クスリの主を追え その⑥
「……何だよこれ……。」
ダニエル組とヨアキム組は同時にやって来た。
そしてその時には既に、アジトは焼かれていた。
燃え盛る炎の前には、流石のならず者も為す術がない。
どちらかが『やった』ワケでないということだけは確かだ。
「誰かが火を放ったのか……証拠隠滅のためか?
いずれにせよ、客のリストも密売の記録も……全てこの中にある。」
ダニエルはしてやられた、とばかりに溜め息を吐く。
「……ああ……そんな……そんなこと……ッ!」
クローバーの背後には『ある組織』が存在している。
それは確かな事実だ。
しかし首領もそのことについてだけは頑なに吐かず
証拠となるモノも残っていない。
きっとアジトにはあるのかも知れないが、炭になってしまっているだろう。
あのマスターを尋問すれば、今度はマスターの身に危険が及びかねない。
「パウルくん、もうやめよう……?」
「……久遠さん……?」
久遠がパウルの頭を優しく撫でる。
幼いながら両親を殺された恨みに支配されてしまった哀れな子供への同情。
偽善だということは承知の上。
どのみち善などというものは全て、突き詰めてゆけば偽善だ。
それで構わない。
「君は生きてる……でもお父さんとお母さんは死んでしまった。
これ以上やればきっと君も殺される……。
これはきっと犯人からの警告なんだよ。
ねぇ、あなたの親は子供が殺されて喜ぶ人だった?」
「……そんなこと言われたって……じゃあ僕はこの先どうすれば良いんですか……?」
ダニエルは知らない、という風に首を傾げた。
他人の生き死になどどうでも良い。
必要なのは、自分達の生活だ。
「さぁな、どんな結末を選ぶのもお前さんの自由だ。
この街には法律もねぇ、神の慈悲もねぇ、手前の運命の決定権は手前にある。」
「分からないですよ、そんな。
僕はまだ子供なんだ……親を失って……これからどうして生きていけば良いんですか。」
「都合よく『ガキ』に戻るんじゃねぇよ。
俺達のアジトを探し当て、一人で乗り込んできたのはどこの誰だ?
お前さんは復讐という目標を見失って俺達に甘えようとしてるだけだろう。
だがな、そんな半端な野郎に居場所なんてありゃしねぇ。」
「……。」
「何か言い返スことはないのか?
こんなに言われてモ黙ってるつもりか?
お前にはお前の思うところがアるんじゃないのか?」
「いや、良いんだ……お姉さん。
僕はこれで良いんだ……復讐なんてものに手を出さなければ……。
それはそれで、明るく暮らしていける道があったかも知れない……。
シチリア島でカポナータでも食べながらゆったりと過ごす休日……。
そんな何気ない幸せな日が僕にもあったのかもしれない。
これは僕の責任なんだよ……何もかも……。」
「……パウル……。」
・・・
二百年前
と表現していいのかどうかは微妙だが、とにかくエルフの感覚としては二百年前。
彼女とその妹がある世界のある村で生まれ落ちた日のこと。
その双子の少女は、綺麗な青髪と美しい肌から村の宝と呼ばれていた。
村長は奇跡の双子として彼女を崇め
村の人々は運勢を分けてもらおうと様々な供物を捧げた。
節制も我慢もなく、あらゆる贅沢が許される立場。
そんな環境で育ちながらも彼女達は決して欲望を持たなかった。
ただひたすらに、妹は姉を慕い、姉は妹を愛しく感じていた。
それだけが二人にとっての幸福だと知っていたからだ。
ある日、エルフは村長に呼ばれて広場に向かった。
祭りや儀式に使われる祭壇がある広場。
(……後から考えてみれば、この時点で怪しいのだが……。)
来てみると、そこには村人達の姿。
皆が悲しげな表情をしている。
「どうしたの……皆、そんな顔して……。」
焦っている様子のエルフ。
だが、そんな心配などお構い無しに、彼女の体を槍が貫いた。
背後からの一撃。
「あ゛あ゛……かはッ!」
温かく柔らかな腹部から冷たく鋭い切っ先が見える。
「……すまんな。」
男の声。
振り向く。
そこにいたのは村を守る兵士。
何故こんなことをされるのか分からずに動くと、槍が腹の中身をかき混ぜて更なる絶叫を生む。
そのあまりの悲惨さに、兵士は涙を流す。
これが務めである以上やめることは出来ない。
だが、無垢な少女を殺すことへの罪悪感はとてつもなく大きい。
エルフは痛みに耐えきれず吐血してしまう。
「あ……あぁ……そんな……、わた、私……!」
血が止まらない。
声を出すのも辛い。
このまま死ぬのか……。
そんなエルフの目に映ったのは
「───ッ!!」
首だけとなった『妹』の姿。
彼女にとって最も衝撃的なもの。
「……何で……ッ!」
どんなことをされたのかは別れない。
ただ、その顔からは凄まじい苦悶と絶叫の痕跡が見てとれる。
散々泣きわめいたのか、長い髪が顔にひっついて乱れている。
目はこれでもかと言わんばかりに見開かれ、死んでも尚絶望を見せられているようだ。
だが、体はどこへ消えた?
「……本当に……すまん……。
これからこの村に厄災がやって来る……。
だが、お前達が生贄になることで厄災は防げる……。
村長の占いで分かったのだ……お前達に罪はない……だが、こうするしかないのだ!」
「占い……生……贄……ッ……。」
幼い自分達を殺して、大人だけ生き残ろうということか。
それも、占いの結果などを真に受けて。
馬鹿馬鹿しい。
そんなことのために、妹は死んだというのか。
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しい。
不条理だ。
理不尽だ。
邪悪で狂っている。
もし彼らが死ぬのであれば、それは厄災などではなく因果応報だ。
邪悪な者に生きる資格などあるものか。
妹を殺された怒りと悲しみが頭の中を支配する。
そしてそれ以外の感情は全てかき消されてゆく。
痛みもない。
体は羽が生えたように軽くなり、拳と脚の力が増す。
そして───
名もなき青髪のエルフは兵士が腰にさげていた刀を奪い、その首を一瞬で両断。
鍛え上げられた兵士の反応速度を大幅に上回る速度と、その頑強な首を容易に斬る腕力。
その状況を理解する間も与えず、村民を斬り捨てる。
妹は返ってこない。
そんなことは分かっている。
それでも、彼女は止まらない。
止まれない。
そうして気が付けば、辺りは血の海と化していた。
・・・
捨て去ったはずの過去の記憶。
パウルという少年のせいで、それを思い出す羽目になるとは。
エルフは自分自身の心の弱さを再認識した。
復讐は断念したが、パウルはこの後報酬を支払うことになる。