邪魔をするなッ!
「……私は幸運の女神から一等憎まれているらしい。」
「それはもう知ってる……。」
苦笑する冬乃と久遠。
周りを取り囲むのは銃を持ったチンピラ。
数にして九人。
これからカーシルを追わねばならぬというのにとんだ邪魔が入ったものだ。
陰鬱とした路地裏から抜け出した途端にこの有り様とは。
「女二人で俺の縄張りに入ってくるとは良い度胸してるじゃねぇか。
特にそっちの黒髪の女ァ、気に入ったぜ、俺の女にしてやっても良いくらいだ。」
リーダーと思われる男が銃をペロペロ舐めながらニヤつく。
全身刺青の坊主頭で、かなり太っている。
ああ、これは苦手なタイプだ。
久遠は拒絶反応を起こす。
「……何なの……気持ち悪い、吐き気がする。」
「俺ァこの街で最強のガンマン、マーカス・アルフレッド様だ。
お前を満足させるなんて俺にとっては造作もねぇことなんだぜ、嬢ちゃん。
何なら気持ちよすぎて昇天するんじゃねぇかなァ、へへへ。」
気持ち悪さに拍車をかけるマーカス。
何が『気持ちよすぎて』だ。
身の程知らずもここまでくるといっそ清々しい。
「……あまり喋るなよ脂男、貴様の命は今風前の灯よりも危険な状態にある。
我が愛しき姫君にこれ以上話しかけようものなら貴様のまたぐらのマッチ棒を成層圏まで吹き飛ばす。」
「ほう、面白ェ……この俺様に勝てると思ってやがるのか?」
「愚問だな、神の加護を受けしこの私がお前のような愚者に負ける道理などない。
さて……一緒に戦ってくれるかな、美しき姫君よ。」
「戦わなきゃ酷い目に遭わされるんだ……やってやる……やってやる……やってやる!」
久遠は両手でインフィニットファングを構え、正面にいた男めがけて発砲する。
初心者向けの拳銃ではあるが、それでも反動は凄い。
少し前までただの女子高生だった久遠にとっては尚更。
「ぐへぇぁ!」
弾は見事に命中し、男の胸から血が噴出する。
チンピラどもにとってそれは予想外のことだったらしく、焦りを隠せないでいる。
「おおぅ、やるじゃねぇか嬢ちゃん。
……野郎ども、『生け捕り』は中止だァァ───ッ!!」
自分の女にするのは諦めたらしいが、尚もこの男の厄介な企みは消えていない。
殺して剥製にでもして部屋に飾るつもりか。
どこまでも悪趣味極まりない。
「ケッ、どうせ今のはまぐれだ!
これから手前はマグロみてぇになるんだぜ───ッ!」
血塗れのエプロンを着た男がナイフを持って襲いかかるが、その脇腹に冬乃の弾丸が二発命中する。
「ぎゃァ!」
「邪魔をするなァアアアッ!」
カーシルを殺れるかどうかが、今のこの場における最も重要なことだ。
チンピラごときの相手をしている場合ではない。
その焦りが久遠を駆り立てる。
あの女───カミシアに負けることだけはあってはならない。
本能がそう言っている。
「ああああああッ!」
久遠は絶叫しながらショットガンを持った男に突撃し、その銃口を男の顎に押し当てる。
まさかの行動。
男は反応が遅れ、久遠の直線的な動きに対処出来なかった。
「死ねッ、自分の銃で喉に大穴開けて死ねッ!!」
そのまま男の手でトリガーを引いて射殺。
喉に立派なトンネルが開通した男は、涙を流しながらバタンと倒れた。
その返り血を浴び、久遠は冷たい目を男達に向ける。
「中々やるものだな姫君。
純潔な乙女が血に濡れて咆哮するのもまた美しい……。」
カッコつけながらも、銃弾を軽々と避けまくる冬乃。
「クソ、何でかすりもしねぇんだ!
一発くらい当たりやがれチクショォォォ───ッ!」
無駄、無駄、全くの無意味。
幾度も死地をくぐり抜けた結果『銃弾の道筋』が見えるようになったという逸話がある。
相手が銃を撃つ前からその『軌道』を読み取り、事前に読み取るのだと。
そしてそれは、冬乃にとっても同じことだった。
たとえ死角からだろうと、自らに向かって伸びる殺意の線が見える。
エルフ達のように、飛んでくる弾丸を避けることは出来ない。
だが、まだ飛んできていない弾丸を避けることは可能だ。
知らず知らずのうちに、そういう力が身についていた。
「───嫌なことばかりを思い出させるな、この街は。」
軽やかに、速やかに、眼前の敵を無力化していく。
「クッソォ……どいつもこいつも使えねぇ……ッ!」
残り四人───
三人───
二人───
一人───
久遠と冬乃のタッグにより、八人のチンピラが倒れた。
残るはマーカスのみ。
冬乃が詰め寄る。
マーカスは敵わないことを悟ったのか、小刻みに震えている。
「……このまま勝負を続けても結果は見えているぞ。
もうじき消える命の灯火を一秒でも長く灯しつづけたかったようだが……それももう終わりだ。
さて、もう一度あの『愚問』を私に投げ掛けてみるか?」
「はぁ……はぁ……この、クソ……!
女にやりたい放題されて……黙ってられるかよォ!」
震える手で狙いを定めようともがくマーカス。
久遠はそんなマーカスに向けて、もはや一切の躊躇いもなく引き金を引く。
一発、二発、三発。
それぞれ腹部、左胸、左腕に命中。
「がっ───あでッ……!」
マーカスはそのまま事切れた。
「私だって……やる時はやれるんだ!」
こうしてチンピラとの戦いは閉幕した。
「よーし、片付いたな。
ではカーシルを追───。」
急に黙り込む冬乃。
「……どうしたの?」
「弾が切れた……。」
この街では 痴漢・ナンパなど日常茶飯事。