夜の噴水
約束の二十二時、来たのは仮面の少年ではなくライナ様だった。
「……あら」
「ライナ様?!どうしてこんな時間にここに……!」
思わず驚いてしまう。だって、ライナ様は仮面の少年とした約束を知らないはずなのだ。マリアはそれだけで仮面の少年=ライナ様だと察せるような頭はしていないが、それでもライナ様が直接来られるなんて初めてのことだった。
「貴方を見かけたから声をかけようとしたのよ。貴方、寮長である私の前で校則違反なんていい度胸してるわね」
「うっ……」
そういうことか。
そう、二十時以降の外出は学内では生徒会以外禁止、校則違反だ。
校則違反者は教官の指導の元、反省文を書かされる。
「待ち合わせをしていたんです……」
「ふーん……外部の人?」
「内部、だと思います……」
ライナ様は自分の正体がバレていることを知らないのだからそうとしか答えられない。
「だとしたら来てくれる可能性なんてほぼゼロね。貴女、自分が校則違反を犯してまで会いにくる価値があると思っているの?」
「それは……」
ライナ様、その理論でいくと。
(貴方にとって私はそれだけの価値があるということになるんですけど……?!)
かあ、っと頬が熱くなる。
「えっと……」
「相変わらずハッキリしないわね、ほら。教官に見つかる前に寮に帰るわよ」
「は、はい!ライナ様!」
月明かりの下、ライナ様と私は二人で寮までの道を歩いた。
「……ライナ様」
「何?」
「私、ライナ様ともっと仲良くなりたいです」
「な、何を言っているの?私は貴方を虐めているのよ?それともそんな生活が嫌で媚でも売るつもり?」
彼女はあからさまに動揺する。
「いいえ。そうじゃないんです。ただ……、もっと貴女のことを知りたいと、純粋な興味。それだけなんです」
その先で、ライナ様が自分から仮面の男の正体は自分だと言ってくれればいいと思う。
そうしたらハッピーエンドになれるはずだから。
「私は態度を改める様なことはしないわ。せいぜい無意味な行動をがんばりなさい」
ライナ様はそう言って一歩足を進めた。
「……はいっ!」
私はライナ様についていく。
寮までの長い時間は体感でとても短く思えた。
「……実は今日、好きな人と待ち合わせしてたんです」
「好きな人?」
「はい、大好きで大好きでたまらない人です。その人のためなら死んだっていいくらい」
ライナ様は呆れたように言った。
「死ぬなんて物騒な事口にするのは辞めなさい。それにここに来なかった時点で脈なしね。だって貴方三十分もあそこで待ってたのよ?」
どこかで様子を伺ってくれていたのだろうか。諦めて私が帰ることを期待しながら。
そう思うと不思議と笑みがこぼれた。
「そうかもしれません」
「失恋したっていうのにやけにさっぱりしてるわね」
「はい。あの人の新しい一面を知れたので」
多分、ライナ様自身の姿で来てくれたのは、教官対策なのだろう。生徒会のライナ様がいればどうとでもなるしお咎めはない。
逆に仮面の姿で来てしまえば不審者レッテルと身バレのリスクを負ってしまう。
私のことを思ってくれたんだろうなあ、そう思うとなんだか嬉しかった。
「私はこれからもあの人の事が大好きだと思います」
「貴女の様なグズに好かれるなんて気の毒ね」
そう言ったライナ様の髪にはバレッタがつけられている。昨日贈った宝石を使ったのであろう、繊細でシンプルなデザインのものだ。
ライナ様の属性は火。魔法は壊滅的でも金属の融解なら出来たのだろう。
それがその問答の答えで、やっぱり嬉しくなって彼女に一歩距離を詰めてしまう。
「な、なによ」
「いえ、迎えに来てくれて、ーー……いや。心配してくれて?ありがとうございます、と思って」
「ばかね!寮長としての務めを果たしただけよ!」
そうやって早足で寮に戻るライナ様を私はとても愛しく思った。
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