侵略者
「……やれやれ、コイツは酷いな。
あの小綺麗なバーがまるでホンジュラスだぜ。
どこのリフォーム業者に頼んだんだよ?」
流石のダニエルも苦笑する。
どこもかしこも穴だらけ。
「アメ公だよ、侵略大好きなのはいつになっても変わらねぇ。
ッたく、インディアンどもの仇を取ってやった気分だぜ。」
ダニエルもアメリカ人だが、自国の歴史には何の誇りも抱いていないのでナタリーに同意する。
「ヘッ、このクソどもの墓には何て書いてやるんだ?」
「ンなモン決まってるだろう?
墓荒らしはご自由に、だ。
犬の糞でも一緒に埋葬しておいてやるか。」
「最高だな。」
「ダニエル、ナタリー、二人ともちょっとは手伝ってくれないかな?」
駄弁ってばかりの二人に久遠が愚痴を溢す。
意外と真面目に掃除していたルシアも不服な様子だ。
「久遠、無駄だよ。
アイツは踊って飲んでクソをひり出すだけのバカ女。
そんなモンに何かをお願いしたってなぁ、役に立ちゃあしねぇのさ。」
「ヘイヘイヘイヘイ、聞こえてるぜ妖怪ケツ穴。
コンクリートのオシャレな靴履いてドーバー海峡に沈みてぇのか、このタコスケが。」
「やってみな、リヴァイアサンを引き連れてこの糞店もアンタもおしまいにしてやるさ。
私を沈めたけりゃ四肢欠損は覚悟しなよイカ臭ェ淫売婦。」
またもや一触即発。
この二人は同じ世界に住んでいてはいけないようだ。
ルシアがナタリーを殺せば依頼の金は入らない。
しかしナタリーがルシアを殺しても依頼自体はなくならない。
ダニエルはきっとそのまま依頼をこなすだろう。
随分と分の悪い賭けだが、ルシアはそんなことを考える余裕もないのだろうか。
今度は久遠に代わってダニエルが止める。
「やめろ二人とも。
手足の生えた愉快なスポンジになりてぇのか。
……俺はゴメンだぜ、愉快なヒトデにつきまとわれるのもゴメンだ。」
「スポンジになるのはこの糞アマだけだよダニエル。
子宮と臓物引きずり出して加工してやるぜ。」
「やめろと言ってるだろ、ルシア。」
「……チッ。」
流石の暴君達も、ダニエルに逆らうのは不味いと思ったらしい。
大人しく掃除を始めた。
「ところでよォ、ヨアキムの野郎はどうした?
そこの新入りと交代でフェードアウトしちまったか?」
「留守番だ。」
「へぇ……もしかしてアイツ、ビビってるんじゃねぇの。」
「ああ、そうだよ。」
ダニエルは見通していた。
全く知らない様子だったが、アレは演技だったということか。
「ダ……ダニエル、知ってたのかい!?
アイツが極度の怖がりだってことをさ……!」
ルシアでさえ事情を察して隠してやっていたというのに。
その隠匿が全くの無駄だったともなれば、至極全うな反応である。
「包み隠さず上から下までヘタレじゃねぇか、あんなモン。
逆にオメーは今まで気付かなかったのか?」
「いや……気付いてたけど敢えて言わなかっただけさ。
でも、これで秘密は秘密じゃなくなったなぁ。」
「……アイツは気の毒だ。
戻ったらポンコツ2号に恋人機能でもつけてやろう。」
「ナイスねダニエル。
ナイスでバッドでクレイジー。」
「誉め言葉だな。」
「……待て、車の音だよ。」
「ああ……またか?
今度は大勢連れて来やが……。」
窓から見える数台の車。
先程のギャングの仲間が来たのかと思ったナタリー。
だが、それは勘違いだということに気付く。
「……ああ、ありゃカミシアの姉貴か。」
「何、姐さんだって……?
部下まで引き連れて一体何を?」
流石のダニエルも焦りを見せる。
以前とは少し違う、暗い顔で車から降りるカミシア。
何度見ても慣れないSSの軍服。
どういうワケか、帯刀までしている。
部下達もかなり緊張しているように見える。
「オイオイ、姐さん。
ここで第三次世界大戦でも始めるつもりか?
俺はお断りだぜ、やっと最低な祖国から脱け出せたんだ。
あんな国のために命捧げるなんて笑い話にもならねぇ。」
「勘違いしないでほしいわねぇ……無駄な血を流すつもりはないわ。
私はナタリーに用があってここに来たの。」
「───『どっち』に用があるんだ?」
急にナタリーの声色が変わる。
「フィンランド軍人としてのナタリーに。」
「……話を聞こう。」
フィンランド軍人?
フィンランド軍と言えば冬戦争で活躍した『死神』の話が有名だ。
その辺のことは久遠でも知っている。
「NSの誇りに傷をつけた不届き者がいるの。
あなたなら何か、犯人にまつわる情報を掴んでるんじゃないかと思ってね。
『あの人』との約束をキャンセルして態々ここまで来たというワケ。」
「その話なら既にコイツらに依頼済みさ。
殺人狂カーシル。
クソ、銃を乱射したくなるぜ……せっかく掃除したってのによォ。」
「彼等に頼んだの?
だとしたらその内容には『始末』まで含まれるってことよねぇ。」
「ああ、それじゃあ不満か?」
カミシアはあくまで情報を掴みに来ただけだ。
その先まで依頼するつもりなど毛頭ない。
彼女等の掲げる鉤十字の旗のもと、カーシルの首を落とす。
あくまで鉄槌を下すのは彼女自身。
そのためにここまでやって来たのだ。
彼女の意志を崩すことはダニエルでも至難の業だろう。
「……ねえ、ダニエル。
そろそろアジトを新調する時期じゃない?」
「おっと、それは交渉ってヤツか?
だが……いくらアンタでも譲れねぇぜ。」
「別にアテェはどっちが殺ってくれたんでも良いさ。
とにかく殺人野郎をブッ飛ばしてくれりゃあな。
それだけで明日も旨い酒を呑めるってモンだ。」
「……ナタリーはこう言ってるわねぇ。
でも、アナタの言うことも否定は出来ない。
ここはひとつ、勝負といきましょうか。」
「……勝負?」
「ええ、先にカーシルの首を取った方が勝ち。
ルールはたったそれだけ……単純明快で良いでしょ?
そちらにはギャンブルのプロフェッショナルもいるみたいだし、ねぇ?」
カミシアは久遠の方を見て何とも言えない笑みを浮かべた。
ただの笑みのはずなのに、久遠は背筋が凍るような感覚を味わった。
この前のことを気にしているのか?
ヨア「そう言えばダニエルは何で久遠ちゃんをスカウトしたんだい?」
ダニ「適当に拾ってきただけだ、人手足りなかったしな。」
久遠「……私が美少女だったからですよね?」
ダニ「俺に銃口を向けるなバカ野郎。」