アテェは神の愛娘
「ボス、信じがたいかも知れませんが、報告です。」
カミシアの部屋に入ってきたのはミハイル。
いつになく、冷静さを欠いている。
「……どうしました?」
「……エイデル・フラストが……何者かに殺害されました……!」
その報告はカミシアを動揺させた。
同時に、ミハイルの心境をも理解させた。
なるほど、冷静でなくなるワケだ。
「エイデルが……?」
「はい……首を切断されており……恐らくは即死だったものと……。」
エイデルはカミシアがナチス親衛隊だった頃からの知り合いだ。
黒い制服がよく似合う好青年で、屈託のないその笑顔はカミシアの心を穏やかにした。
カミシアが親衛隊の中で生き抜いてこられたのは彼のおかげと言っても過言ではない。
カミシアは強く逞しく、まさに軍人としての要素を満たした女性であった。
そしてそのことは多くの人間に理解されていた。
故に彼女は完璧な女、戦場の女神と見なされていた。
だが彼は、そんなカミシアを一人の人間として見ていた。
たとえ戦場で冷酷無比に敵を喰い殺す獣のような女でも、その心には必ず弱さがある。
だから完璧な人間として扱うことは重圧となり、その人間を苦しめることになる。
エイデルはそういったことを理解していた。
カミシアの強さだけでなく弱さも理解していた。
理解して、友のように接してくれた。
ナチスの壊滅後はロートクロイツの構成員としてカミシアをサポートする立場に回り、表舞台に出ることを避けていた。
銃の腕は一人前。
将校としても一人前。
穏やかながら、強い覚悟を持っていた男だ。
そんなエイデルが死んだ。
カミシアが衝撃を受けるのは当然のこと。
半身を喪失するような感覚。
今彼女に走った衝撃はまさにソレである。
「我々は誰一人として欠けることなく『戦士』です。
誰もが皆覚悟を持った『勇者』です。
エイデルの痛みは我が痛み、そしてミハイル……あなたの痛みでもある。」
「そうです、我々は皆、意思と肉体を共有したひとつの生物です。
この地上を支配する、たったひとつの巨大な生物です。
その結束は決して『仲間』などという軽いものではない。」
「ならばミハイル、『私』がやるべきことはひとつだ。」
「その通りです。」
「『私』は『私』に喧嘩を売る者全てに恐怖を与える。
必ず見つけ出し、地獄の業火で焼き尽くしてやりましょう。」
・・・
「ケヘヘヘ、ここで三件目か。
しかし……この店はやけに綺麗だなァ、オイ。」
「きっと新しく出来たバーなんじゃないスかね。
もしそうなら手つかずの金を全てぶん盗れますぜ。
そしたら俺ら、ボスに認めてもらえるかもですよ。」
「ケヘヘヘヘヘ、幹部コースまっしぐらってか?
良いじゃねぇかよォ、ソイツは素敵だぜ!
故郷でギャンブルぶっこいてるアホどもに同情してやらねぇとな!」
高級車に乗ってダンスバーにやって来た二人の男達。
金髪と赤髪の派手な男達。
ギャング組織の下っ端である。
ギャングとは言ってもこの街にやって来たのは数週間前。
それ以前はアメリカで幅を利かせていた。
態々この無法地帯に来た理由は『大金を盗んで功績を上げるため』。
「さあさあ、ご挨拶してやろうぜ!」
「ご挨拶してやりましょう、ヒッヒッヒ!」
金髪の男がドアを乱暴に蹴り上げ、
赤髪の男が奇声を上げながらライフルを撃ちまくる。
「ハァァァァ───イ、金はどこだァボケどもォ!」
「死にたくなけりゃ金庫に案内しろォ、殺すぞォォ!!」
などと、そんな脅し文句は通用しなかった。
「何だ何だ、強盗かコラァ───ッ!」
「金はねぇが鉛ならいくらでもくれてやらぁ!
そのくせぇケツ穴にたっぷりとよォ!!」
「心配しなくても地獄に案内してやるぜェェェ!」
「このバーに殴り込みとは大した度胸だ、敬意を込めて惨殺してやるッ!」
待ち受けていたのは踊り子や店員達。
強盗が銃を乱射するや否や、重火器を取り出して応戦してきた。
二人が想像していた楽園のような場所はそこにはなかった。
どちらが悪党なのか、まるで分からない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、殺される!
コイツらマジかよ、頭おかしいんじゃねぇか!?
店が荒れてるぞ畜生ォ───ッ!」
「あ、兄貴ィ、どうやら場所選びに失敗したみたいです!」
「言わなくても分かる、ここは最低だ!
さっさと逃げるぞ!」
「逃がすかッ!」
踊り子の一人、ナタリーがシャッターのスイッチを蹴る。
「人の店でバカスカ撃ちやがって、脂まみれのハラワタぶち撒けて詫びろクソッタレャァァァ!」
「う、撃ってるのはむしろお前らだろーが!!」
「るせー、この店ではアテェが『法』なんだぜ!
法に背くアホは即刻死刑!
情状酌量の余地無しだ、このゲロカスがッ!」
滅茶苦茶すぎる。
二人はようやく理解した。
このバーが(たった今まで)荒れていなかったのは、そういうことなのだと。
そして後悔した。
もう強盗なんかやめて、田舎に帰って平和な生活を送りたいと。
「……死んじゃったわね、二人とも。」
「イイ男なのにもったいないなぁ。」
「ハァ、こんな男のどこがいいワケ?」
若い踊り子達が二つの死体の前でキャーキャー騒ぐ中、ナタリーはダニエルに電話を繋ぐ。
「……ああ、アテェだ、ナタリーだよ。
久しぶりだなダニエル、夜の相手は見つかったか?」
『何の冗談だ、良い子は早寝早起きが鉄則だぜ。
で、どうした……何かあったのか?』
「今強盗野郎を二匹始末したんでさ。
部屋が血腥くて敵わねぇ。
あと、衛生的にも大問題だ。
ちぃと店の掃除手伝ってくンねぇかな。」
『お前ンとこの踊り子に頼めば済むだろ、そうすりゃ金もかからねぇし。』
「わーってるよ、此方だってそうしてぇさ。
強盗から守った金が結局依頼でトンじまうのは惜しいしな。
でもうちにはロクに掃除の仕方も知らねぇ木偶の坊しかいねェんだ。
踊り子なんてのはシェイカーが布地の少ねぇ服着て歩いてるようなモンだ。」
『俺の知ってる踊り子とはえらい違いだな。
そんなヤツらはさっさと解雇しちまえ。
……まあ仕方ねぇ、今からそっちに向かう。』
「ありがとよ。」
電話を切ると、そこに踊り子達の姿はなかった。
さっさと帰ってしまったのだ。
「……昼は興味もねぇ男の前で腰振って、夜は惚れた男の上で腰振って、羨ましい御身分なこった。
此方は『踊り』だけやってるワケにはいかねぇんだっつーの。」
道に転がる薬莢を踏みながら死体に近寄る。
このバーに乗り込んでくるということは、恐らく余所者か新参者だ。
そして恐らく新興ギャングの類いだ。
手当たり次第にケンカを売って、自分達を強く見せたがっているのだろう。
もしそうなら、やがてこの街の勢力図は大きく変わることになるかも知れない。
「……哀れだ、コイツら。」
ナタリーは大きな溜め息をついてタバコに火を点けた。
「この煙に乗って、さっさと空に昇っちまえ。
合言葉はFuck youだぜ。」
ナタリー達のような悪党にとっては天国こそが地獄である。
彼等は常に、血にまみれた世界で笑っているのだから。
すぐ喧嘩しようとするルシアとナタリー。
負けても目の前が真っ暗になったりはしない。
賞金も発生しない。
ただお互いに喧嘩したいだけ。