私の王子様
私には王子様がいる。
危ない時になればいつも助けてくれる私だけの王子様。
どんな時も駆けつけてくれて、私の事だけを守ってくれる私の愛しい人。
「きゃっ!」
学園の廊下を歩いていると、いきなり肩に衝撃が走った。
どうやら誰かにぶつかってしまったらしい。
尻餅をついた私が顔を上げると、そこにはライナ・エドワード様が私を豚を見るような目で見下ろしていた。
「あら、ごめんなさい。マリア嬢?壁と同化し過ぎて気がつかなかったわ?」
かの令嬢は明らかな嫌味を飛ばして私の身体に触れた部分を手袋をした右手で払った。
私の無い胸からわなわなと熱いものが込み上げてくる。
それは悔しさでも憎らしさでもなく。
(ありがとうございます!ライナ様っっ!)
むしろ快感、だった。
私、マリア・リグレッドの本名は花咲かなえと言う。
だがそれは現実世界の話。
花咲かなえは、もういない。
通り魔に刺されて死んでしまった私は、有給を使って最後に作成した……今となっては遺作となってしまった『シークレットブルーム』の世界に転生してしまったのだ。
『シークレットブルーム』は乙女ゲーム。
そして同人乙女ゲーム界の大問題作でもある。
途中までは普通の同人乙女ゲーム、だが、なんと共通ルート全解放でプレイできるようになるキャラクター、共通ルートの全てで自分を守ってくれていた『仮面の少年』の正体が、自分を虐めていた悪役令嬢、ライナだと言うことが明かされるのだ。
乙女ゲームの隠しルートがまさかの百合ーー……界隈では地雷ゲーだとかなりの話題になったがドMの百合豚の私にとっては神ゲーのつもりだった。確かに注意書きも書かずに発売したのはいけなかったかもしれないけど、同人だからいいじゃん!と主張したい。
ライナ様ルートは趣味とテストも合わせて十周はした。
そしてなんの因果か私はマリア・リグレッドとして生を受けてしまう。
マリアは十七歳になる前に死ぬ運命だ。
それは何周もプレイしたから理解していた。
今世も短命なんてーー……私は物心ついた時、自分の運命に絶望したが、幼いライナ様との顔合わせの時、全てが吹っ切れたのだ。
(なんてお可愛らしい!!!!!委託した絵師様から送られてきたスチルでめちゃくちゃ見たけど実物可愛すぎて無理か?!!!)
この子が全ルートで私を守ってくれるなんて、世界、優しすぎる。
絶対にライナ様ルートに入りたい。
だが、ライナ様ルートは真ルート。
全ての攻略対象をプレイしないと解放できない。
どうしたものかーー……私は考えた。
そして閃いた。話を「改変」する。
ストーリーブレイク。
できるだけ全ての攻略対象を避け、イベントを無視。ライナ様だけに一点集中する。
幸いライナ様のハッピーエンドの選択肢は全て暗記している。
いけるーー……私は確信を持って学園に入学した。
マリア・リグレッドの皮を被った花咲かなえとして。
ちなみに記憶が戻ったのは一年前のことだった。
「ライナ様にぶつかるなんて不敬よ!謝りなさいよ!」
「そうよ!相手は誰だと思ってるの?!学園を仕切る生徒会副会長、ライナ・エトーレ様よ!」
有象無象の声なんて聞こえない。ライナ様だけにむけて、きゅるきゅると可愛らしい声でか細く謝る。
「ご、ごめんなさい……」
「それで済むと思ってるの?!」
「土下座しなさいよ」
もちろんさせていただきます!むしろご褒美です!
だがここで土下座するのは「ライナルートのマリア」のすることではない。
ここで土下座しようとすると、エドワード家と対立している生徒会長が湧いて出てくるので、私は涙を溢しかけるフリをして(この時私はライナルートのエンディングの尊さを噛み締めて涙を作った)ドレスの裾をギュッと掴んだ。
そうすると、悪役令嬢の「フリ」をしているライナが腕の痛みに呼応して、声をかけてくれる。
「私もそこまで鬼ではないわ。以後気をつけるように」
「ライナ様……!」
「なんてお優しい……っ!」
わかる〜!!!!!そう、ライナ様は基本的にお優しい方なのだ。マリアを救う理由も「夢見が悪いから」だと言うが、本当は「人が死ぬのを知るのが怖いから」だし、イジメだって大きいことはしてこない。
精々こうして嫌味を言う程度で、周りが調子に乗り出すと諌めてくれる。
正体がバレたくないのはマリアの側にいると色々巻き込まれて厄介だから、という理由だけど、毎回自分が傷を負ってでもなんだかんだ助けてくれるし、ライナルートで紆余曲折あり「貴方を失いたくない」と言ってくれる。
ちなみにそのセリフは保存してめちゃくちゃ聞いた。
どの攻略対象よりもかっこいいのに女と言う事でスレは荒れに荒れたが、私はライナ様が男だったらこんなに好きになっていないだろう。
女の子で令嬢で、争い事なんて好きじゃないはずなのに、マリアの為に剣の扱い方を覚えてくれた。
体術を覚えてくれた。
大きな怪我をしても、反撃されても、泣き言を言わなかった。両親はそんな淑女らしくないライナ様を疎んだが、ライナ様はそれでもマリアを守る事を辞めなかった。
そんなライナ様を私は素敵だと思う。
いや、私だけじゃない。
プレイヤー全てがライナ様の虜になってしまったのだ。だからスレも立ったし荒れに荒れた。
これがおまけルートみたいなものだったらそこまでプレイヤーの怒りを買わなかっただろう。
私はライナ様が好きだ。愛してる。
だからーー……
「ーーーッ!」
「リグレッド嬢が大人しいってのは本当だったようだなあ」
「何しても文句言わないんじゃね?」
「おもしれ〜!どこまでやる?」
顔の造形も確かでないクソモブ共に襲われても全然大丈夫だ。なんなら余裕まである。
「そりゃ最後までっしょ!」
そんなこと私に言っていいのかしら。
口を開けば最後。
「何をしているのかな?」
ほら、私の王子様が!
「なんだこのガキ……ッ、ガ、は……!」
まずは一人、鳩尾に肘鉄を打ち付けよろめかせる。得意の足技で蹴り払い男は遠くの壁に向かって吹っ飛んでいった。
「てめ、よくも……!」
そう言って襲いかかってきた男はそのまま勢いをいなすように背負い投げする。一本。受け身もとらずに食らった男はそのまま気を失った。
「……ひっ」
助けを呼ぼうと思ったのか、はたまた恐れをなして逃げ出そうとした男には自分から向かっていき、顎に向かって蹴りを入れる。
「ハァッ!」
「ぐぁっ……!」
あたりには気を失った男が三人。
ライナ様の一人勝ちだった。
「大丈夫?」
そう言って手を差し出してくれるライナ様はこの世の誰よりも紳士だ。途端にはしたない格好になっていることが恥ずかしくなり、胸元だけでも急いで布を上げ、彼女の手を取った。
「はい……。いつもありがとうございます……」
「これが僕の仕事だから」
マリアにとってはライナ様は『謎の少年』だ。
いつも助けてくれる彼、ライナ様は知らない。
マリアが私である前に、彼に想いを寄せていたことを。
「それじゃ……」
「待ってください!お名前だけでも……!」
自然と口からその言葉が出た。
きっとそれは私だけではなく、マリアとしての存在がそれを問うていたのだろう。
だが、今はまだ彼女はそれを教えてくれない。
それを知るのはもっと先、物語の終盤の話になるのだから。
彼女は息で笑い、その場所から去っていった。
香水の香りであろう花の香りだけがふわりと一瞬、そこに残った。
「ライナ様……私絶対、諦めませんから……!」
マリアが死ぬまで守ってくれるライナ様。
期限は後二年、それまでに何をしても、ゲームブレイクさせたとしても絶対にライナ様と幸せになってみせる。
私はまた心にその誓いを刻み込み、その場を後にした。
まだ、私の物語は始まったばかりだ。
ここまでが加筆修正した部分です。
これから割り込み投稿で過去編を追加したりします。