7枚目 私、決意します
前回のあらすじ:円は会話を録音し対策を練った。
騎士様の告白再生に乙女心【50ダメージ】
静かな客間にノック音が響く。
「天の魔術師様、失礼致します。お支度のご準備を」
「あ、終わってます。ありがとうございます、パージェ様」
目を見開いた女中頭――パージェ様に笑顔で返答する。
髪を梳き結い上げヘアクリップで固定。化粧直しをし綺麗に拭いた眼鏡と右耳だけのピアスを装着。服の皺と靴紐を確認。
最後に友ちゃんから貰ったスカーフを首元に巻き準備万端!
最終面接前に身だしなみは大事。
だが、パージェ様を難しい顔をしている。
「パージェ様? どうかされましたか」
「いえ、失礼致しました。それではご案内致します」
パージェ様を先頭に私が続き背後には銀髪騎士ポウタ様。
《王の間》という最終面接会場へ近付くにつれ緊張が高まるところだが、見知った二人が傍にいるだけで心強い。話し合いの場を設けてよかった。
「どうぞ、お進み下さい」
見覚えのある大きな豪華な扉の前で立ち止まる。
もちろん、この先の情景も覚えている。
扉を前にするとやっぱり緊張してきた!
前社長からあの兜を貰っておけばよかったかも。そうしたら、もう少し箔がついた……。
いや、逆に不審者だ。そもそも持ち運び難い。邪魔。すごく邪魔。貰わなくて正解!
あ、何だか冷静さが戻ってきた。
前社長、ありがとうございます。
現実逃避していた私を戻したのは、また背中をぽんぽんと叩く動作。
見上げれば見慣れてきた無表情と紺碧の瞳。
「……いってきます」
大きな扉が、またゆっくりと開かれる。
ホール内は変わらずの明るさと貴族、騎士の整列。
変化を挙げるなら最初より鋭い視線、騎士達の中に召喚の場にいたローブを羽織った少年が増えたこと。そして、国王が既に着席していることだ。
「返答を聞かせてもらおう、天の魔術師」
国王は優雅に微笑む。
こちらも口角を上げ応対する。
さぁ、作り上げた資料と面接対策をお見せましょう。
「『天の魔法で妖獣退治をしてほしい』というご要望――――お断りします」
二度目のハッキリとしたお断り。
周囲から怒声が飛ぶと思ったが比較的落ち着いている。
「望みは?」
「はい。私を《天の魔術師》という職業に二年契約で雇用して下さい。仕事の一貫として、天の魔法を駆使し妖獣退治に参加します」
国王は優雅な笑みを深めた。
「雇用……とはな。誠に面白いことを言い放つ娘だ。対価は金か、身の安全か」
「いいえ。私が望む対価は、元の世界へ還る方法を私自身の手で探す許可です」
元の世界へ還れるか。
人事のシュルツ様は『わからない』と返答したが彼が唯一、即答せず思案した質問。
守秘義務で言わなかったと判断するなら還る方法が存在する可能性はある。
「我々を信用しないと?」
「強制的に誘拐するような国に信用があるとお思いで?」
深く、出来るだけ優雅に微笑む。
お手本は目の前にいる。
「それに、この対価は差し出すそちら側にも利点があります。私は還る方法を探すために、ここにおられる方々を含めた国民と交流し歴史や文化、国民性を知ることになります。知っていく中で愛着が湧き、愛する人を見つけここに永住するかもしれません。今後のそちら側の対応によっては一生、天の魔術師を留められる利点になり得ませんか?」
国王は、すっと無表情となり低く唸る声で呟いた。
「貴殿を縛り上げ、天の魔法を使うよう脅せば済む問題だ」
無慈悲で冷徹な言葉に《王の間》が震え上がる。
背中に嫌な汗が流れた。口を一文字に結ぶ――わけにはいかない。
「聡明な国王陛下。私がおとなしくしていると――――本当にお思いで?」
無表情が和らいだ。
「まったく大それた口だ。こちらがその契約を守るとは限らぬぞ。信用がないのだろう?」
「それはお互い様です。だからこその二年契約。長くて短い二年間で私は元の世界へ還る方法を探し、そちらは私を魅了出来るか。小さな信用を積み重ね信頼を築いていくには丁度良い期限ではないですか? 期限がないと人は危機感を持ちません」
笑みを強め言葉を続ける。
「私は国王陛下より頂戴した先程の時間で既に気持ちに変化がありました。まずは牛肉とナッツ、マチェを食べるのが楽しみです」
シュルツ様とパージェ様は最初と同じ場所で待機。だが、シュルツ様は肩が震えている。ポウタ様はやはり無表情。だけど、一瞬視線が交わった気がする。
三人を信用していない訳ではない。真剣に私を迎え入れたいと思ってくれている。
しかし、未来への投資は多い方が良い。
口元に手をあて思案していた国王は初めて表情を真顔にし問う。
「何故、そんなにも元の世界へ還りたい?」
投げ掛けられた問いに心臓が大きく跳ねた。
瞬時に浮かんだのは家族と親友の顔。
本当は大声で叫びたい。だけど。
「……では、あなた方が妖獣と戦うのは何故ですか? 国の未来を担う国民を、家族を、愛する人を守るためではないんですか? ……では、守られている人達は誰の帰りを待っているんですか?」
気配が動いたのは騎士達だ。
だが、今は振り向く時ではない。
「私も日本で、元の世界で大事な人達が待っているんです。その人達を悲しませないために還るんです」
震えそうになる自分自身を鼓舞するためにハッキリとした口調で告げる。
この問いへの返答は視線を逸らしてはいけない。
「…………牛肉とナッツ、マチェ……だったな。まずは食で知ってもらうか」
呟かれた言葉に一瞬目を瞬かせる。
「名は何と申す。天の魔術師」
「申し遅れました。私、異世界日本より参りました、円と申します」
鋭くも澄んだ碧色の瞳は真っ直ぐ私の瞳を射抜く。
「では、マドカに問う――――――我について来れるか?」
姿勢を正し顎を引き口角を上げ国王を見据える。
「私は地に足をつけ、同じ目線で一緒に未来を語り合える上司について行きます」
国王は大声で笑い自身の両膝を叩くと勢い良く立ち上がる。
「よかろう! シーガス王国国王アーサー・フェルナシオ・シーガスの名において、二年間、マドカを王国専属の《天の魔術師》に任命する!! ……励むがよい」
初めて満面の笑みを見せる国王。
「はい、ご期待に添えれるよう尽力して参る所存です。以後、よろしくお願いします」
お返しの笑みは忘れずに。