真実
あの学園の生徒会長を敵に回したと言えば大ごとの様に思えるが、意外と私の周りには何も起こらなかった。
午前中はグレイやアレンと過ごして、お昼はライナ様と過ごして、午後は生徒会活動に専念する。
いつもと同じ日常。
エドワードとは気まずい雰囲気が流れていたものの、そこは大人だからか仕事に支障は出ていなかった。
それが変わったのが一週間前、エドワードが本格的に学園に来なくなってからだ。
「寮にもいらっしゃらないってことはご実家ですかね?」
「そうね、外出届は出しているみたいだけれど……」
ライナと共に首をかしげる。エドワードがいなくてもなんとか業務は回るがそれでもつらいものはつらい。
「何をやってるんでしょうね」
「……」
「ライナ様?」
「いいえ、杞憂だわ。それよりマリア、手を動かしてちょうだい」
「は、はい!」
✳︎
エドワードが失踪した。
私、ライナ・エトーレ宛てに手紙を残して。
『親愛なるライナ
突然業務を押し付けて申し訳ない。
そちらは今忙しいことだろう。
だが、フローレンス家の跡取りであり、一個人として今回の婚約破棄は思うところがあるのだ。
一方的に婚約を破談にされた当て付けとは言わないが数日、いや数週間になるだろうか。耐えて欲しい。私は師匠の元へ行く。どうしても気になる点があるからだ』
「お爺様、私、一度実家に帰るわ」
ライナが通信機でそう伝えたのはエドワードが失踪して、手紙を受け取ってすぐの事だった。
「いきなりどうしたんだい、ライナ」
「エドワードがそっちに行ったでしょう。あれから連絡がないの」
「あぁ、フローレンスの坊主ならウチにいるよ」
「は?」
「光の魔力……特に聖女に関しての文献を求めにね」
どうしてエドワードがその事を。ライナは一抹の不安を抱えながら言った。
「それ、私も読みたいわ。私、どうしてマリアを守らなくちゃいけないのかまだわからないままなの。……私は、「聖女」は何から守るべきなのかしら」
「……それは、私にはわからないよ」
「お爺様は「聖女」を何からも守らずに済んだってこと?」
「そうなるね、ただ……」
彼は一瞬言い淀むと小さな声で言った。
「ウチの書庫にそれに関する文献はある。……私は数ページで読むのをやめてしまったがね」
「それは何故?」
「発狂しそうだったからさ」
「発狂?」
「世界の真理を知ってしまうと頭がおかしくなってしまうものだよ」
お爺様の言っている意味は分からなかったが、ライナは実家に帰ることにした。
エドワードはいない。ライナが来る数日前に館を出たらしい。
お爺様は自室で私を待っていた。
一冊の本を手にして。
「それが例の文献?」
「あぁ、だが……気が狂う可能性がある。お前にはその覚悟があるか?」
「知りたいという欲求は時に気を狂わせても消えないものよ」
「では、渡そう」
渡された「設定資料集」と書かれた革張りの本はずっしりとした重さを持つ。
一ページ、二ページ、三ページ、読み進めていくうちに血の気が引いてくる。
ライナはたまらずトイレに駆け込んで嘔吐した。
「はあ、はあ……」
「私たちは、そういうことだよ」
冷静な声色でそう言う祖父には心配のかけらもない。
「お爺様、……読んだわね」
「読んだのは最近だよ。聖女様がいなくなってやることがなかったんだ」
その瞳は真っ暗で光のカケラもなかった。
「これが本当なら私は……私は……なんて重荷を」
「大丈夫だ。聖女が死んでも、じきに次の聖女が生まれる」
「だとしてもマリアは戻ってこないじゃない!」
ライナの瞳には涙がこぼれた。
こんなのは自分の手に負えない。
そんな重荷と、マリアの命と。
ライナの脳内はキャパオーバーしそうだった。
「一つ面白い話をしてあげよう」
お爺様は哀れみを込めた、それでいて面白そうな表情でライナを見た。
「フローレンスの坊主もこれを読んだよ」
✳︎
それからライナ様は四六時中私のそばにいるようになった。それはもうSPかとでも言うようにそばに付き添っていた。
「ラ、ライナ様……私にばかり構っていては学業やご学友が……」
「そんなものはいいのよ。それとも私がそばにいるのは不服?」
「いえ!そんなことはありません……♡」
こちらとしては願ったり叶ったりなのだが、いかんせん周り(特にグレイ)からの目線が痛い。
「……やあマリア嬢」
廊下を歩いていると、声をかけてきたのはエドワードだった。
ライナ様はとっさに私の前に庇いエドワードを睨みつける。
「何か用?」
私の代わりにエドワードの言葉に答えたのはライナ様だった。
「やだなあライナ、婚約者にそんな目を向けて」
「元、よ。それより要件は何?私の実家に来たようだけどそれと何か関係がある?」
「話が早いね。今夜、中庭でパーティでもどうだい?勿論、マリア嬢も一緒に」
その瞳にはもはや光のひとかけらも無かった。夜闇のような黒。それが二つ私たちを見つめている。
「悪いけどお断りするわ」
そうライナ様がエドワードの横を通り過ぎようとした時、私の手に激痛が走った。
「いたっ……」
手元を見ると鋭い氷が皮膚を引き裂いていた。
「断ればここで殺す」
「……わかったわ。誰にも聞かれない22時で良いわね」
「あぁ」
そう言って二人はすれ違っていった。
「待ってください!」
私はライナ様に呼びかけた。
「何が起こってるんですか!こんなの私も知りません!」
「知らなくて当然よ」
ライナ様は振り向くと私の手を取った。
「二人で話せる場所に行きましょう」
そうして連れてこられたのは生徒会だけが使える中庭だった。
「貴女は、ここが物語の世界だと言われたら信じる?」
「………」
信じるも何も、ここは乙女ゲームである「シークレット・ブルーム」の世界だ。
だが、それは本人に言えない。そんなことを言えば基地外か何かに思われてしまう。
だが、ライナ様は真剣な表情で私の目を見て言った。
「おかしな事を言っている自覚はあるわ。だけどよく聞いて。この世界は「貴女にとって現実ではない」貴女にその自覚はないかもしれないけれど」
「は……?」
どうしてそれをライナ様が。
意味がわからない。
だってそんなバレるはずがないじゃないか。
現実世界だって「ここは現実じゃない」と主張すれば精神病扱いされた。
だけどこの世界に至っては「それが正解」なのだ。
「ごめんなさいね。でもエドワードに会う前に貴女に言わなきゃいけないと思うから」
ライナ様はそう言って私の手を取った。
「貴女が16の内に死ねばこの世界はこのまま存続する」
「は?」
自分でも驚くくらい素っ頓狂な声が出た。
「貴女は17になれば死ぬ。エドワード、グレイ、アレン、そして私。誰かと結ばれて。でもその後の世界はないの。その後は真っ暗。無。世界の滅亡とも言えるわ」
「待ってください!理解ができません!」
「私だってできないわよ!」
彼女の叫びがガラス製の鳥籠に響いた。
「でも書いてあったの!書庫にあった本に!この世界がゲームの中の世界だって!ゲームって何よ!私だって……わかんないわよ……」
最後の方の声は途切れ途切れに小さかった。
彼女は相当まいっている様だった。
この数日、側にいたのはそれが理由だったのだったのだろう。
「どうすればいいのかわからないの。でも、これだけはわかるわ。……貴女を失いたくない」
それはゲームの中の最後のセリフ。それを言うのは今じゃない。
だけど、今はもうゲームじゃない。
これは、私たちにとっては現実だ。
「……私は死にません」
私は彼女の目を見て言った。
「そのかわり、ライナ様さえ良ければ、私と一緒に世界の終わりを見てくれませんか?」
「……殿方じゃなくて私を選んでくれるの?」
「私は昔からライナ様一筋です」
シナリオなんてとっくの昔にバラバラになった。これからどうなるのかは事前知識のある私にもわからない。
「それから、」
わたしは笑った。
「わたしの名前。本当はかなえって言うんです」
「かなえ……。……いい名前ね」
これからはマリアの物語ではない。
私の、花咲かなえの物語だ。
お待たせしました〜!ラストまで走ります!明日朝夕更新でラストです!