世界観説明の授業
「ーーで、あるからしてこの国は今危機に陥っている」
歴史の教師がそう締めくくった一文に、私はため息をついた。
この話は共通ルートだし説明書にも世界観説明としてあらすじに書いたので聞かなくても知っている。そもそも作者は私だし。
テストだって満点を取れる自信はある。
この国、アルテミス王国は今最大の危機に陥っている。原因不明の魔力の流れによる暴走が魔物の生態にまで及び、今まで人里に下りなかった魔物までが町や村を襲うようになったのだ。
そこで建てられたのがこの魔法騎士育成学園。
ここで魔力を持つ者と騎士を志望する若者を集め、徴兵させ近辺の魔物を倒す。
貴族は徴兵を逃れられるが、その代わりこの学園には強制的に入れられる。
万が一の自己防衛の為と、上に立つもの、人をつかうものの義務ってわけだ。
可愛そうだがマリアも例外ではなく、徴兵を前提としてここに入れられた。
いくら貴族といっても没落貴族。暮らしは地位はそこらへんの町民より少し上なくらいだ。
徴兵されないラインに行くためのお金を用意するにはギリギリ届かない。と、いう設定。
マリアの持つ光の魔力は治癒を専門とする稀有な力だ。
他の火、水、風、土の四元素とは必要とされるレベルが違う。光があれば闇もある。
闇が敵の属性でーー……と言うのがゲームの定説だがこのゲームに闇属性は無い。
と言うか、属性なんていうのはキャラ設定の一部なだけでゲームにはほとんど関係がない。
魔法が使えない事によるイベントがあるライナ様ルート以外では。
ライナ様の属性は火。
だが、マリアを守るための剣術と体術には特化しているが、ライナ様は魔力が壊滅的に無い。
だが淑女がそんなはしたないと思われるような事が得意だなんて知られるわけには行かず、魔術に関しては劣等生と呼ばれるライナ様を励ますイベント以外は作中での関連性は皆無と言っていい。
その属性イベントの為か、一応攻略対象も四属性分用意されている。
最早言うこともない火属性のライナ・エトーレ様 。
作中人気一位で正統派王子様キャラ、水属性のエドワード・フローレンス。
優しいお兄さん系キャラの先輩、風属性のアレン・バートン。
主人公様に慕ってくれるヤンデレ土属性のグレイ・メフシィ。
残るは闇属性のみだったから発売前は闇属性の隠しキャラがいるかと思ったらそんなことはなかった。
だがそれも当然。
この四キャラ以外は全員モブ顔だし、キービジュやパッケージには仮面の少年(ライナ様)がいたのだから。最初から攻略対象は全員描かれていたのだから。
設定のガバガバさやその攻略対象とフルプライスのくせにボリュームが少ない事、前項で記述した百合事件からクソゲー扱いされることもあるが、ライナ様がいるだけで私にとっては神ゲーだ。作者が自信を持たなくてどうする。
それ以外はあまり覚えてない。
ライナ様ルートを最後に書いた時に脳汁が出まくって筆が乗りに乗って記憶が消えたので、形だけ取り繕った虚無だった気もする。
と、いうかライナ様のために作られたのかと思うくらいライナ様(仮面の少年)ルートが正史過ぎてそれ以外は本当に中身がない。
それはシークレットブルームのスレでも言われていたことで私もそれは同意ができた。
「君達にはこの国の礎となってもらわなければならない。それを各々心に留め、忘れないように。以上、今日は解散」
教師のその一言で張り詰めた空気が霧散する。
「……ふう」
私は息を吐いて辞書のように分厚い教科書を閉じた。
「マリアさん、お疲れのようですね……」
同級で隣の席に座っていたグレイが気を使うようにおずおずと声をかける。
「はい……、あの講師の授業はピリピリしていて……少し苦手です」
ついでにお前のようななよなよした根暗もな。
そんな事は『聖女マリア・リグレッド』は言わないので、キャラ崩壊しないため、ひいてはライナ様に嫌われない為に口に出さないが、私はグレイの様なタイプが苦手だ。
大概がワンコタイプってヤンデレを併発しているから。
私のタイプは引っ張ってくれる様な自分を持った俺様系(ライナ様だ)だからどうもグレイは合わない。
そんな私でもここはゲームの中、出会いのイベントは避けられず。
「あの!時計落としましたよ!」
グレイルートなんて初見とテスト一周したくらいの私は出会いのイベントをすっかり忘れてグレイの時計を拾ってしまったのだ。
「あ、え、ありがとうございます……」
しまった、と思った。
設定ではグレイは変わった色の瞳や髪の色から(この世界では黒髪黒目が異端として扱われている)周りから遠巻きにされてきた。
それで、容姿など関係なく分け隔てなく接してくれるマリアに恋をしてしまうのだが……。
(グレイは冷たく接していれば好感度は上がらない……んだけど実際相手にすると冷たく出来ないんだよな……)
ゲームはゲームだからと割り切れたが、それが現実となると元々の流されやすい性格が幸いしてしまってうまく割り切れない。
現実世界でもコミュニケーションが上手い方ではなく、受け身だったこともありこっちの世界でも全く友達ができない。
と、言うわけで自然とこうしてグレイと一緒にいることが多くなってしまうのである。
「僕も少し苦手です。お揃いですね」
「そうですね……」
ニコニコと笑うグレイの表情は、やはり攻略対象というだけあって顔がいい。笑顔がさまになる、というか綺麗というか。
私にワンコ属性が刺さればそれこそ楽園なんだけどな……そう思いながら二人で次の食堂への移動をする。
「マリアさんは今日お昼にご予定などはありますか?」
「ないですよ」
「では今日も一緒に昼食と取りましょう!」
避けたいんだけどー……、だけど、今世でも毎日ぼっち飯は経験したくない。
「はい。そうしましょうか」
「なになに?今日も二人は一緒にお昼?仲良いね、お兄さんも混ぜてよ」
ひょっこりと後ろから現れたのはアレンだ。アレンはグレイの従兄弟にあたり、この二人は仲が良い。
……と思っているのはアレンだけのようだが。
「兄さん……、僕とマリアさんの時間を邪魔しないでください」
「いいじゃんいいじゃん〜!お兄ちゃんだけ仲間はずれなんて寂しくて泣いちゃうぞ〜?それに食事は沢山の人と食べた方が美味しい!なっ、マリアちゃん!」
いきなり振られた発言に反射的にこくりと頷いてしまう。
アレンはグレイを溺愛していて、こうして一緒にいると度々声をかけてくる。
最初は主人公には目もくれない二週目解放キャラだ。
それは彼の幼少期に弟を亡くしてしまいアレンを代わりにしているという理由からあるのだが、そんなことはライナ様攻略には関係ない。
彼もライナ様とお付き合いする為の通過点でしかないというだけだ。
そう言えばグレイルートでは彼との恋路を邪魔してきたっけ。
朧げな記憶辿るように彼を眺めていると何を勘違いしたのかアレンはウインクをしてグレイに抱きついた。
「何?マリアちゃん、もしかしてオレのこと気になっちゃう感じ?それならごめんね、オレはグレイ一筋だから」
「気持ち悪い」
「またまた〜〜!グレイはツンデレさんだなあ!昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって離れなかったのに」
「昔の話」
お前はいちいちマウント取ってくる悪役令嬢か。
その言葉をぐっと飲み込みにこにこと笑顔を貼り付ける。
「お二人は仲がよろしいのですね」
「全く」
グレイは私の手を引き、食堂まで歩いていく。
その力は強く、自然とに「痛っ、」と声が出てしまった。
それに気づいたグレイはハッとし、慌てて手を離す。
「ご、ごめんなさい。嫁入り前の女性に触れるなんてなんてことを……死んで詫びます」
グレイがパチンと指を鳴らすと鋭い岩の破片が宙に浮いてくる。
彼はそれを手に取ると首元に当て震える手元で首筋に血を滲ませた。
「待って!私それくらいで気にしないですから!」
「あっはっは、グレイは相変わらず面白いねえ」
「笑い事じゃないですからね?!……今、傷塞ぎますから」
首筋に手を触れさせて魔力を指先に集中させる。
治癒に特化した光の魔力はかすり傷などすぐに塞いでくれて、グレイの首筋には跡すら残らなかった。
「グレイ様、貴方はかのメフシィ家の後継なのですよ。没落貴族が原因で死なれてしまったら私が処刑されてしまいます!」
「マリアちゃん正直〜」
「だいたいアレン様もグレイ様を茶化さないでください」
「ふふ」
「笑い事じゃないんです!グレイ様は素直なんです。貴方の冗談を普通に間に受けちゃうんですからね」
なんだかんだで、わいわいと三人で食堂までの道を歩いていく。
どうやらこの期に及んでアレンは私達と同席するつもりらしい。
上流階級が使うものらしく美しい装飾が施された椅子に腰をかけると、給餌の者が注文を取りに来る。
これはゲームでははしょられており、初めての頃は驚いた者だが、よくよく考えれば貴族が大半を占めるこの学園で現実の学校のように自分で食事を取りに行く方がおかしな話なのかもしれない。
私はいつも通りオムライスのようなものを注文し、ミントの香りがする水を一口口に含んだ。
この世界で幸いだったことは、名称こそ違うが、食事が限りなく日本に近かったことだ。
そこらへんはやっぱりガバガバで流石個人が作ったゲームとしか言いようがない。売り上げはそこそこだったんだけどな。
「アレン様はどうしてそんなにグレイ様を構われるんですか?」
純粋な疑問を口に出してみる。
ゲーム内では「死んだ弟に似ていて替わりにしているから」以外のことは語られなかった。
だが、弟に対する反応にしては少々モンペが過ぎると思う。
「えっそれ本人の前で聞いちゃう?」
アレンが珍しく顔を引きつらせて言う。
「あはは、マリアちゃんは天然さんだなあ」
無言で気まずそうに口を閉ざすアレンに、内心動揺しまくる私、そして何もわかっていないグレイ。
一瞬にして混沌と化したテーブルの空気を変えてくれたのは凛とした女性の声だった。
「あら、マリア嬢?今日も殿方を侍らせて下品なことね」
(ーーライナ様!)
瞳の色に合わせた赤いドレスに身を包んだライナ様が値踏みするように私たちの座るテーブルを見るとため息をついた。
「……嫁ぐ前の淑女が本当に節操のないこと」
(ち、違うんですライナ様〜〜!!!!!)
これは不可抗力でーー……、だがそんな弁解をする勇気はマリアには無く、ただ口を紡ぐだけになってしまう。
「……少しは反論でもしてみたらどう?本当に殿方の影に隠れるしか能が無いのね」
(うぅ……!)
周回で慣れているとは言え、実際言われるとかなりダメージが来る。
泣きそうになりながらライナ様を見つめていると、不敬なことにライナ様の肩に手が置かれたのに気がついた。
「ライナ、マリア様を虐めるのはそこまでにしておきなさい」
「……エドワード」
そこにいたのはこのゲームのメイン攻略キャラクター、エドワード・フローレンスだった。
(お前、ライナ様に触れるなんてなんて不敬な……)
それもそのはず、二人は好きあってこそいないものの、家の決めた婚約者同士。距離が近くて当然なのだ。
まぁ、ライナ様は学園の風習保守派のエドワードの事をよく思っていないし、マリアを守ることに人生を賭けているので、エドワードなど眼中にないのだが。
「私は忠告をしているだけよ。それよりも気軽に触れないで頂戴」
「婚約者なのに手厳しいな。……すまないね、彼女がひどい事を言ってしまって」
「いえ……」
蕩けそうな笑顔でそう言われれば言葉も出ない。私はまだしも「マリア・リグレッド」はエドワードのことが好きなのだ。
「あぁ、自己紹介が遅れたね。私はエドワード・フローレンス。知っているかもしれないがこの学園の生徒会長だ。彼女はライナ・エトーレ。副会長で私の婚約者なんだ。口は悪いがね」
(何そのライナ様は俺のアピール?!殺すぞ!)
エドワードの無自覚マウントに額の血管が音を立てるような感覚がする。
そんなこと言ってもライナ様はどのルートでも私のだけどな!そう言いたい気持ちを飲み込んで貼り付けた笑顔で私は対応した。
「勿論存じておりますわ。エドワード様は私の憧れですもの」
セリフは間違っていないはずだ。マリアはエドワードに初めから好意を持っている。
私には何がいいのかわからないが、ある勘違いをして彼女はエドワードに媚びるのだ。
そこがまたライナ様に嫌われる要因となるのだが、そんな女でもライナ様は見捨てないのだから天使のようなお方だ。
「……」
彼女は少し考えた後、踵を返してテーブルから離れた。
「付き合ってられないわ。精々取り巻きに守ってもらうことね」
そう吐き捨てると、エドワードが二、三事フォローしてライナ様についていく。
感動で呆然とする私にグレイは怒りを抑えきれないというように歯をきしませた。
「家柄だけの劣等生のくせにマリアさんにあんな言動を……」
「グレイ様」
そう言ったのは反射的なものだった。
「あの方が言っていることは正しいです。この学園では男女が一緒にいるだけでどんな噂が立つかわかりませんから」
それでなくてもグレイは目立つのだ。
ライナ様が言いたいのは「そんな奴と一緒にいるな」というところだろう。
お優しい彼女のことだ。
それは私の身を案じてのことに違いない。
「それに、」
私はグレイの目をきちんとみて言い放った。
「あの方は私の恩人です。いくらグレイ様でも『家柄だけ』などの言葉は許せません」
「恩人って……ライナ嬢はあなたをいじめてばかりじゃないですか!」
ダン、とテーブルからはしたない音が響く。周りの生徒の目線が痛い。
「まあまあ、グレイ。二人にも事情があるんだよ。幼馴染なんだろ?」
「……はい」
暴走しかけたグレイを諌めたのはアレンだった。
「だったらオレたちが口出しすることじゃない。違う?」
そう言われたグレイは口を噤んだ。
「……ありがとうございます」
私はアレンに礼を言うと昼食を残したまま席を立った。
「ちょっと、追いかけてきます」
「……うん、いってらっしゃい」
「マリアさん!」
止めようとするグレイを振り払って、私はライナ様を追いかけた。
「ライナ様!」
「……何」
ライナ様はエドワードと共に廊下を歩いていた。道順から生徒会室に向かう途中なのだろうか。
「あの、違うんです」
「……なんの話?」
「私は!別に守ってもらおうだとかそう言うことは考えてません!」
自分が何を言っているかわからなかった。
ただ、これだけは言おうと、身体が勝手に喋っていた。
「私には守りたい人がいます。だから他の男性に目を向けるなんてありえません」
「……それをなんで私に?」
「……宣戦布告です」
あぁ、そうだ、思い出した。
マリアは勘違いをしているのだ。
あの仮面の男を『エドワードと勘違いしている』
だから私の転生を自覚する前の「聖女マリア・リグレッド」の部分がライナ様に嫉妬しているのだ。
「……そう。勝手にするといいわ」
「おいおい、婚約者の前でそれはないんじゃないのか?」
「私にはあなたの相手は力不足よ」
ライナ様はドレスを翻すと私から背を向けた。
私はあまりのことに腰から力が抜けて廊下に座り込んでしまう。
(マ、マリアめ〜〜!!!!!)
私の中に存在する幼少期のままのマリア・リグレッド。彼女は勘違いをしている。
あの男がライナ様ではなく同じく幼馴染のエドワードだと。
(お前は馬鹿か……)
確かに自分が幼少期に接していた男はエドワードのみだったが、そうじゃないだろう。
私は頭を抱えてその場に座り込んだまましばらく黄昏ていたのだった。