強盗と戦争屋
年季が入った四駆で大都会の直中を走るダニエル。
神妙な面持ちで助手席に座っている久遠を見て笑う。
「やっぱりお前もこの街の人間ってことだな。
よしよし、オレ達の仕事をその目に焼きつけておけよ。
もっと肩の力ァ抜け、上下関係なんてのはペットと飼い主だけで充分だ。」
「……。」
「オイオイ、硬ェ表情だな。
そんなザマじゃ、クソまで硬くなるぜ。
クソが硬ェヤツは早死にするって知らねぇのか。さ?」
「……ダニエルはどこの出身なの?」
「アメリカだよ、自由と侵略の国だ。
……ああ、それがどうした?」
「いいや、何でもないよ。
……アメリカ人って、そういう単語が好きだよね。
そういうイメージがある……。」
「ジャパニーズだってことあるごとにクソクソ言うだろう。」
「い、言わないよ!
少なくとも女の子の前でそういうことは言わないから!」
「まあ、そういう軽口を叩けるなら安心だな。
冥土までついてこいよ、途中で落っこちても拾ってやらねぇぞ。」
ダニエルはこれから『仕事』をする。
久遠からの依頼……ピザショップ・ヴィンチの殲滅のために。
久遠は自らを裏切ったヴィンチの連中に、ただ無慈悲な鉄槌を下してほしいと願い出た。
そしてその依頼は、ダニエルの幅広い専門分野のひとつだったというわけだ。
この結果次第で久遠の今後の運命は大きく変わることになる。
「ヨアキムとルシアも合流する予定だ。
あー、オレの部下さ。
本当はもう一人いるんだが、ずっと行方不明でな。」
「なに……ルシアって……女の人?」
少しだけ気になる。
この街に来てから女友達など一人もいないからだ。
いるのはヘンテコ技術を持つ微生物とか自称宇宙人とか、そんなのばかり。
「そこらのチンケな男より余程強いが、生物学上女だな。」
「ま、まさかそういう確認したの?」
「バカ言え、自己申告だ。」
「じゃあ、ヨアキムって方は……がッ!?」
久遠は突然、顔面を強打した。
「くぅ……酷い道。
まるでゴブリン族の肌みたい。」
「そりゃあながち間違いじゃないな。
ここは悪党も黙り込む最低のシットホールだぜ、小娘。
さて、こんな状況だが良い報せと悪い報せがある。
悪い報せは『連中』に追われているということ。
良い報せは……これから作る!」
「待って待って待って待って待って……そんな無茶なあァァぁぁぁァァァぁァァことォォォォ!!」
アクセル全開。
タイヤが煙を吐く。
久遠は失敗から学んで何とか顔面打撃を回避する。
が、車体がバラバラになりそうな程のスピード。
しかもダニエルは楽しそうだ。
止まるつもりは毛頭ないらしい。
ロクでもない。
ナチュラルな外道だ。
関わる度に寿命が縮みそうになる。
こんなのを仕事のパートナーにしてしまったら二日後にはお墓コースまっしぐらだろう。
……ああ残念、この街ではそれすら叶いそうにない。
せいぜい誰かのタバコの灰と一緒に風に吹かれて終わりだ。
「……うわ、何なのアイツら。
女ひとり潰すためにそこまでする?」
後ろを振り向くと、なるほど確かに車が追ってきている。
台数は数えられないが、少なくとも10台程度はいるのではないか。
女ひとりと久遠は言ったが、それは違う。
久遠とダニエルを、二人まとめて殺すつもりだ。
必然的にそうなる。
ダニエル曰く、ピザショップ・ヴィンチの素顔はイタリア半グレ集団の残党なのだという。
目に余る犯罪行為の数々がイタリア警察の怒りを買い、大規模な戦いに発展。
そして、その残党がこの街に辿り着き、資金確保のために店を経営しているのだと。
幸いこの街に、本当の意味での警察は存在しない。
いるのはサボりと汚職にまみれたコスプレ同然のおまわり連中だけ。
彼らにとってこの街は理想郷なのだろう。
はてさて、この状態で良い報せを作るなんてダニエルは正気なのだろうか。
「ダニエル、あなたの言う通りで私達は追われてる!
最高にクレイジーな状況って言うのかな……!
でもさ、良い報せなんて本当に作れるの!?」
「赤旗掲げたテロリストの連中から追われるよりゃあ余程良い!
それにこれくらいやってもらわねぇと張り合いがねぇぜ!」
「そんなのに追われたことあるの!?」
「追われた回数なんて星の数とは比べ物にならねぇよ、数え終わる頃にはジジイになってるぜ。」
安心して良いのかどうか不安になる物言いだ。
「そんなに心配すんなよ、小娘!
たかが半グレごとき、オレ達の敵じゃあねぇ!」
───バシュッ!
「うわっ!?」
突然、銃声が鳴り響く。
久遠は一瞬『撃たれた』のだと思った、が、それは勘違いだとすぐに気づかされた。
撃たれたのは敵の方。
「さて……用心棒のお出ましだぜ。
ケンカは数より質だってことをこの半端野郎どもに教えてやる。
ルシア、ヨアキム、存分にやってやれ!」
そう、あの二人が合流したのだ。
・・・
「コイツは愉快だ、ヨアキム。
オツムの枯れたバカどもが行儀よく並んで走ってやがる。
ゴジラになって踏み潰してやりたいところだね。」
「よしよし、チンケな似非ジェントルマン達に教えてやりな。
ここはエディンバラフェスティバルの会場じゃないって。」
ヨアキムの軽いジョークに、ルシアが重そうな拳銃を構えて笑う。
「どうせならラ・トマティーナにしてやろうじゃん。
随分と腐ったトマトが集まってるみたいだからさ!」
「ぐぅぁぁ!」
「ひぎゃぁ!」
「へぶぉッ!」
見事な腕前で、ヴィンチの運転手どもを正確に撃ち殺していくルシア。
無論、ヨアキムの運転技術の高さもそれをサポートしているわけだが。
「コイツは別格の威力だね、気に入ったよ。
中古だが使い心地は抜群だ。」
「気をつけてルシア。
連中、大人しくは負けてくれないみたいだ。」
「此方だって大人しく負けてもらっちゃ困るんだよ。
ブチ撒けるモンは全てブチ撒けてもわらないと。」
敵の車に飛び移るルシア。
ヴィンチの連中は必死に応戦する。
半グレの誇りを守るため。
そしてルシア達は、その矮小な誇りを嘲笑う。
圧倒的な力の差を見せつけながら。
飛び交う銃弾。
薬莢と血の臭いが蔓延する。
これこそ『生』。
殺し、殺されることで得られる実感。
ルシアは心底楽しんでいる。
「なッ……何だコイツ、化け物かァ!」
「クレオパトラ越えの美人を捕まえて何抜かしてンだい、このスットボケ野郎!
そんな節穴な目ン玉はブッ潰してやるよ!
ちったぁ風通しも良くなるだろうからさァ!」
凶弾が飛び交い、人がバタバタと倒れてゆく。
不謹慎だが、まるで祭りのようだ。
「チッ、手応えもチンチクリンもあったもんじゃないね。
撃たれるだけならサルの代役で充分なんだよ、サル以下ならここでくたばってな。」
後方からの不意打ちは端から予測済み。
幾度もの戦闘で鍛えた腕に狂いはない。
身を乗り出した男の頭から血が噴き出す。
狙撃手の手は弾け飛ぶ。
死体を盾にして弾を防ぐ。
それを最後に、ルシア達に敵意を向ける者はいなくなった。
「ハハハ、これで終わりかい。」
・・・
「どうだ、小娘。
あれが誇らしき我が盟友さ。」
「最高だよダニエル、あれなら百人力じゃん!」
「惚れたか?」
「今は興奮していて分からないけど、きっとそうだね!
付き合ってみても良いかも!」
「だが告白はすンなよ。」
「もしかして付き合ってるの?」
「そうじゃねぇさ、イカれた暴力装置にウェディングリングは似合わねぇってだけだ。
それさえなけりゃ異性だろうが同性だろうが好きなだけ抱き合っても文句言わねえさ。」
「……なるほど。」