11枚目 私、入寮します
前回のあらすじ:無口無表情気配無の護衛がついた。
王城敷地内西側、アールヌーボー風の門扉を潜ると白を基調とした三階建ての洋館が見え、入口には黄スカーフを首元に巻いた女中が立っていた。
「天の魔術師様でございますね。お待ちしておりました。私、女子寮専属女中頭のメイと申します」
「突然の決定に対応していただき、ありがとうございます。本日からよろしくお願いします」
「……早速ですが女子寮は男子禁制です。ポウタ聖騎士はおさがり下さい」
メイ様とポウタ様の鋭い視線がぶつかり合う。
これはヤバい雰囲気と察し急いで間に入る。
「すみません、私が知らなかったんです。ポウタ様、明日は十時に魔術塔で間違いありませんか?」
「……………………」
無言は肯定。
だが。
「間違いありませんか?」
わざと強い口調で再度尋ねる。護衛との関わり合い方は知らないが、ありがたくも言語が通じるなら私は"言葉"で会話をしたい。
眉間に皺が少し寄っているが口が半開きだから言おうとしているはず。そうなら――待つ。
時間にして一分、体感で五分程の長考を終え発せられた言葉は。
「……………………ん」
「……わかりました。では、九時に女子寮門扉前に来ていただいても?」
「……………………ん」
「お願いします。今日は、もう出掛けませんので通常のお仕事に戻られて下さい。ありがとうございました」
「……………………ん」
大きな背中を笑顔で手を振り見送る。観察して待てば彼も返答してくれる。徐々に言葉を引き出し会話に繋げよう。
訝しむ視線で見ていたメイ様に向き直り頭を下げる。
「大変失礼をしました。以後、気を付けます」
「頭をお上げ下さい。女中の私に謝罪や敬語は不要です」
メイ様は厳しい口調と鋭い視線で制す。ある人を思い出した。
「それでは、ご案内致します」
繊細な彫りが刻まれた両扉が開かれる。
目前に広がるのはホテルロビーのような空間。吹き抜けの天窓からの日光が気持ちいい。左右に階段、中央にはソファーと机が並べられ雑談が出来るスペースになっている。
「来客時は左右の応接室もご利用出来ます。奥が食堂となっており朝食は六時からでございます。昼食と夕食は女中に言っていただければその都度お出ししますが、原則食堂のみで対応させていただきます。夕食の締め切りは二二時です」
すらすらと説明されるが私の頭で追いつくのは難しい。
パンフレット……この世界にあるだろうか。
「当寮は三階建ての部屋総数二四。二階が騎士九名、三階が魔術師五名のお部屋になります。それでは、お部屋へご案内させていただきます」
今の話の流れからすると私も三階。半分が埋まっているということは大所帯と言える。
日本では四階に住んでいたが、ここは階段数が多く上り下りだけで足の筋肉が鍛えられそうだ。やや息切れ気味に三階奥、角部屋に案内される。
「どうぞお入り下さい。天の魔術師様にとっては手狭なお部屋でございますが」
「し、失礼します……すごい、広い!」
都内郊外一LDK賃貸部屋の倍以上の広さに驚く。家具はもちろん、ミニキッチンも備えられ書斎と寝室もある。ベッドはダブルサイズ、ドレッサーにクローゼットは三つも備えられている。バルコニーからは森と湖が見えた。
異世界の人の『手狭』とは何かを問いたい。
「うわ~バスタブも広い。嬉しい! こんなに素敵な部屋、本当に使っていいんですか!?」
「は、はい。もちろんでございます」
「ありがとうございます!」
思わずメイ様の両手を握り上下に揺さぶると彼女は唖然とした様子。
「……こほん。部屋内にあるものはご自由にお使い下さい。寮内は五名の女中が二四時間待機しております。ご用の際は枕元の呼び鈴でお知らせ下さい」
「一つ質問を。絨毯は定期的に掃除されていますか?」
「掃除は毎日行っております。絨毯もでございます」
「絨毯を含めての毎日のお掃除、本当にありがとうございます!」
再びメイ様の両手を握り上下に揺さぶる。
意味がわからないといった表情だが私にとっては重要な質問。
「それでは、ごゆっくりとお寛ぎ下さい」
「はい! 案内ありがとうございました。メイ様」
「お礼も敬称も不要です。私達の仕事ですから」
鋭い視線で睨まれ、やはりパージェ様を思い出す。日本人としては癖でお礼も謝罪も敬称も言ってしまう。今後の課題だ。
扉が閉まるのを確認し靴を脱ぎ捨てベッドへダイブ!
「はあ~やっと靴が脱げた~ベッドふかふか~」
室内も外靴なのが王国スタイルだが、海外経験のない私にとっては苦痛で仕方がなかった。
しかし、掃除をしてくれているなら靴下で歩き回れる上に携帯スリッパも鞄に入っている。いろいろ持っている退職後の転移で本当に助かった。
玄関スペースも作りたいがその前に。
ベッドから降りクローゼットを再確認。街娘風からふんわりドレス、靴も数種類用意されている。身体に充るとピッタリだ。
「『ご自由にお使い下さい』か。サイズはいつ確認したんだろう。怖いな……」
クローゼットを閉めソファーへ。
ノートと筆記具、鞄から録音機器を取り出す。魔法類で記録する方法がないなら録音は王国にとって驚異になる。有事の際以外は今後使用できない。
「はあ、記憶力に頼るしかないのか……口頭、苦手なのに……いや、克服しろってことかも。ポジティブに考えよう」
気合いを入れなおし雇用と待遇に女子寮、要注意人物対策をノートに綴る。
異世界生活は始まったばかり。
まずは、寮内の王城内勤務者と交流を深め情報収集をしよう。明日行く新職場では、元気に明るくをモットーに勉強だ。いくつになっても新人からスタートだから積極性が大事。
「頑張ろう……お、おー!」
ノリで拳を高くあげてみた。
が、誰もいなくても恥ずかしい。
◇ ◆ ◇
「……おはよう……ございます。ポウタ……様」
「……………………おは……よう」
久しぶりにポウタ様の口から二文字以上を聞いたが反応する余裕がない。むしろ、私がポウタ様化している。無言で足を進めると彼も無言で付いてくる。
魔術塔は女子寮と反対、東側にあるため二十分程歩くのだがそれは成人男性の歩行時間。女性は倍に掛かること、また初出勤ということもあり早目に出発。
通勤時間を活用し頭の中を整理しよう。
現実は甘くなかった。
昨夜から他入寮者と交流をもとうにも、ほぼ帰宅されず会えない。ここ数日は特にそうだと女中に言われた。ようやく会えても鋭い視線で睨まれるか無言無視と取り付く島もない。
なら女中達から、と思ったが《天の魔術師》と話せる身分ではない、とバッサリ。女中二人が私に興味を持ってはいるがメイ様の睨みが鋭く話せる雰囲気ではない。
そして、寮の食事はとても美味しい。
クロード様オススメ"マチェ"は野菜の濃厚な香りが生地に染み渡り、何より初めてジャムを使わずに食べきり感動。
料理人に直接伝えようとしたが、朝に仕込みだけして六時前に退勤するらしい。
ならばメッセージを残そうと考えるも気が付いた。私はジール語が読めても書くことができない。口頭だけではなく文章でも想いを伝えられない。
こんな様子で、まだ誰とも会話まで持ち込めていない。
周囲の反応に流石に落ち込んでしまう。
この状態で初出勤して大丈夫だろうか。
魔術塔は"塔"と名が付くだけあり、独立したビル五階建てぐらいの円筒形の煉瓦作り。
しかし、劣化が激しく所々に穴が開き外壁の塗装は剥がれ、塔全体を蔦が覆っていた。訪れる者を拒むかのように、雑草や木々が生い茂っている。
「ここが……職場……」
この場だけ暗雲が立ち込めている。
だが、選り好みできる立場ではない。
勇気を振り絞り、いざ出陣!!!
を、背後から肩を掴まれ阻まれた。
と同時。
目前の塔が大爆音を響かせ――――――爆発。
え、ええぇぇぇ!?!?!?
『活動報告』に裏話や小ネタを載せています。
ご興味あれば覗いて見て下さい。