殺し殺され
「悲死ぃ、悲死ぃよぉ、人が死ぬのは悲死ぃよぉ。」
ブツブツと独り言を言いながら路地裏を彷徨い歩くのは殺人狂カーシル。
薄汚れたロングコートに真っ黒のマフラー、艶のない長髪。
その容姿は男とも女ともつかない。
「悲死ぃ……うぅ、早く次を殺さないと……悲死ぃ……。」
大粒の涙を流しながら鎌を引きずる。
そんな『異常』な状態のカーシルの前に、酔い潰れた二人の男が現れる。
「うおっ、何だよォお前ェ……やんのかァ?」
ぶつかってもいないのに因縁をつけ
「おいマーク、こいつ鎌なんか持ってやがるぜ!
そんな貧弱な武器で誰と戦うつもりなんだよぉぉぃ!
ヒャハ、ヒャハヘヘヘハホホッホホ!!」
ワケも分からず大笑い。
「……ああ、ああ、お兄さん達は悲死くないね……。
速く、時の砂の一握りが落ちる前に殺さないと……。」
「あああああああああ!?
何言ってんだよぉぅ!?」
酔いどれ二匹が拳銃を持って襲いかかる、
その瞬間
達磨落としのように
木こりが木を伐るように
男達の首は綺麗に切断されてしまっていた。
その生々しい断面を眺め、一瞬の恍惚に浸るカーシル。
「はぁ……はぁ……ちょっと楽しくなったよ……丁度良いところに人がいたから……。」
この殺人狂は、精神安定剤を飲むような感覚で人を殺す。
何と恐ろしいことか。
それではまるで吸血鬼だ。
人の血を吸わねばならない吸血鬼は十字架のもとに消し炭となる。
ならばこの殺人狂に十字架の光を浴びせる者はどこにいるのか。
「はぁ……はぁ……はぁ……でもまだ足りない。
街に出てみようかな……やめようかな……。」
考えあぐねていると、
「……ん、人の気配……だ。
これは……若くて……良い女の子の気配……ッ!」
その匂いに釣られて、カーシルはふらふらと歩きだす。
その歩みは次第に速くなり、
『走る』という表現が適切なスピードになってゆく。
「もっと殺す……はぁ……はぁ……頭がおかしくなる前にィ……ッ!」
どうやらこの殺人狂は、今の自分を頭がおかしくないと定義しているらしい。
それはカーシルの勝手だが。
麻薬の効果を切らした中毒者のように夜な夜な暴れまわるこの者の精神状態は正常ではあるまい。
例えそれが犯罪都市レミナルの中の出来事だとしても。
「……ッ見つけた……!」
少し短めの黒髪に、黒いセーラー服。
何かにガタガタ怯えているような様子だ。
殺すのは容易い。
そう思って鎌を振り上げた瞬間、
「バっ、バハッ、ひ……ば……ばけッばけッ化け物が出たァァ───ッ!」
その女は振り向き様に悲鳴を上げながら、持っていた拳銃を発砲してきた。
思わぬ攻撃。
何とかギリギリ回避する。
「──くひぃ、死ぬかと思った。」
「……はぁー、はぁー、死ぬかと思ったのは此方だよ……。
アナタ、カーシルだよね……実在するとは思わなかった……。」
撃ったのは久遠。
怪しい武器屋から譲ってもらった拳銃。
久遠のような素人でも扱える代物だ。
あと少し腕が良ければカーシルの脳天を撃ち抜いていたかも知れない。
「大人しく殺されてよ……悲死くなる前に殺されてよ……頼むからさ……ね、ね?」
「私、アナタを殺すように言われてきたの。
此方の方こそそうやってお願いしたいんだけど……。
大人しく殺されてよ、殺人狂カーシル……!」
「嫌だ……死にたくない……死にたくない……死にたくない……!」
この少女の目は『此方側の人間』の目ではない。
人を殺したことのない、光の世界の人間の目だ。
さっきの不意を突くような一撃だってまぐれに決まっている。
殺し合えば勝つのは自分だろう。
カーシルにはそんな『自信』がある。
だが、殺人欲が強くなると冷静な判断力を失ってしまう。
そうなれば彼女の勝ちだ。
そういう『確信』もある。
欲望が強まる前に急いで殺さなければ此方が危ない。
痛いのは嫌だ。
拳銃で撃たれて痛い思いをするのは。
「今まで沢山殺してきたんでしょ……。
今更そんな泣き言が通用すると思ってるの?」
久遠は冷徹な声でカーシルを挑発する。
無論、心拍数は異常だし汗の量も凄い。
だが、ここまで来たからにはやれるだけのことをやるしかない。
カミシアに一泡も二泡も吹かせてやる。
「……人を殺すと気持ちいいから殺すんだ……。
でも、時間が経つと死んだ人の声が聞こえてきて悲死くなるんだ……。
だから殺しをやめられないんだ……でも君は人を殺したって気持ちよくないだろ……?」
「……気持ちよくないよ。
でも殺す……悪いけど、そうしなきゃいけないんだよ。」
「どうして……僕が何をしたってんだよぉ……!」
「さぁね、この街には『罪』なんて概念はない。
だからアナタは何も悪くないのかも知れない。
けど、これも生きていくためなの……。」
この街でカネを稼ぎたければ『悪』にも手を染めなければならない。
恥だの面子だのを気にしていては、競争に負けて野垂れ死ぬだけだ。
この場にあるのは『生き残り』という一枚のカード。
競うは二人。
「……こ、殺す……殺してやる……!」
カーシルは勢いよく久遠の脳天に向けて鎌を振り下ろした。
絶体絶命───