5枚目 私、質問します
前回のあらすじ:人事、クイーン・オブ・メイド、銀髪男に読めない名刺を渡した
「私とパージェ様は召喚理由についてある程度知らされています。しかし、知らされていない情報も多くあり真実ではない可能性もあります。そして、ポウタ聖騎士は護衛であることをご理解願います」
推測は正しかったということ。
説明はするが真実かはわからず守秘義務もある。
銀髪男――騎士様に質問はしない。
当然の忠告だ。今欲しいのは基礎的な情報。
突然『天の魔法で退治しろ』と命令されても業務内容、手順を知らずに仕事はできない。
チート能力で言語が理解出来ても単語の意味を理解していなければ無知と一緒だ。
まずは情報集め!
そして、情報を元に資料作成と対策を考え新社長へ挑む!!
さあ、藪をつついて何が出るか。
虫除けスプレーで対応出来ればいいけど。
一呼吸置いて視線を二人へ向ける。
「では、お尋ねします。まずようじ……」
「「…………」」
「よう……虫……じゃなくて……」
「「………………」」
「もしや、妖獣ですか?」
「は、はい……聞き取り……難くって……」
ふ、二人の視線が痛い。
だって《天の魔術師》は何度も聞いて覚えたけど他の単語は連発してないじゃない!
聞き慣れない単語をすぐに変換、記憶できる程、私の記憶能力は高くないの!!
人の名前は一番苦手。名刺がないから三人の名前も覚えれていない。
カタカナ人名、覚え難いよ……。
心の中で大粒の涙を流しながら平静を装う。
人事の人は微笑みを真面目な表情へ変え話し始めた。スルーしてくれるようだ。優しい。
「まず、ここでは"魔獣"と"妖獣"の二種類が存在します。魔獣は獣の姿をした異形なるモノ。家畜や農作物を荒らし回り時に人をも喰らいます」
肉食動物も人を襲うし似た感じだろうか。
「しかし、厄介なのが妖獣です。魔獣と違い人を襲うことはありません。が、剣では一切傷つけることができず魔術でも擦り傷がやっと。その上、妖獣の魔法は水源を枯渇、草木は枯れ大地を蝕み荒野へと還す力があります。近年、妖獣の数が増え荒廃化が進行し、国民生活に影響が出始めています」
「では、どう退治するんですか?」
「そこで、マドカ様のお力添えが必要なのです」
おっと、ブーメラン。おかえり。
「神の申し子精霊が有する十属性の最上位《天属性》。妖獣を唯一、確実に倒せるのが《天属性》にのみ備わる【浄化】の力。この使い手を《天の魔術師》と呼びます。マドカ様、あなたのことです」
とりあえず微笑んでおこう。
異世界召喚のテンプレ《聖女》に抜擢された気分だ。実際、似たような状況。
「……《天属性》以外に【浄化】の力はない、と?」
「他属性では熟練の魔術師でも一体を動けなくするのがやっと。確実に倒せていない時点で【浄化】といえるのか疑問が残ります」
ゲームで言い替えるなら天が弱点属性で他は効果小、だろうか。
「最近では一度で二十体以上の妖獣が各地に出現し、騎士も魔術師も足りていないのが現状です」
「それは……厳しいですね」
騎士様の表情は変わらないが拳を強く握りしめた気がする。
「しかし、要である《天の魔術師》が不足しています」
「あ、私以外にもいるんですね。何人いるんですか?」
私以外にもいることに安堵する。特別な称号と言う訳ではないようだ。
だが、目前の二人の表情は硬い。
「ハッキリと申し上げます。当王国では他属性が六十名以上に対し《天属性》は四名です」
「!?」
「また、全員が重鎮のため直ぐに動くことはできません」
重鎮ばかりが《天属性》だからこそ国民生活に影響が出ていても迅速に欠ける――と。
この国、呪われてる?
「それで。具体的な私への要望は?」
声をワントーン落とし眼鏡の奥から視線を合わせる。
この質問への返答、説明が今後を左右するものだと理解しているのだろう。視線は逸らさずハッキリとした口調で告げられる。
「天の魔法を駆使し妖獣退治にお力添え願いたい」
国王と同じ内容。
だが、私が求めている回答ではない。そのことを彼は理解しているはず。
「戦場へ出る必要はありません。ポウタ」
騎士様が進み出て右腕を見せる。手首に銀色の腕輪が輝いていた。
「これは、魔力を溜めることの出来る"魔術具"です。これを通して自身の保持属性外、別の属性を身体や武器に付与することが出来ます。《天属性》が付与されれば妖獣相手に攻撃が通用します。マドカ様には、この魔術具に天の魔力を溜めてほしいのです」
「溜める腕輪の数は?」
「聖騎士十名中、八名分です」
業務内容は妖獣退治。
手順は《銀の腕輪》八個に魔力を溜める。
仕事場は戦場ではないから危険はない……か。
考え込んだ私の周囲には沈黙が訪れる。
時間にすると数分の思案を終え口を開く。
「では、オススメ料理は何ですか?」
「……はい?」
人事の人は瞬きをし女中頭様も目を丸くしている。
そんなに驚く質問ではないはずだが。
「そういえばお腹空いたなって。頭を使っているとカロリーを消費しますし、私、晩ご飯を食べずにここへ来たので」
苦笑いしながら返答すると女中頭様が青ざめた表情に変わる。
「お茶もお出しせず何と失礼なことを……!」
「あああ大丈夫です! 緊張していて胃に通りそうにないですし今は時間がないので終わってからでお願いします!! オススメ料理を食べるの楽しみです!!!」
このまま飛び出しそうな勢いを何とか引き留める。
人事の人も笑ってないで引き留める努力をしてほしい。
「ふふふ、面白いですねマドカ様は。では、王国伝統の料理で生地の中に野菜を詰めて蒸した"マチェ"をオススメします。スープをかけると野菜の風味が際立ちますよ」
「わぁ~あっさり味かな……甘い物でオススメはありますか?」
視線を女中頭様へ向けると戸惑う表情をし人事の人へ視線を向ける。彼は笑顔のまま。
悩む仕草をするも直ぐに表情を戻す。
「王宮内ではナッツとチョコレートを生地に入れたものが人気でございます」
「ここにもナッツとチョコがあるんですね! よかった。ナッツは美容や健康にもいいですし」
「へぇ、そうなんですか?」
「はい。私の国ではナッツにも沢山種類があって、よく食べ比べをしていました」
ここのナッツの味はどうなのか気になり二人も興味がある様子。
聞いている限りは美味しそうではある。問題は味付けだが。
「騎士様のオススメは?」
流れで聞いて気付く。これは質問では!?
しかし、やはり無言無表情。だが、微かに……本当に微かだが耳が動いている。わかりづらいだけで真面目に考えてくれているのか。
「ポウタは他国出身で私達とはまた違う味覚を持っていますよ」
他国出身!
顔立ちや体格、髪の色合いが周囲と違うはずだ。名前も覚え難そうだった。
「……………………牛……煮込む……香辛料いっぱい…………骨も栄養……ある……うまい」
……うん、牛肉美味しいよね。頑張って考えてくれたのかな。
王国の人と味覚の違いは分からなかったけど。
人事の人、また笑っている。彼は笑い上戸だ。
「でも……どれも美味しそう……ふふふ楽しみ」
心の中で呟いたつもりの言葉と笑みが外へ出てるとは露知らず。
和やかで暖かな雰囲気が漂った。
「あと、私は元の世界へ還れますか?」
空気が一気に冷え込んだ。
うん、真面目な話をしていますから。