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10枚目 私、要注意します

前回のあらすじ:護衛がつく……予定


「気配に気付けなかったでしょ?」


 昨夜の廊下、朝の散歩、執務室前。


 本人からアクションがあるまで気付けていない。仲間外れでもお人好しでもなく、やはり実力があって私の側についていた。

 それはつまり、私が下手な行動を取った場合は――と理解し言葉が続けられた。


「深刻になる必要はありません。本人は無駄口も叩かず実直、他国出身で異世界から来たマドカ様の気持ちに通じるところもある……かもしれません。暫く専属ですから彼への権限はマドカ様に譲渡します」

「決定権は王国(そちら)側、ということですね?」


 笑みを深めたということは肯定。

 実直ということは命令があれば直ぐに動くということ。どちらにでも。

 初めての名刺交換相手が要注意人物になってしまった。悲しい。


「以上が雇用上の待遇になります」

「随分と気前がいいですね」

「ふふふ、マドカ様の信用と信頼を得るためです」

「切羽詰まった雰囲気しか伝わりませんでしたが?」


 眼鏡を上げ不適な笑みを作り応対する。互いの間には火花が散っているだろう。

 前社長とも昨日したが遠い過去の出来事のようで、急に胸が痛くなった。


「……では、マドカ様への対価『還る方法探し』ですが、王国内の書庫は全て出入りと閲覧を許可します」

「紙の本以外、魔法関係で隠されている可能性は」

「魔法や魔術で記録する方法はなく現在の魔術具でも不可能です」

「可能であれば王国内の書庫の場所と本の収集家を紹介して下さい」

「お役に立てるなら」


 魔法関係がないのは以外だが助かる。

 魔法や魔術も、となると莫大な確認作業になり、いつ終わるかわからない。


「ただし、他者へ尋ねる場合は青か赤のスカーフを持つ人物に限定し、街へ出るのは暫くご遠慮願います」

「理由は?」

「【異世界召喚】は秘匿魔法。今回発動したことを知るのも指定色を持つ者のみ。他色の者へ尋ねても満足な回答は得られないばかりか、いらぬ憶測を生みます。指定色以外の者には新しい《天の魔術師》と紹介しています。街は妖獣の関係もあり、もう少し落ち着いてからでお願いしたい」


 やはり珍しい魔法なのか。

 そして、さらっと《天の魔術師》として頑張らないと周囲から後ろ指を指されるぞ、と脅している。

 抜け目がないな……ん、彼のスカーフは。


「シュルツ様はダメなんですか。随分と詳しいですよね」


 自身の藤色スカーフを指差し、ああと呟く。


「人事は極秘情報を多く抱えているので精査する必要があると人事長より指示がありました。もう少しお時間を頂ければと」

「是非、この場でその極秘情報を聞きたいです」

「ご勘弁願います。私も生活が掛かっているので」


 上手くかわされた気がする。やはり抜け目がない。


「街への許可を含めて随時ご報告をお願いします」

「承知しました。一つ、王国(こちら)側から質問がございます」


 シュルツ様の声音がワントーン下がったのは聞き違いではない。




「二年契約を守れなかった場合はどうされますか?」




 その可能性はゼロではない。お互いに。


「そうならないよう数ヶ月に一度、報告書を提出し事前対策を打ち出します。でも……あまり未来ばかり見ていたら足元に落ちている原石を見逃しますよ、クロードさん?」


 わざと茶目っ気で言ってみる。

 が、うん。ちょっと恥ずかしいし、痛い。


 微妙な空気が流れたと思ったが聞き慣れてきた笑い声が漏れた。


「ふふふ、流石はマドカ様。そうだな、確かに未来はわからない……承知しました。上層部には一語一句違えず報告します」

「報告は簡潔にお願いします!」

「元の世界へ還ったら最初に何がしたいですか?」


 追加注文を書いているかと思えば想定外の質問だ。

 前後の情景を思い出しながら、ふっと言葉が出た。


「拓哉さんに結婚式で言わないと――あっ、ちがっ、まずは無事を友達と喜びますよ! 目の前で消えちゃったので!!」


 きょとん、としたシュルツ様を見て慌てて両手を振る。そう、友ちゃんが一番心配している。

 だが、母の結婚式が気掛かりなのは事実。ようやく掴んだ幸せ……翔と拓哉さんがフォローしてくれているのを願うばかりだ。


「……今更ですが成人してますよね? 未成年だと雇えないんですが」

「私、もう二八歳ですよ。年齢関係するなら最初に――」


 筆が落ちる音と背後で柱にぶつかる音が同時に響いた。



「……何ですか……お二人とも」



 怪訝な声になったのは仕方がない。シュルツ様は私を凝視し上下に視線を巡らせ、ポウタ様は眉間の皺が深い。


「いや、ポウタの一つ下かと驚いて」

「歳をとっていてすみません」

「いやいや、そういう意味ではありませんよ」


 初めてのシュルツ様焦り顔の理由は『その外見で年増』だろう。

 パージェ様の技が発揮されても年相応に見られない――つまり子供っぽい。秘書の時にも気にしていた私には大ダメージだ。

 心の中で大粒の涙を流しながら表面上は『気にしてません』を装う。が、何故かシュルツ様の頬が引き攣った。


「で、では、人事長に通し後日改めて契約書をお持ちします。この後は、ご自分の荷物を取りに行っていただき、そのまま女子寮へ。既に入寮手続きは終えています」

「わかりました。ありがとうございます」


 立ち上がり一礼する。廊下へ出たポウタ様が扉を開け支えていた。

 足を進めようとした時、シュルツ様に呼び止められる。


「今日は、どうして名前を呼んでくれたんですか? 昨日は呼んでくれなかったのに」


 一瞬、質問の意図が理解できなかったが『昨日』と言う単語に思い当たる。

 昨日、私は名前を聞いていながら終始『人事の人』と呼んだ。深い意味はなく単に覚えていなかっただけだが。


「名前を覚えるのが苦手で昨日は覚えきれなかったんです。不愉快な思いをされましたか?」


 丁寧に正直に話すと彼は首を振り、一瞬にして私との間合いを詰め指を鳴らす。

 突然の出来事に身動きできず、目前には漆黒の瞳とシプレ系の香水が漂った。淡い色の唇が綺麗な弧を描く。



「覚えれたのはポケットの中の道具のおかげ?」

「!?」

「名前で呼んでくれて嬉しかったです。是非、()()()()呼んで下さい。その道具を含めた楽しいお喋りをしましょう」



 艶のある呟きと同時に、また指が鳴らされる。

 周囲は何も変わらないが私の顔は間違いなく引き攣っていただろう。


「……検討……しておきます」



◇ ◆ ◇



 長い廊下を黙々と進む。

 だが、足取りは重く表情も固まっている気がした。原因はわかっている。


「あの人、絶対に腹黒だ……要注意人物が増えちゃった……ああでも、最後の最後に完封された気分。悔しい……」


 足を止め部屋から持ち出した鞄を強く抱き締める。録音機器は鞄内に片付けた。あの発言なら《王の間》でも録っていたのを知っている。

 今までの言動からシュルツ様は才知に長けた人物。今のところ私に友好的だが、忠告に従わなければ一気に不利な状況に追い込まれる――と、脳内で警鐘が鳴っている。

 

「いや、そもそも私が許可なく録音していたのがダメなのか。でも、これがないと私……ううん、弱気になったらダメ。何か策を……!?」


 思考に夢中になり、また彼の気配と背中ぽんぽんに気が付かなかった。背後を振り向くと変わらない無表情のポウタ様。だが、少しだけ眉が八の字。心配……している?

 要注意人物だが、護衛をしてもらう以上は挨拶をしっかりしよう。

 一歩後退、姿勢を正し真っ直ぐ紺碧の瞳に視線を合わせると耳が動き眉が真っ直ぐになった。


「あの、ポウ――」



 瞬間、インターホンが鳴る。



 一瞬の音に大時計の鐘が重なるが、ポウタ様は瞬時に私を壁側に寄せ腰を低め、拳を前に突き出し警戒態勢。大きな背中からプレッシャーを感じ無意識に唾を飲み込む。

 大時計の音が鳴り止むが周囲に変化はない。圧倒されていた私だが一瞬の音に聞き覚えがあった。


「あ、通話アプリの音か。音を切ってなか……ってアプリ!?」


 スマホを取り出すと『通知有』と表示され心臓が跳ね上がる。ロックを解除しようとするが手の震えが止まらない。


「えっとロック……パス、パスワード……誕生日、そうだそれ――――よし! って広告か~」


 届いたのはアプリ元の広告。現在の時間は十二時。

 ネットはやはり繋がらず返信もできない。喜びを返してほしかったが繋がっている気がして少し安堵した。

 しかし、顔をあげたら眉間に大きな皺を寄せたポウタ様。そりゃ、護衛対象が百面相してたら、そんな顔にもなりますよね。


「何も悪いことは起きません! 説明が難しいので整理出来たら話します!!」


 不満そうにしているが簡潔に話せるまで時間を頂きたい案件だ。素直に理由を述べた方が彼は面倒ではない、はず。


「あと、本日から護衛よろしくおねがいします」

「……………………ん」


 本日、初めてのお言葉を頂きました。

 要注意人物とはいえ会話は大事。うん。


『活動報告』に裏話や小ネタを載せています。

ご興味あれば覗いて見て下さい。

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