20枚目 私、見透かされていました
前回のあらすじ:誘拐先の戦場をどうにかこうにか潜り抜け、誘拐犯に物申した。
永遠と続く暗闇を走る。
誰かを、何かを探している――いや、違う。何かから逃げている。
「きゃ!?」
周囲を炎が埋め尽くし鱗粉が舞う。炎が迫り徐々に人へと象り誰かもわからないソレが口を開いた。
――不要だ、棄てろ――
――いいや、それよりも――
弧を描くようにソレは笑った。
視線を上げると鱗粉を纏う美しい蝶が舞う。瞬間、赤い飛沫に交じり銀色に尖った物がスローで落ちてきた。
「いやあぁあぁぁ!!!」
勢い良く布団から起き上がる。息は乱れ全身汗だくだ。
ゆっくりと何度も深呼吸をし早鐘の心臓を落ち着かせる。
「はあはあ……はあ…………参ったな…………残っちゃった」
失笑が自分の耳にだけ虚しく届くと全身を強く抱きしめた。
「おはよう、マリア」
「お、おはようございますマドカ様。まだ、明け方前ですのに、どうされましたの?」
焦茶の髪を三つ編みにした当直の女中マリアが目を丸くしホールで出迎える。
レヴィさんの出撃増加で寮での時間が長くなり、暇を持て余した私は日本でもしていた料理と園芸を始めた。
と言っても食材も品種も異なる異世界。教えてもらいながら日常会話も織り交ぜ、自己紹介も項を奏しマリアともう一人の女中リナと仲良くなった。女性初、名刺交換もしたが色に変化はなし。
「目が冴えてしまって」
「昨日あんなことがありましたもの、当然ですわ。あ! 少々お待ちください」
手を叩き食堂へと消えて行くマリアを見送りソファーに腰掛ける。
天窓を仰ぐも暁の空は見えない。静寂に包まれていると昨日の出来事が嘘のように思える。
戦場へは【転送】の失敗と断定してもらい真実を知るのは赤と青の人のみ。
誘拐犯を庇ったわけではない。だって――。
「――お待たせしました。料理長からですわ」
マリアの手には真っ白な湯気が漂うコップ。手渡されると暖かな空気に包まれる。一口飲むとミルクと蜂蜜の味が舌に広がり心が落ち着いた。
「……美味しい。ありがとう、マリア」
「とんでもございません」
女中に礼は言わないのが王国マナーだが自然と出たのだから仕方がない。マリアも満更ではない笑みだし。
ミニリュックから紙を取り出しペンを走らせマリアへ手渡す。
「料理長へ渡してくれる?」
「承知致しました。それにしても、使用人にお礼の手紙なんて前代未聞ですわ。それも何度も」
マリアが苦笑いなのは当然。女中や料理人にとって主人に尽くすのは当たり前。それが仕事。
だが、心動かされたことがあったのなら直接相手に伝えたい。直接が難しいならメモで、とレヴィ先生に教わったジール語で書き渡してもらっている。
「私には普通よ。メモなのが申し訳ないけれど」
「そんなことありません! マドカ様の字は綺麗で、何より柄が可愛くて見せ合うのが流行するほどですわ!」
勢い良く言って恥ずかしくなったのかマリアは赤面。
日本から持ってきたカラフルなメモ張の他、手描きで柄や花も描いている。好評のようで良かった。
「……ありがとう、マリア。話は代わるけど寮のメンバーも昨日は出撃していたの?」
女性の姿は何人か見掛けたが寮生はいなかった。相変わらず女中以外とは交流できておらず、鋭い視線の理由も不明のまま。
だが、理由を知っているのかマリアは挙動不審だ。
「え、ええ、無事に戻られていますよ。アマリア様を三週間振りに見かけたとも聞いてますし、聖騎士お二人もこちらへご帰宅されるはずです。お二人がご帰宅されたら周囲も落ち着くと思いますわ」
言葉に引っ掛かりを感じるも交代要員のメイが出勤し思案は憚れた。
「おはようございます、マドカ様。早朝からお出掛けですか?」
「目が冴えただけで出勤はいつも通りです」
「……でしたら、あの番犬は追い出してよろしいですね?」
怒気を含んだ声音が寮初日の記憶を呼び起こし、無意識に玄関へ駆け出した。
門扉前には予想通り銀色の番犬が一輪の花を持って佇み、無表情に振り向く。花売りの犬だろうか。
空がほんのりと明るくなり始め軽風が頬を撫で心地良い。寮の裏手にある湖を背に紺碧の瞳を見据える。
一緒に帰還はしたが聴取等もあり会話はできていなかった。寝ていないのか目が充血し表情も冴えない。護衛として誘拐の責任を感じている可能性もある。それなら、私が伝える内容は。
「昨日はご迷惑をお掛けしました。でも、レヴィさんたちの戦いを肌で感じて、のんびりしていられない、役に立とうって改めて決心出来ました。誘拐も背後確認を怠った私に非があるので気にしないで下さい」
「………………違う」
「え?」
低い声音がいつもより私の耳に響いた。
「マドカ、力使えた……【能力強化】……氷結強度が証拠」
「……あの氷原に私の力が……?」
いつもの無表情で頷かれる。
レヴィさんの名刺から感じたのは魔法の発動?
名刺を取り出すが今は何も感じない。
「マドカ」
顔を上げると大きなゴツゴツの素肌の両手が頬を優しく包む。
腰を落とし私の目線に合わせた真剣な眼差しに心臓が跳ねた。
「………………俺が恐いか?」
「!?」
「何故……背後を気にする?」
見透かされている発言に言葉を失う。
湖へは先行してもらい今も背後は湖。昨日までは彼がいた。
本当に、どうしてこういう時は勘が鋭いのか。
苦笑いを押し込め頭を振る。
「………………話す気はない……か」
「……ごめんなさい、もう少し時間を下さい。でも、レヴィさんを嫌いになったわけじゃないです」
「………………ならいい」
安堵した声音に引き寄せられ思わず胸板を押した。恐らく額コツンをしようとした本人は眉を顰める。
「い、いつも思っていたんですが、この額を合わせる動作はなんですか? 距離、近すぎません!?」
されるがままだった行動にようやく苦言を訴えれた。
正直に言えば見透かされていたことへの羞恥から、赤面しているであろう顔を真正面で見られたくない。
眉を顰めたまま耳が動いたが一瞬のことだった。
「祖国での祈り方」
「祈りって、わっ!」
言い終える前に互いの額が合わさる。
頬に添えられた手に力が加わり顔を動かせない。真正面に色白の肌と柔らかな銀髪、閉じられた瞼の睫毛は長く美しい。スヴェルは美男美女の国なのかと火照った頭で考える。
「女神への感謝……祝福」
「感謝って、私は何もしていません」
「祈ってくれた…………怪我なく無事で、と」
うっ。確かに祈った。
まさか、名刺から伝わったのか。
「マドカ……祈ってくれたから……力強まった……怪我ない。ありがとう、マドカ」
はい、美形からの感謝頂きました!
これ以上はいいです。お腹一杯です!!
額も両手も離して!!!
「それに……『また後で』してない」
「!?」
確かに発言し昨日は諸々の事情でできなかった。誘拐犯のせいで、とんだとばっちりだ。
体温と動悸は高まり続けるが紺碧の瞳はどうあろうとも譲るつもりはないと訴え、これは観念するしかない。
肩を竦め白旗をあげる。
「……わ、わかりました。約束は守ります。でも、今後は一言申し出て下さい。驚きます……し、心の準備もあるので……」
視線を逸らしたのは異世界へ来て初めてかもしれない。
目の端で紺碧の瞳が緩んだのが見えた。
「………………ん。今日の日に感謝と……マドカに女神の祝福があらんことを」
朝風が黒と銀の髪を混じり合わせ、レヴィさんから貰った一輪の花の花弁が空に舞う。
黎明の光を浴びた水面が今日の始まりを告げるかのように、ゆっくりと漣を立てた。
《レヴィさんの名刺裏一言メモ》
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