14枚目 私、郷に従います
前回のあらすじ:部屋にポウタを召喚し斜め上方向のアドバイスを貰った。
密着した状態に気付きマドカの乙女心に80ダメージ。
「私に喚ばれたってわかったんですか!?」
対面に座っているポウタ様はいつもの無表情で頷く。
「………………温かいマドカの魔力……呼んでる……感じた」
「で、気付いたら私の部屋にいたと。誰か探してませんよね?」
今更な不安を聞いてみたが一人で鍛練をしていたらしい。騒ぎにならずよかった。
「私は元の世界を思い出しながらポウタ様の名刺を見て、今日を振り返っていたら……試してもいいですか?」
百聞は一見にしかず。
ポウタ様の名刺を左手で掲げ今日のことを考える……恥ずかしい出来事ばかりだ。
「【転移!】」
――――うん、何も起こらない。羞恥プレイ。
ポウタ様も何も感じなかったようだ。
「相違点は互いが同じ場所にいるぐらい? ……あれ、名刺の色が変わってる」
今まで気付かなかったがポウタ様の名刺だけ淡い青色だ。他の名刺は白のまま。そして、私の名刺は――
【異世界日本出身 シーガス王国魔術師団所属 天命の魔術師 円 空】
――情報の更新早っ!
《天命》は変わってないし!!
変更点だけ伝えると彼のポケットから私の名刺が出てくる。持っていてくれたことが嬉しく、この数時間でポウタ様への信用度が大幅アップだ。恥ずかしさと共に。
彼に渡した名刺も情報が更新されていた。
「魔術師達が塔から脱出したのと同じ魔法ですか?」
「………………違う……と思う」
召喚された後も試したが今みたいに何も起こらなかった。誰にも名刺を渡していなかったからか別の問題か。天と天命、どちらが関係しているかもわからない。だが。
別の場所から私の部屋に移動したということは転移?
私、魔法使ったことになる!?
何かちょっと嬉しい。やっぱり少しは憧れるよね!
思わず頬が緩むとポウタ様の眉間に皺が。
今は感傷に浸っている場合ではない。うん。
「今度、シュルツ様とパージェ様のも見せてもらいましょう」
王国で私の名刺を持っている二人。棄てられていないか一抹の不安は過るが。
私の言葉にポウタ様は口に手をあてた。耳は動いているが……考えごと?
「………………クロード……何話した」
「へ?」
クロードって誰だっけと思ったらポウタ様が指を鳴らし理解する。腹黒人事ことシュルツ様だと。
そして、ポウタ様の問いは雇用確認終了後の出来事。あまり思い出したくない。
「聞こえなかったんですか? 廊下側とはいえ近くにいたのに」
「………………音……遮断」
指で音遮断って腹黒人事が有能すぎる。
無音で内緒話されたら気にはなるが、内容が内容だけに回答しづらい。
「時間あったら話そう、というお誘いです」
「………………手伝いか?」
「いえ、そうではなく――そうか、その手がありますね!」
納得している私とは反対にポウタ様は首を傾げる。
まずは一歩ずつ。うん。
「ポウタ様、私にジール語を教えてくれませんか? 召喚の影響か読むことは出来るんですが書くことができないんです」
紙に名前を書くが似ても似つかない字体になった。故意ではないことを伝える。
「他国出身でジール語を書けるということは勉強して覚えたということ。躓くポイントが似ているかもしれないですし、教わるなら字が綺麗な人に教わりたいです」
ポウタ様は一瞬目を丸くするが直ぐにいつもの無表情。
「………………ん」
「ありがとうございます! 早速、私の名前を教えてくれませんか?」
無言でペンをとり、ゆっくり間隔を空け綺麗な筆跡で綴られた"マドカ"。ジール語の自分の名前に感激した。
「よーし……」
紙一面にジール語で自分の名前を書く。ポウタ様は静かに見守り、綺麗に書けた字には指で丸を作り褒めてくれた。気恥ずかしくも嬉しい。
紙によってペンの滑りは変わるため明日は別の紙や王国のペンでも練習してみよう。
と、思案中にすっと目前に差し出されたのは、ポウタ様に渡した私の名刺……の裏側。
「名刺に書くんですか?」
「………………ん」
王国人は日本語が読めない。
意味不明な文が小さな紙に羅列されていたら、と考える。
「読めない字を見せられても怖いですね。ジール語で書かれた名前なら相手にも覚えてもらえやすいかも。お借りします」
「………………ん」
練習の成果があったのか一番上手に書けたと自画自賛。お手本に感謝。
「はい、ポウタ――」
「レヴィ」
今までで一番ハッキリした口調と真剣な表情。
また頬が火照りそうだ。
「もしかして……気にしてました?」
「………………ん」
日本人の癖だが思い返せば愛称呼びの人が多かった。名前呼びは日本でも慣れていないが"郷に入れば郷に従え"だ。
「では、レヴィ様」
「レヴィ」
「レヴィ……さん……年上ですから敬称は勘弁して下さい」
「………………ん」
手渡した名刺をじっと見られるのが何故か恥ずかしい。
しかし、この数時間で心拍数が何度急上昇しているか。ポウ――レヴィさんと会話出来たら出来たで心臓への負担が大きい気がする。視線は絶対に逸らさないし、ボディタッチは軽いし明日から――
「――て、もう二一時じゃないですか! こんな時間まで長々と……と言うか、どうやって元の場所に戻せるの……?」
彼は玄関から入って来ていない。男子禁制の女子寮だから当たり前だ。
しかし、呼び出し方法がわからないなら帰る方法も同じ。
「何か本当にすみません」
「………………窓……帰る」
「ここ三階ですよ!?」
バルコニーの窓を開け靴を履こうとしているのを慌てて引き留める。
「せめて温かい物を飲んでいって下さい! 直ぐに用意出来ますから!!」
本人に玄関から帰る意志がない以上、少しでも身体を温めて帰ってほしい。
鞄からスティックコーヒーを取り出す。十本しかないが今日は誕生日。贅沢をしよう。冷めたお湯を火の魔法道具で一気に温め、ゆっくり注ぎながら粉をかき混ぜミルクを少々。
興味深そうに見つめているレヴィさんは、やはり犬に見えた。
「どうぞ」
「………………ん」
二人同時にカップへ口をつける。
コーヒーの苦味とミルクの甘味が丁度良く、ほっとした気持ちになる。彼も同じ気持ちになってくれたのか頬が少し緩んでいる。
こんな誕生日もありかな。
「………………旨かった」
「いえ、沢山話を、独り言を聞いてくれたお礼です。こちらこそ、こんな時間までありがとうございました。本当に気を付けて帰って下さいね」
辺り一面暗闇で月明かりだけが頼りだ。しかし、そもそもこの高さからどうやって帰るつもりなのか。
思考に夢中になっていたら、また大きな手が頬に添えられた。視線の先には無表情と紺碧の瞳。
だから、さらっとボディタッチしないで!
落ち着いていた心臓と火照りが再発するから!!
「……おやすみなさい……レヴィさん」
「………………おやすみ、マドカ」
ゆっくり頬から手を離しバルコニーの手摺の上に華麗に両足を乗せる。一瞬私を見据え、そのまま勢い良く飛び降りた。
魔法がある国でのまさかの方法に、思わず手摺へ駆け寄ると問題なく着地している。余裕なのか、こちらへ向けて手を挙げられ唖然とした状態で手を振り返した。
やはり火照っている頬を両手で抑えながら、月明かりに照らされた綺麗な銀髪が見えなくなるまで見送る。
そういえば私、寝間着のままだった。はずっ……。
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