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とんでもねェ街

レミナル。


あらゆる《世界》の人々が集結して出来上がった街。

様々な文化が混ざり合う大都市。

これは、そんな世界に住む『悪党』たちの物語。




・・・




《ピザショップ・ヴィンチ》


最近オープンしたばかりのピザ専門店だ。


『厨房の喧騒は店の繁盛具合を表す』


……という理屈でいけば、この店は繁盛している方だ。

だが実際は店員達がバカ騒ぎしているだけで、繁盛はしていない。


「新入り、クラウンピザ一人前完成したぞ。」


「はい、今からお届けですね。」


それでも、このようにたまに注文が入ってくる。

嬉しい限りだ、たとえ客が銃や刀を抱えたゴロツキでも。


『新入り』の名は久遠。


元々日本で生活していた彼女がこんな街にいるのは、とにかく語り尽くせぬほどの不幸が彼女を襲ったからである。

そのあまりの酷さに、何度も自殺を考えたほどだ。

だが、何とかこの街にしがみつけたおかげで、今のところはそういう考えを持っていない。


「よぉ久遠、よく働いてんな。

マジメなお国柄ってやつか?」


暑苦しい厨房の中でただ一人涼しげな顔をした店長が久遠をイジる。

そしてこれに負けじと久遠も言い返す。


「組織は頭から腐ります。

末端は腐らないように必死なんです。」


実際、店長は極度のサボり魔だ。

店長がそんなザマでは、店全体が腐るのは時間の問題だろう。

だから久遠は必死になっているのだ。

彼女だって、せっかく見つけた居場所を失いたくはない。


「ハハハ、こいつは面白ェ。

頑張ってるのは手前だけだッつーのに。

なぁ夜道には気を付けろよ?」


「店長は昼夜問わずに気をつけた方が良さそうですね。」


久遠は嫌味を言ってピザの配達に向かった。

逆ギレ店長死すべし。




・・・




『死』の臭いが漂う街。

久遠はそんな街に住んでいる。

人間と異種が殺し合う。

否、時には同族でさえ。

裏も表も悪党ばかり。

そんな恐ろしい街に住んでいる。

今まで生きてこられたのは奇跡だ。

宅配バイクで目的地に向かいながら、久遠は風を感じていた。

誰かが死んでも風は吹く。

果たしてそれは良いことなのか。

何か大切なものを忘れてしまったのではないか。

そんな気がしてならない。




・・・




「ご注文の方はこちらでよろしいですか?」


爽やかな笑顔で『注文の品』を渡す。


相手は圧倒的な巨体を誇る大男。


「オイオイこのガキ、こりゃどーゆーことだ?

オレはハエのトッピングなんか注文した覚えはねェぞ。

こんな衛生的によろしくねぇモノ乗せて誰が喜ぶんだボケが!

ブチ殺されてぇのか!?

若い女の生肉トッピングならむしろ大喜びだけどなァ!」


大男はクレームをつける。

艶のない紫の肌に、他の生物を威圧するためだけに生まれてきたかのようなおぞましい顔のパーツ。

しかし久遠は怯えることもなく、身に覚えがないクレームに対して素直に疑問を呈す。


「……どういうことでしょう、私は知りませんが……。」


すると───


「だったらこのハエは何なんだよ!?」


どう見てもピザにハエなど乗っていないし、乗っていたとしても久遠は無実だ。

だがそんな理屈は彼には通用しない。

大男は急に声を荒らげて久遠の腹を蹴った。

衝撃で吹き飛ぶ久遠。


「ぅあ゛ッ!!」


建物が、人が、車が……あらゆるものが凄まじい速度で彼の視界を横切る。

そしてそれは、電柱にぶつかるという形で止まった。

小柄な彼女は、ソレがなければそのまま更に遠くまで吹き飛ばされていただろう。

そうならなかっただけマシなのだろうが、いっそミンチにでもなって死んだ方が楽ではなかろうか。

何せ、蹴られた腹がひどく痛い。

内臓をやられたかも知れない。


「クソッ、ナメやがって人間風情が!

やっぱしテメェの肉を削いで食ってやるぜ!」


これがレミナルの日常である。


気に食わなければ暴力にモノを言わせる無法地帯。


久遠は立ち上がり、抵抗の意思を瞳に宿す。


そしてそれが、大男の怒りを更にヒートアップさせる。


「テメェェ、何だその目はァァ!?」


向かってくる。

構わない。

死ぬならそれで良い。

不義の前でのうのうと生きさらすくらいならば、正々堂々と殺されてやる。

久遠はそう覚悟した。

それは、この街で日々行われている全ての非道な行為に対する彼女なりの抵抗であり、一種の殉教精神でもあった。


「うおおおあああああああああああッ!!」


巨体が目の前まで迫る。

そこで突然銃声が鳴り響き、大男の歩みが止まる。

覚悟していたとは言え大男の顔を直視することが出来ずにいた久遠は恐る恐る顔を上げた。

既に大男は久遠の方を向いていない。

その視線の先には銃を構えた物腰の柔らかそうな青年が立ち、大男にその銃口を向けている。

マグリットの『ゴルコンダ』……あるいは『山高帽の男』を彷彿とさせる格好からは、ある種の気品のようなものが感じられた。

通りすぎる人々がその様を見ても騒ぐことはない。

殺しが日常となっているこの街では、こんな光景はとりたてて面白味があることでもないからだ。


「……ほう、ダニエルか。

他殺志願なら先客がいるんでな、そこでロリポップでも舐めながら待ってろ。

ああ、銃は下ろすんだぞ、そしてその粗末なものも下げておけ。」


ダニエルと呼ばれたその男は言われるがままに銃を下ろす。

しかしその目から『殺意』は消えていない。


「こいつは驚いた……オレが仕事で日銭を稼いでる間にアンタはジョークの練習をしてたのか。

……ああ、そんなことはどうでも良い。

殺しの依頼が来たんでな、手っ取り早く死んでもらうぜ。」


見た目と違って全く物腰の柔らかくない青年。

久遠は恐怖とは似て非なる不可解な感情を抱いていた。


「へへへ……悪いことは言わねぇぜ白人野郎。

これまでの非礼を見逃してほしけりゃ金を諦めて立ち去れや。

それとも最後まで意地汚さを貫くのが手前らの美徳か?」


「やれやれ、オツムがイカれちまってるみたいだなケダモノ野郎。

来な、撃つか撃たれるか……二つに一つだぜ。

それ以外の選択肢を選べるほど、アンタの心臓は丈夫じゃねぇだろう?」


「良いとも、オレも前からテメェのことが嫌いだったんだ。

ガキなら後からでも殺せるしな……まずはテメェを───」


大男はポケットに忍ばせていたハンドガンを構えようとする。

だが既にダニエルは拳銃を構えており、さっさと発砲していた。

目にも止まらぬ早業。


「が……ぁ……この卑怯……者……ッ。」


大男は頭を撃ち抜かれ、膝から崩れ落ちる。

流れ出る大量の血液は、かつてニュースで見た貨物船の重油流出によく似ている。

汚れた男の血で汚染されていく道路。

少しずつ、ジワジワと濡れてゆく。

その様に久遠は寒気を感じた。


「ふん、悪党の世界に卑怯もクソもあるか。

プライドで飯が食えるほど世の中甘くねぇんだ。

……さぁて、そこの嬢ちゃん。

ちょいとばかり付いて来てもらうぞ。」


「え、え、え……?」


ダニエルは久遠の手を掴む。

でも別にときめいたりはしない。

久遠にそういう感情はないからだ。


「どこに行くんですか!?」


「なーに、大体想像つくだろ?」


「つきません!

東京湾ですか、東京湾ですか!?」


「何だそりゃ、聞いたことねぇ名前だな。」




・・・




久遠が連れて来られたのは街の外れにある喫茶店。

喫茶店と言えばお洒落に聞こえるが、所詮は犯罪都市レミナル。

とてつもなく血生臭い。


「あのぅ……ダニエルさんでしたっけ……?」


「何だ、コーヒーならオレの奢りだから心配すんな。」


「殺しの依頼という話だったんですけど……もしかして私も殺されたりとか……。」


「殺すならあの場所でさっさと殺してるし、気前よくコーヒーなんて奢りゃしねぇ。

お前、何か殺されるようなことでもやらかしたのか?」


「別に何もやってませんけど……あの男に難癖つけられて殺されかけました……。

レミナルは……何年住んでも慣れません。」


「そう思うかね、だがオレはこの街が好きだぜ。」


「理不尽じゃないですか……悪人ばかりが得をして……。

この街では常にそんなことばかり起きてる。」


久遠がそんな愚痴を溢すと、ダニエルはコーヒーカップを置いて静かに言葉を返した。


「思想じゃ弾を防げねぇぞ、どんなに立派なモノでもな。」


「……。」


納得できない、という風な表情をする久遠。

だが、ダニエルの言葉に間違いはなかった。

如何に正しさを説いても、圧倒的暴力の前では無意味だ。

力を止めるには力しかない。

それを否定できない自分が歯痒い。


「なぁ、アンタ。

うちで働いてみねェか?」


「……ダニエルさん、今何か言いましたか?」


「うちで働いてみねェか、と訊いたんだよ。

アンタの耳は正常だろう?」


「……もし働くことになったら、さっきみたいな依頼をこなさなきゃならないんですよね?」


「それがオレ達の仕事だよ。

だが、アンタんところの『ピザショップ・ヴィンチ』とやらも同じだ。

何たってお前、捨てられたんだからな。」


そう言うと、ダニエルは久遠の服についていたヴィンチのワッペンを強引に引き剥がした。

久遠は『何すんの?』という顔をしてみせたが、ダニエルは別に気にしていない。


「……あのー、今何と……?」


「お前さんは人身売買の被害者ってことだ。

ヴィンチにとっては『不要な人材』。

ケダモノ野郎にとっては『上質な人間の女』。

そういうワケで、契約成立しちまってたのさ。

ま、大体の想像はつくだろ?

この街に流れ着いてきて資金源もろくに確保出来ない若者が初めに目をつけるのはきまってアルバイトだ。

アルバイトと言えばお前さんの年代くらいが最適だろう。

人身売買の温床になってるんだよ、今まで偶然無事だっただけでな。」


聞くだけでもおぞましい。

秘密裏にそんなことが行われていたというのか。

ゴキブリだって、いないと思いながら暮らすのとそうでないのとではえらく違う。

そしてそれだけではない。

今までいないと思っていたのに、すぐそこにいたと分かった時の嫌悪感。

久遠が感じているのはそれと似たようなものだ。


「想像つくだろって……さっきもそんなこと言われたような……。」


「はっきりさせねぇ方が良いことだってある。

ほれ、オレは行くがお前はどうするんだ?」


「うぅ……行きますよ、どこにいても同じだろうし。

でもその前に……ひとつだけ『依頼』しても良いですか?

アナタのところで働く前に……客として最後に頼みたいことがあるんです。」

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