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一本道の真ん中で

「ダニエルさん、ヨアキムさん、ルシアさん、久遠さん、エルフお姉さん、ロートクロイツの皆さん。

本当に……ありがとう。

復讐の相手は結局見つからなかったけど……。

でも、僕なんかのためにここまでしてくれてありがとう。」


パウルは笑っている。


作り笑いだ。


納得はいっていないが、どうしようもないことはどうしようもない。


だから自分を騙している。


そういうのが透けて見える『笑顔』だ。


「健康に悪いよ、自分に嘘をつくのは。

その表情が今の君にとっての正解だとは思えないもの。」


久遠が指摘する。


悲しい時まで笑う必要はない。


彼女はよく知っている。


建前で人を感動させ、媚びるばかりの生活。


そこで積み重ねられる激しい自己嫌悪。


好かれるために綺麗事を言い、『良い人』の仮面を被る。


『クラスのリーダーとしてあるべき姿』


そんな幻想に酔わされ、狂い果てた過去の記憶。


少し前まで、日本で高校生活を送っていた少女の……とても苦い記憶。


「……僕はもう……全て失った。」


「失った、だッて?

復讐相手は失っていないダロ。」


「……でも……これだけ探しても見つからないんだ。

お姉さん……この世界に僕の憎むべき相手はいないんだ。」




「いいえ、アナタが討つべき相手はそこにいる。」


「へ?」


一同が振り返るとそこにはカミシアが立っていた。


「……そりゃどういうことだ、姐さん。」


「私が派遣したそのエルフ。

ソイツがあなたの両親を殺したのよ、坊や。」


「何だって?」


「復讐相手は目の前にいるってことよ。

ほら、坊や……殺りなさい。

そのためにここまで来たんでしょう?」


突きつけられる、にわかには信じがたい真実。


否。


「……お姉さん、本当なの?」


パウルにとっては『嘘』でなくてはならないもの。


が、エルフの答えは───


「本当だ、だから殺したければ殺セ。」


どうにも残酷なものだった。


エルフが笑う。


それは本心からの笑いだ。


彼に対する期待と自分の人生への清算。


やっと、その機会を与えられた。


心の底から清々している。


「い……今まで僕を騙してたの……?

全て知ってたの……僕のことも……何もかも……?」


「そうだよ、ダカラ殺せ。」


「……嫌だよそんなの……嫌だよ……!」


「ナゼだ、あれほど復讐したがってたじゃないか。」


「だってお姉さん……僕のために怪我までして……それでも戦ってくれたじゃないか!

今更そんなこと言われたって、僕には出来ないよ!

殺すなんて……復讐なんて無理だよ!」


子供の理屈だ。


過去の因縁にケリをつけたいと言っておきながら、詰めが甘い。


復讐者としての器量に欠けている。


「ふざけるな、お前の覚悟はその程度だったノか?

全てを擲って、もう戻れない所まで来テ……!」


「……お姉さん……もう良いからどこかへ行ってよ!

もう会いたくない……もう関わっちゃいけないんだ!」


「あーらら、ケジメをつけられないなら料金は相当お高くなるわねぇ。」


カミシアが言う。


要するに『エルフを殺さないならお前が死ね』ということだ。


それが彼の責任。


あれほど復讐すると意気込んでおいて何も出来ないなら、落とし前をつけるのが道理だ。


大人も子供も等しく。


運命は慈悲の心など持ち合わせていない。


見るに見かねて久遠が動こうとするものの、ダニエルに引き止められる。


「やめとけ久遠、どうにも出来ねぇぞ。」


仮にパウルが死んだとしても、それは復讐を遂行出来なかった彼自身の責任だ。


久遠がその責任を負うことは出来ない。


この場において久遠の命は、たった一銭の価値すらないのだから。


ここで何をやっても無駄死にである。


「……もうお前に言うことハない。」


エルフは刀を抜き、パウルの首に当てる。


「……何をするんだ……それで僕を斬るのか?

ああ……そうか、殺すなら殺せよ。

お姉さんこそ僕を殺すことを躊躇ってるんじゃないの?」


「そう見えるなら、嬉しい限りダ。」


エルフはそのまま、首を斬った。


「がふっ……!」


哀れ。


信頼が消滅する。


偽りの絆が崩壊する。


舞台から降りた愚かな役者に死が訪れる。


ビクビクと痙攣しながら、首の切れ目から大量の血を吐き出す。


間抜けな音を立てながら。


エルフはただ無表情に、その光景を見届けるだけ。




・・・




「……やれやれ、一連の黒幕が姐さんだったとはな。

おかげでさすがの俺も何度か死にかけたんだぜ。」


ダニエルがタバコを吸いながら言う。


ギャング組織のトップであるカミシアを前にして、全く物怖じしていない。


ヨアキムとルシアはこの二人の関係性を疑っているが、実際のところは不明だ。


「フフフ、ダニエルは素直で良いわね。

けれどそこの新入りさん、アナタは納得いってないんじゃないの?」


カミシアは、死んだような顔の久遠に声をかける。


「……子供が一人死んだのに、納得なんて出来ないよ。」


久遠の台詞には怒りが込められている。


が、そんなものは嘲笑の対象にしかなり得ない。


彼は命のやり取りにしくじったのだから。


あの場で賢い選択をしていれば、彼は死なずに済んだ。


全てはその、たったひとつの選択ミスのせいだ。


「中途半端な覚悟で復讐に走ったパウルの自業自得でしょう。

弾丸に向かって突っ走る愚か者を救う方法があるなら教えてもらえる?」


「……身代わりになれば良い。」


実際、久遠は身代わりになろうとしていた。


「私はダニエルやカミシアさんみたいに強くない。

だけど守るべきモノは胸の中にずっと持ち続けてる。

……そして……人としてあるべき姿を失うくらいなら、これからも弱いままでいたい。」


「無力な弱者が他人を救済しようだなんて笑わせるわねえ。

この世は力と金があれば良いの、それさえあれば悪も善も平等に生きていける。

私達のような『巨悪』が滅びていないのはそういうことよ。

最後に勝つのは『勝つためならば手段を選ばない者』だけ。」


「……ッ!」


「勘違いしてるようだから教えておいてあげましょうか。

神の涙すら落ちてこないこの世の中じゃ、こんなことは日常茶飯事なの。

あの子供一人を助けても、別の場所で別の子供が殺されるだけ。

目に見える人間だけを己の都合で救おうなんて、あなたのエゴが多分に含まれていると思わない?」


「たとえ他の誰かを救えないとしても……それはあの子を救わなくて良い理由にはならないでしょ……!

エゴでも良い……私はただ『少しでも正しい道』を歩みたいだけなの!」


食い下がる久遠。


だがその必死の反論はカミシアの機嫌を大きく損ねてしまった。


「私がどういう女か理解してないの?

この軍服は、それを理解してもらうには充分なものだと思うのだけれど。

……死にたくなければせいぜい祈ってみなさい。」


ドイツ製の拳銃の長い銃身を額に突きつけるカミシア。


久遠はそんな状況でも全く抵抗しない。


が、内心では凄まじい恐怖を感じている。


この女は本気で何をしでかすか分からないし、ダニエル達だって助けてくれるかどうか分からない。


ここでたった一人死んでも誰も悲しまない。


ヨアキムだけは悲しむかも知れないが。




実感する。




詰まるところ、これが限界なのだと。


自分の身は自分で守るしかない。




この状況で身を守ることは、久遠にとっては不可能に近い。


それでも表向きは強がっておく。


一か八か、だ。


「……。」


「奥底にある『恐怖心』は誤魔化せないものよ。

まぁ……そうね、その滑稽さに免じて今回は特別に見逃してあげるわ。

これらからもせいぜい弱者らしく媚びていきなさいな。

私はこれから人と会う約束をしてるから、これで。」


「それで良いの?

……なら、この博打に勝ったのは私だよ。

そうでしょ、カミシアさん。

あなたはこの賭けの場で最悪の選択をした。

そしてこの私に負けた……私を殺さなかったっていうのはそういうことよ……。」


「……言わせておけばギャンブラー気取り、か。」


「そう、私はギャンブラー。

もうあなたなんか怖くない、私は一人前なんだ!」


「……もう良い。

もう帰ろう、久遠。」


ダニエルが意外にも優しげな声で久遠を宥める。


てっきり呆れているものかと思ったが。


久遠の本心を理解しているからか。


それともダニエルの心の問題か。


どちらでも良い。




「……うん。

私達には帰る場所があるんだものね……。」

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