王子様の苦悩
「きゃ!」
「わぁ?!」
「ひ……!」
幼少期のマリアはそれはそれは呆れるほどドジでマヌケだった。
森に入れば転び、外に出れば魔物に捕まり、街へ出ればゴロツキにぶつかり絡まれる。
「………」
プライベートで関わりたくない。というのが素直な感想だった。
だってそうだろう?ただでさえ毎日のように助けているのだ、これで正体がバレたら感謝されて付きまとわれるに決まっている。
いつでも助けられるという利点はあるのだが、とにかく
「いてて……またやっちゃいました」
一緒にいると疲れる。
今日だってそうだ。
こうしてブランコに乗っているだけで転んで頭を打つ始末。これがあと10年も続くなんてうんざりだ。
「本当に貴女はドジでノロマでグズね」
「ふええ……」
「その鳴き方も腹がたつ。ムカつくから私に近づかないで頂戴」
「待ってくださいライナ様〜〜!きゃっ!」
だから私は、今まで極力プライベートでは関わらないように、表はマリアを虐める最悪令嬢、裏ではボロ布と仮面を身にまといマリアを守る「システム」としてこの十年動いてきた。
今年でマリアも私も十六歳。
高い魔力を持つ一般人、騎士を志す者、また貴族の義務として年頃になると入学する「魔法騎士育成学園」に入学する時期になった。
世にも珍しい光の魔力を持つマリアは家柄は低く、そのままでは入学する義務はなかったものの、その魔力から強制力が発生してしまった。
もちろん自分は貴族の一員として最初から入学義務があったので、マリアを守るためには好都合であった。
なんてったって寮生活だ。
もし離れ離れになってしまえば面倒くさい。マリアは美しく育った。
これから魔物に男に女同士のイジメに仕事はさらに増える事だろう。
「きゃっ!」
「あら、ごめんなさい。マリア嬢?壁と同化し過ぎて気がつかなかったわ?」
「ライナ様にぶつかるなんて不敬よ!謝りなさいよ!」
「そうよ!相手は誰だと思ってるの?!学園を仕切る生徒会副会長、ライナ・エトーレ様よ!」
取り巻き達がやいのやいのと騒ぎ出す。
家の付き合いで側に置いているが、彼女達がマリアを虐めると右手が疼き出すのだ。
逆に私がマリアを虐めているときは疼かないのだから不思議なシステムだ。
「ご、ごめんなさい……」
「それで済むと思ってるの?!」
「土下座しなさいよ」
そこまですると痛みがひどくなるので、ライナは自然にマリアに笑いかける。
「私もそこまで鬼ではないわ。以後気をつけるように」
「ライナ様……!」
「なんてお優しい……っ!」
とんだマッチポンプだ。だが、まさか。
「ハァッ!」
「ぐぁっ……!」
マリアを恒常的に虐めている令嬢が、彼女に手を出そうとする男どもに制裁を加えるヒーローだとは誰も思わないだろう。
私が顎を蹴り上げた男は、不細工な顔をさらに不細工にし地面にのびた。今月でもう八回目だ。
蹴り技にドレスは向かないので、私のドレスは上と下が分かれている特別製になっている。
下には動きやすいように伸縮性のあるパンツが履かれていた。淑女としてのプライドはとうに捨てた。
「大丈夫?」
乱暴されかけ乱れた服装の彼女に手を差し出すと、マリアはぼぉっとした顔で私の仮面を見つめてくる。
「はい……。いつもありがとうございます……」
「これが僕の仕事だから」
マリアには私が少年に見えているはずだ。
幸いにして声は女にしては低く、少年に聞こえなくはない。
身長も高いので、きっとマリアは私のことを「僕」という少年だと思っているだろう。
「それじゃ……」
「待ってください!お名前だけでも……!」
私は何も言わずに去っていく。これを十年も続けていると、マリアも何も言ってこない。
出来ればマリアと関わりたくない。別次元の存在のまま。その生涯を終えて欲しい。
私はそう思いながら、今日も右手の疼きと戦うのだ。