
これは単体でも充分。
なので、久遠にがっしり拘束される。
「落ち着いて……ッ!
道は開いたんだからいいでしょ!?」
・・・
「革命の時代は終わり、我々は童の夢。
嘆かわしいことだが、とうの昔に忘却の彼方に追いやられてしまった……。」
「誰もが我々を敬遠するようになった。
流血を嫌い、自由のための闘争を憎むようになった。」
「国が払い下げた土地に食いつき、屈辱の時代を何とか生き残ってきた……。
そうして守るべきものを守ってきた。
ようやく流れ着いたこの街で、今度こそケリをつけてやろう。」
苦い過去を思い出し、まだ見ぬ未来に思いを馳せる『サバーカ』の幹部達。
彼らは皆、革命の熱気で世界が赤く染まることを願った。
何であれ、世界のために戦った。
変化のために血を流した。
しかし世界は彼らを忘れ去り、歴史の砂に生き埋めにしてしまった。
「戦いの熱狂を思い出さねば、世界は凍てつくだけだ。
誰もが心を失い、現状を疑わず、死人のように生きるだけだ。
この街とて例外ではない……既存の勢力の支配の下、無法者どもが安逸を貪っている。
今一度破壊の行進と軍靴の音で皆を目覚めさせてやらねばなるまい。」
「この忌々しい秩序を生んだのが、よりにもよってナチスの亡霊とはな……反吐が出る。」
「生者が死人のように扱われ、死人が生者のように扱われる。
この上ない理不尽だ、我々はここに生きているし、ナチスなどとうの昔に死んでいるというのに。」
「ところで、大切なのは西園寺の組織とナタリーの件だよ……。
アレらについてはどうするのだね?」
「『赤鳳』はロートクロイツをも凌駕する物量を誇る組織だ。
そしてナタリーは、そんなバケモノ連中と『個人』で渡り合ってきた。
この街には……打ち倒すべき者が多すぎる。
我々の障壁は一体どれほど頑強なものか……想像するだけで恐ろしい。」
「なに、我々は常にあらゆる壁を乗り越えてきた。
必ずやれるさ、世は全て我々の思う通りに───。」