1枚目 私、召喚されました
初投稿です。
楽しんでいただければ幸いです。
「……え?」
呟きは静寂に包まれた青白い空間に大きく響いた。
寺院や教会に足を踏み入れた時の空気。
神聖な場所。
脳がそう理解し始め深々とした寒さを足元から感じ始めたと同時、天高く挙げていた左手に暖かな光を見つけ視線を上げる。
ドーム状の天窓からは巨大な満月だけが顔を出し、まるで夜空に君臨できるのは己だけだと主張するかのような輝き。
その堂々たる風格に私――円 空は、ただただ圧倒された。
「きれい……!?」
思わず出た呟きは静寂な空間に不似合いな荒い息づかいに掻き消される。そこで初めて自分が囲まれていることに気が付いた。
視線と左腕を下げ眼鏡の奥から目を見開き、ゆっくりと周囲を観察する。
色鮮やかな髪色、中世の騎士を彷彿させる衣装やローブを着た彼らは一言も発さない。辛うじて立っている数名は荒い息づかいを繰り返し、残りは顔面蒼白で呼吸も浅く膝を折っていた。立派な髭を蓄えたお爺ちゃんは、今にも事切れそうな息づかい。
「だ、大丈夫ですか――」
異常ともいえる光景に慌てて彼らに近付こうとした、その時。大きな音を立て扉が開かれた。
「おお、召喚が成功している!」
「いや、しかし……この魔力は……」
「何を言っているか。めでたいことなのだ。早く! 陛下に報告を!!」
「魔術師長!? しっかりしてください!!」
ローブを羽織った人達が慌ただしく走り回る。呼吸が整ってきた人達は小声で話し始めていた。その中で、もっとも大柄で額に傷がある男が声を張り上げる。
「全員そのまま《王の間》へ移動! いいか、絶対だぞ!!」
念を押した注意に何名かの視線が泳いでいる。
これは、いなくなるパターンだ。そう直感した。
「レヴィ、《天の魔術師》殿を運んでくれ」
その言葉のすぐ、頭上から大きな影が覆う。
「えっ……ひゃあ!?」
急に身体が浮き体格がよい一八十後半の銀髪の男に担がれた。ぐずった子どもを抱っこする格好に自力で歩くと身体を動かしアピールするも、紺碧の瞳から無言の圧力が掛けられる。
片腕だけで支えられた腕力に逃げられないと判断し気恥ずかしさを感じつつ鞄を抱え込む。
他の人に比べ表情は落ち着いているが肩で息をしている。何故こんなに疲弊しているかはわからないが、やはりキツイのだろう。休憩したいだろうに燭台と月明かりに照らされた長い廊下を大股で進む。
端から見れば誘拐だが暴れて体力を消耗するより現状整理に努めた方が有意義だ。こんな状況化でも冷静に動く脳に賛辞を送りたい。
腕時計は十九時三十分を指していた。あのイベントに参加して数分しか経っていない。その数分で一人、何処へ来てしまったのか。
先程の神聖な空間、大都会の灯りに邪魔されず綺麗に満月が見える場所に覚えはない。周囲を見渡し歩く人達を観察するが色鮮やかな髪や瞳をもつ美形や美人ばかり。絶対に日本人ではない。
つまり、これは巷で流行りの異世界転移!
ローブの人も『召喚が成功した』と言っていたから異世界召喚!!
はい、状況整理終了!!!
「……はぁ」
重たいため息を吐く。頭は冷静だと思っていたが、どうやら違うようだ。
歓迎する雰囲気はあったから命の危険に晒されることはない――
「――はず。大丈夫だよね、お母さん……翔」
言葉にした瞬間、悪寒に襲われ身体全体が震えだした。鞄を強く抱きしめ頭を振る。
『陛下に報告』『王の間へ移動』とも言っていた。今、向かっている場所に王様がいる。
「弱気になるな、円 空……踏ん張れっ!?」
意気込んだと同時、背中をぽんぽんと叩かれ思わず顔を上げると真夏の澄みきった青空、紺碧の瞳と視線がぶつかった。
いつの間に到着したのか大きく豪華な扉の前。ゆっくりとおろされ、また背中をぽんぽんと叩かれる。色白の綺麗な顔に不似合いな無表情から真意は掴めない。
だけど。
「ありがとうございました」
ゆっくりとお辞儀をし、今、出来るだけの笑顔を返す。
銀髪の男は変わらず無言無表情。
大丈夫。
そう言ってくれた気がする。
都合のいい解釈かもしれない。
それでも、次の一歩を踏み出す原動力になったのは確かだ。
相手方の話にしっかりと耳を傾け、誠心誠意、応対をする。いつもしていることと何も変わらない。
扉へ視線を移し深呼吸。
震えは――止まった。
大きな扉が、ゆっくりと開かれる。
扉の先を一言で表すと、きらびやかなホール。
真っ白な壁と支柱が艶やかな金のシャンデリアの光を反射させ時間間隔を鈍らせる明るさを演出している。
中央にはレッドカーペットが轢かれ左右に二、三十人程の中世貴族のような衣装を着た人達。
高揚、好奇、疑惑、威圧。
いろんな視線が注がれる。
あんな小娘が本当に、魔力の波があるな等の声が聞こえてくるが気にしている余裕はない。
私は今から何の式に参加!?
辞退が可能なら爪先を綺麗に揃えて喜んで挙手します!
今なら即興で自作歌も披露できます!
タイトルは『翔ばない!ワタシ』
現実逃避している頭とは裏腹に足はゆっくりとレッドカーペットを進む。周囲の視線が『早く行け』と訴えているからだ。
彼らを抜けると神聖な場で私を囲んでいた騎士衣装の人達が顔面蒼白で整列。銀髪の男も合流している。
そして、髭のお爺ちゃんを含め三名が見当たらない。
本当に……いない……。
私の視線に大柄で額に傷がある男が苦笑いした。一人、私の方を向いているということは偉い人なのだろうか。
レッドカーペットが行き着く先には一つの豪華な椅子。そこだけ数段高くなっている。
大柄な男の隣で止まるよう視線で促され足を止めた瞬間。
「国王陛下のおなりです」
透き通る高らかな声に合わせ右手を左胸に添え頭を下げる。私以外。
リズムをとるように靴の音を響かせ赤い光沢のあるマントを自在に操る一人の男が、ホールにただ一つの椅子に腰掛ける。
さらさらの金髪は襟足で揃えられ全てを見透かすかのような鋭い瞳は碧色。一際目を引くのは左耳の鮮やかな若草色のピアス。
輪郭や目元の雰囲気から四十代だろうか。日本では若い国王になるが、この国ではどうなのか。
思案していると静かに、だが、威厳のある声音が響いた。
「よく参った、《異世界》より召喚されし《天の魔術師》よ。我はシーガス王国国王アーサー・フェルナシオ・シーガス」
国王の発言に再度気合いを入れ直す。
『異世界より召喚』と国王に断言されたら転移は確定だ。
落ち着いて相手の話にしっかりと耳を傾け誠心誠意応対をしよう。いつもしていること。うん。
「さて、天の魔術師。貴殿の天の魔法で妖獣を退治してほしい」
「えっ、魔王じゃないの?」
おっと、口がすべった。
社会人歴、約八年。
口から出た言葉は取り消せない。だからこそ発言は慎重に。
何度も己に言い聞かせ誠心誠意の心に活かそうと努力してきた……つもりだった。
他社、ではなく異世界へ来て早速失敗。
しかも相手は国王……反省です。
社長、いつもの場所を開けておいて下さい。
ああ、涙は出ない。だって女だもん……。
「"マオウ"とは何か、も気になるところだが言葉は通じるようだな」
「……はい」
想像よりもソフトな会話のキャッチボールに、またまた現実逃避していた頭が戻される。
ここへ来て会話したのは国王が初めて。意識していなかったが異世界召喚で定番な有名チート能力、言語理解は適用されているようだ。
初めての会話相手が国王ってすごい!
「通じるのならば問題ない。どうだ、天の魔術師?」
「質問をさせてください」
「却下だ」
挙手する途中でキッパリ、バッサリと切り捨てる発言。
国王陛下の御前で口応えとは何と無礼で図々しい小娘か、マナーがなっていない野蛮人、と憤った声が貴族衣装の人達から聞こえた。騎士衣装の人達は厳しい視線を向けてはいるが静観を貫いている。
周囲の騒然に反して私の心は冷えきり静かにブリザードが吹雪く。
そっちが勝手に喚びつけた挙げ句、説明もなくようじ……害虫駆除を押し付け『やります』と有無を言わずに頷け、と。
そういうことですね、国王?
社長……いえ、前社長。前言撤回です。
いつもの場所は閉めて下さい。
私はまだ、口を閉ざすわけにはいかないようです!
肩掛け鞄をおろし眼鏡を上げ姿勢を正す。顎を引き真っ直ぐ国王を見据え、ゆっくりと口を開けた。
「お断りします」
ハッキリとした口調で告げた言葉にホール全体がざわめいた。
「私は魔法が使えません。私の国になかったからです。ですので、そちらの要件『天の魔法で退治』は達成できません」
国王の表情と背後のざわめきは変わらない。
「ですが」
続けた言葉に辺りが静まり返る。
口角と声音を上げ言葉を綴る。
「そちら側は魔法が使えると判断されています。魔力に波がある、とのお言葉を聞きました。なら、今後のそちら側の対応によっては協力出来るかもしれません」
貴族衣装にローブを羽織った人達も似たようなことを言っていた。正直、この国の魔法や魔力の意味はわからない。だが、世の中にあるゲーム通りなら……一か八かの賭。
「ふむ、成る程。望みは何だ?」
国王の表情が緩んだ。手応え有りだ。
「望みは三つ。一つ、現状の説明です。私の同意なく、そちら側が強制的に誘拐しました」
「ゆ、誘拐だと!?」
「神聖な召喚の儀式を何という言い草だ!」
「誘拐……召喚された身として召喚理由を知る権利があり、そちら側には説明する義務があるのでは?」
声がした方へゆっくりと視線を巡らせながら告げると静けさが戻る。
「二つ、説明を整理するための時間を下さい。最後、説明者は私が選びます」
「ほお、誰を選ぶ。我にするか?」
国王が乗ってくるのは予想外だったが、やはり、反発が聞こえた。当然だ。
本来なら然るべき人物、国王の側近や召喚を指示した人物をあてがうところ。話に差異が出ては困るからだ。
だからといって国王という選択肢は無い。私が駆け引き出来る相手ではない、と頭が警鐘を鳴らしている。
周囲は自然と静まり返り私の小さな深呼吸だけが聞こえた。
ゆっくり見渡し馴染みのある色を見つけ指を揃え掌を掲げ国王――が入ってきた扉を示す。
「そちらの男女お二人にお願いします」
示された先には驚愕の顔をした青年と年配の女性。
瞬間、今日一番のざわめきがホールに響き額に傷がある大柄の男に至っては口笛を吹く。
えっ、私、人選ミスしたの?
そんなにすごいか問題がある人達!?
内心、冷や汗をかきながら何とか表情を保たせる。
「ははは、面白い人選だ! 増分に二人から話を聞くがよい。しかし、騎士はつけるぞ」
「かまいません」
国王は満足そうに頷き声を張り上げる。
「一刻後に、この場へ集結せよ! よりよい返答を待っている、《天の魔術師》」
面白くてたまらないといった表情に不安を奥底に閉じ込め精一杯の意地悪い笑みを作る。
「それは、神のみが知ることです」
私にも分かりません!!!