表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/23

殺人狂を追え

───数日後




「今日は特別に私が奢ってやっから、気にせず食いまくれよ久遠。」


「……ああ、うん……ありがとう。」


ルシアと久遠はダンスバーに来ていた。


熾烈な『奢りたくない』合戦の果てにルシアが奢ることになったのだが……。


「……ルシア、顔が怖いよ。」


「気のせいじゃないかい?

いいからさっさと食いなよォォ。」


どうやらルシアは不満そうだ。


「ケッ、勝負に負けたのが気に入らねぇ。

帰ったら第二回戦だよ。」


「やっぱりそうくると思った……。」


負けず嫌いな性格の彼女は、『負けたまま』では済まさない。


かと言って、わざと負けることも許さない。


一体何回戦まで続くのだろう。


不安で不安で食事が喉を通らない。


そしてもうひとつ。


「……この街のバーはみんなボロボロだと思ってたけど……ここは綺麗だね。

弾痕がひとつもないし、客も大人しい。

ああ、何年ぶりだろう……こんなまともな場所で食事出来るのって。」


「ここには多少乱暴なクソッタレの踊り子がいるモンでね。

そいつを恐れて誰も暴力沙汰を起こさないんだよ。」


「へぇ……それはそれで安心できない気もするけど。」


「安心しな、何も見境なく喰い散らかす肉食獣じゃないからさ。

『熊に出会ったら死んだフリ』ってヤツだよ。」


「だァれが熊だって、あァ?

丁度パスタが切れてたところなンだ。

オメーのハラワタぶっこ抜いてやろうか?」


「……!」


いきなりルシアの背後に現れた露出の多い女。


状況から察するに……この女が『踊り子』ということになる。


ロクでなしはロクでなしとしか関われないのだろうか。


「ンだよ、踊り子の仕事はプライベートの妨害かクソッタレ。

それともそっちがアンタの『本職』だってぇの?」


「やめてくれないかな二人とも。

せっかくのご飯が不味くなっちゃうでしょ。」


「……へぇ、何だか知らねぇが愉快なオンナだなオメー。

ちぃとだけツラ貸してくれっと嬉しいンだが、良いかね?

ああ、それとアテェのことはナタリーと呼びな。」


何が愉快なんだかさっぱり分からないし、とにかく怖い。


「嫌だよ、私だって料理の具材にされるのはゴメンだもの。」


「バァーッカ、うちはゲテモノ専門店じゃねぇんだよ。

お前みてーなヤツの肉なんて調理出来やしねぇ。

天才料理人オーガストだって匙を投げるだろうぜ。」


「……仕方ない、すぐに済ませてね。

ゴメン、ルシア……ちょっと行ってくる。」


「ケッ、分かったよ。」




・・・




「話は知ってるぜ、嬢ちゃん。

『クローバー』と戦ったんだってなァ?

そンな腑抜けたツラしてやがるくせに大したモンだ。」


一体どこで知った?


そう思った久遠だが、この街の情報網はあまりに複雑だ。


考えるだけで頭が破裂してしまいそうになる。


「私が腑抜け?

貶すように誉めるのはやめてよ……。」


「オメーらに特別に頼みてぇことがある。

まあザックリ言うとコロシの依頼なンだが。」


「……聞くだけなら。」


「オメー、『殺人狂カーシル』の噂は知ってるか?」


「……ああ、夜闇に紛れて人をくびり殺す悪魔でしょ。

知ってるも何も、あんなの日本人にとっての桃太郎みたいなモノじゃないの?」


「モモタ……?

何か知らねぇけどまあ前半は正解だ。」


「アレってお伽噺とかそういうレベルのものじゃん。

まさかあんな突飛なものを信じてるの?」


カーシルと言えばそうだ。


性別も年齢も不明。


犠牲者は皆、綺麗に首を切断されている。


その恐ろしい殺害方法からついた渾名は『狂った死神カーシル』。


かなり前から噂ばかりを耳にする。


が、生きている目撃者は一人も存在しない。


だから久遠は『お伽噺』としか思えないのだ。


「お伽噺かどうかはオメーらで確かめろ。

どのみちカネは払ってやるからさ。」


ナタリーは気安くそんなことを言う。


「……これは私の勘だけど、もしかしてその『依頼』って……?」


「カーシルの首だ、高値で買ってやるから斬り落として持ってこい。

アテェは踊り子なンでな、薄汚ぇ豚野郎の返り血浴びるのはゴメンだ。」


「そそそ、そんな、無茶だよ!

もし実在するなら勝てっこないって!」


「無茶もクソもねぇ。

野放しにしてブチ殺されるか。

真正面から突っ込んでブチ殺されるか。

ふたつにひとつ、だぜ。

オメーのオツムが選択肢を増やせるほど優秀なら話は別だがな。」


「最悪の二択じゃん、ああ……これ、ルシア達は絶対断らないよ。

おカネのためなら国家ひとつ潰すことも厭わないくらいにはイカれてるから……。」


「誰がイカれてるの?」


「わァいッ!?」


なぜだ。


いつの間にかルシアがそこにいた。


「久遠、お前ちったぁ背後に気ィ配りな。

人を殺すなら背後から、だよ。」


「コイツは驚いた……オメーも侮辱されると怒るんだな、ルシア。

だがアテェの依頼相手はこの小娘だ。

オメーに頭を下げるのは銅貨でケツ穴ほじられるより屈辱だからな。

すっ込んで豚野郎の靴でも舐めてろや、売女。」


「……性根が歪みまくってンねぇ、ナタリー。

羊水に帰って人生やり直してきたらどうだい?」


一触即発。


二人同時に拳銃を構える。


『誰も暴力沙汰を起こさない』


とはルシアのセリフ。


今ここで何が起きようとしているのか。


ルシアには是非、客観的な視点というものを身につけてもらいたい。


一歩間違えれば『暴力』どころの騒ぎではないのだから。


「ルシア、落ち着いてよ!

ここで死体が増えても誰も喜ばないって!」


「ソイツぁどうかなぁ?

死体でもやれるってヤツはこの街にはごまんといるぜ。

黙ってりゃ悪くないツラしてンだから尚更よ。

ケケケ、こいつァ明日のランチが豪華になりそうだ。」


「あなたも黙ってて、ナタリー!

さあ帰るよルシア!

ダニエルの鉄拳制裁が飛ぶ前に!

というか率直に言って流れ弾で死にたくないの!

私こう見えてまだ青春も謳歌してない純粋無垢な女子高生なんだからね!」


「放せボケ、コイツだけはブチ殺す!」


純粋無垢の下りを全てスルーされた。


いやぁ、やるせない。


「放せと言われて放すヤツがいないのはあなたなら御存知でしょ、ルシア!」




ジタバタと暴れるルシアを何とか押さえて、久遠は裏口からバーを脱出した。




「は、はぁ……何ッでこんなに寿命縮みそうなことばかり起きるのぉ……!?

ねぇルシア、こういう……その……危なっかしいことはやめて!」


「チッ……反省してますゴメンナサーイ。

これでご満足?」


「反省とは無縁の世界に住んでるの……?」


「……で、依頼の内容は何だった?

あのスットボケのことだからロクでもない依頼はのは確定だけどさ。」


「『殺人狂カーシル』を殺せって。

信じられる?

あんなの作り話としか思えないよ。」


「現実がお伽噺よりバカげてるなんてことはよくあることだよ。

神が大海を割っても、私は驚きやしないだろうね。

何だ、アイツにしては面白そうな依頼じゃないか。」


「……じゃあ依頼を受けるの?」


「とーぜん、ってヤツよ。」


「まあ、そう言うとは思ったけど……はぁ……。」


「よし、そうと決まりゃダニエルに報告だね。」




・・・




「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


「コムト ディー クンデ ダス イッヒ ビン ゲファーレン♪」


───逃げられない。


「ダス イッヒ シュラーフェ イン デァ メァーエスフルート♪」


───逃げられない。


「ヴァイネ ニヒト ウム ミッヒ マインシャッツ ウント デンケ♪」


───逃げられない。


「フュァ ダス ファーターラント ダー フロース ザイン ブルート♪」


───逃げられない。


「ギープ ミァ ダイネ ハント ダイネ ヴァイセ ハント♪」


───逃げられない。


「レープ ヴォール マイン シャッツ♪」


───逃げられない。


「レープ ヴォール マイン シャッツ♪」


───逃げられない。


「レープ ヴォール レーベ ヴォール♪」


───逃げられない。


「デン ヴィア ファーレン♪」


───逃げられない。


「デン ヴィア ファーレン♪」


───逃げられない。


「デン ヴィア ファーレン♪」


───逃げられない。


「ゲーゲン エンゲラント♪」


───逃げられない。


「エンゲラント♪」


───逃げられない。


天使のような歌声の悪魔。


執拗に追ってくる恐ろしい悪魔。


「……ああ、悲死ぃ。

すごく、すごく悲死ぃんですけど。

ふぅ……お兄さんも悲死ぃですか?」


鉤十字のペンダントを握って逃げ惑う男。


追ってくるのは黒ずくめの怪物。


聞き覚えのある歌を歌いながら迫ってくる。


ドイツがまだ元気だった頃のあの歌。


気がつけば路地裏。


今ここにいる元ドイツ兵は、もはや死を待つだけ。


何も考えずに逃げ回ったせいで、もうどうやら助かる見込みはなくなってしまったようだ。


体力も弾も、彼の味方は悉く消えた。


ああ、何という不幸!


あの血みどろの戦争を生き延びた者の末路がこうも惨めなものだとは!


「このバケモノ、死神、悪魔!

さっさと俺から放れろ、クソッタレが!」


「悲死くないの?」


「悲しいに決まってるだろ、Verdammt!」


「そンじゃあ、もっと悲死くさせてあげるわァ。」


「───ッギャァァァアアア!!」




・・・




「殺人狂を殺すなんて、こりゃ面白ェ依頼だな。」


「ダニエル、本当にやるのかい?」


「ヨアキム、本当にやるんだぜ。」


「……納得いかないなぁ……。」


「ヘッ、久遠のヘタレが移ったか。」


「そーじゃないよ!

毎日毎日ギャングやならず者やロクでもないシンジケートを相手にドンパチやって来たんだ!

獣臭いバケモノを撃ち殺したこともあるし、青肌族のアジトに爆弾を仕掛けて大量虐殺したこともある……!

だけどこれは違うだろう、どう考えてもそれらの万倍イカれてる!

だってホラ……久遠ちゃんもルシアも信じないだろ!?

クリーピーパスタのバケモノが実在するなんて言われてもさ!

あんなのは創作だ……創作をマジに受け取るなんて無駄だよ!」


「屠殺されても文句の言えねえ豚顔したバケモノどもが二足歩行で歩いてる街さ、ここは。

人殺しマニアのバケモノが立派なイチモツぶら下げて走ってきても驚きやしないよ。

でも、どうしても駄目だってんならお留守だねヨアキム。」


ルシアが意地悪そうに言う。


彼女はヨアキムが怖がりであることを知っているからだ。


これについては、久遠はもちろんダニエルも知らないはず。


ギャングやマフィアに対しては物怖じしないが、オカルト系統の話になるととにかく弱い。


「……留守番だって!?

そりゃ……もしかして一人でかい!?」


「いやいや待ちなよ。

『オンボロ2号』がいるだろ。」


「……名前からしてポンコツな無能ロボットと過ごせって!?

君らの慈悲の心はイエス様にでも取られたのか!

あの人慈悲全振りだからねえ!」


「……ねえ、ヨアキム。

私の勘違いだったらゴメンだけど……怖いの?」


「怖くない!

というか君は本物の怖がり屋だろ、久遠ちゃん!

とにかく僕はそんなの信じてないんだ!」


「じゃあお前はお留守決定だな。」


ダニエルがタバコに火を点けながら言う。


悪気なんてない。


多分、ないはずだ。

カーシルはどこかの世界で主人公を張っていた殺人鬼の生まれ変わりかも知れないしそうじゃないかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ