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実技試験

期末試験、実技。


「…………」

「はあ」


知ってはいたが実際その立場に立ってみると絶望感がすごい。なんたって今回の期末試験はライナ様と一緒なのだ。


いや、ルートに入っただろう時点で確定はしていたのだけど、シナリオブレイクしている以上何が起きてもおかしくない。正直不安だ。


期末試験のペアは完全にくじ引きで決まる。


だが、マリアの様な特殊な能力を持つ生徒は多少は優遇されるものなのだが……。


ライナ様に至っては頭を抱えている。そりゃそうだろう。


剣術を使えるならまだしも、魔法しか使えない現状で私の様なお荷物を守りきれる自信はないようだ。


「……期待はしないでしょうだい」

「存じております……」


葬式ムードの二人に割ってきたのはグレイだった。


「マリアさん、今なら教官に言ってペアを解消できますよ。ライナ嬢は魔術より他に特化してますし、いくら治癒魔法が使えたって痛みが消えるわけじゃないんですから」


グレイの言うことは最もだ。


あまりにも相性が悪い場合はペアを解消できるシステムもある。


戦闘ができない以上、ライナ様にご迷惑をかけてしまう。


だが、このイベントを通過すれば仮面の少年バレが発生するのでどうしてもペアを解消するわけにはいかない。


「いえ、私はライナ様とペアを組みます。ライナ様。それでよろしいですね」


「え、ええ……」


驚くグレイと困惑するライナ様。でも大丈夫だ。


ゲームの通りに行けば何もなくうまくいくはず。


……というのは楽観的観測だったらしい。


「マリア!逃げるわよ!」

「は、はい!」


ライナ様は早々に魔物討伐を諦め逃亡する事を選んだ。


そりゃそうだろう。


弾丸程度の魔法しか使えないライナ様と治癒魔法しか使えないマリアじゃ今回のテストは追試確定だ。


学園で飼っている魔物はどれも凶暴なものばかり。


本気を出していないライナ様が倒せるわけがないだろう。


「ここまでくれば追いかけてこないでしょう」

「すみません……」

「貴女を守るのが私の仕事よ。謝る必要なんてないわ」


ゲームでは試験の序盤で小さな魔物に襲われて、仕方がないとでもいう様に仮面バレしていた。だけどそれが無かったという事は今日はそのイベントは無いのだろう。

残念だ。アレがあればライナ様が仮面の少年だとマリアが認識できる様になるのに。


「ライナ様……」


実技試験が行われるエリア端の洞窟で腰を下ろす。体力は限界で息は上がっていた。


「この辺りまでくれば魔物は来ないはずだけど……」


その時だった。


小さな洞窟の入り口、そこが影によって塞がれた。


「?!」


大型の魔物。


人型のそれは一つ目で私たちを観察している。


やがて私たちが動かないと知るとこちらに向けて手を伸ばした。


ーー……殺される。


そう思った時だった。


「ーー悪なるものの肉片は花弁の様に散り、全てを無に帰す。それはまごうことなき正義であり、全ての殺生の許しを与える」


ライナ様のドレスから伸びるスリットの中から取り出されたのはドレスに隠れるほどの小型の細い剣だった。


「桜花下弦流、第一、桜花散乱」


一瞬だった。


自分たちの何倍もの巨体が一瞬で真っ二つになり、その命を終えた。


血が桜の花びらの様に飛び散り、ライナ様のドレスを汚す。


ライナ様が持っていたその剣は、仮面の男が持っていたものに酷似していた。


「……見なかったことにしてちょうだい」


濡れた剣の血を振るうとライナ様はこちらの方を見ずにそう言った。


「……ライナ様は、いつも助けてくれる仮面の方ですよね?」

「……」

「太刀筋が同じでした。言い逃れはできませんよ」


マリアがそう言うと、観念した様に血を払った剣を収めた。それから、ライナ様は仮面を取り出して、そのまま地面に投げ捨てる。


そして、にへらと。らしくなく諦めたように笑った。マリアの王子様の軽い口調と声で。


「失望したかい?」

「いえ、知ってましたから。多分そうだろうなって」

「だから意地悪しても付いてきたのか」


ライナ様はそう笑うと、一転、真面目な顔をしてこちらを向いた。


「このことは秘密にしてくれないか」

「どうしてですか?これほどの剣術の使い手であれば、陰口なんて言われなくて済むのに」


そうだ。そうすれば陰口なんて叩かれなくて済む。むしろ尊敬の意を持つ者も出てくるだろう。


それでもライナ様は男女の固定観念に縛られているまま、ライナ様としての凛とした声に変わって言った。


「私はこれでも淑女よ。女が剣術なんてはしたないわ」

「でも、その剣術は私のために覚えてくれたんですよね?」


ピクリと、ライナ様の方が揺らいだ。


「私はそれが嬉しいです。ライナ様が私のことを想ってくれたのが嬉しいです。だから、はしたないなんて思わないでください。自信を持ってください」

「そんな理由じゃないのっ!」


ライナ様は大きく声を張り上げた。


「私は……私は貴女が死ぬのが怖くて、自分のせいで誰かが死ぬのが怖くて、それで強くなっただけなの……。感謝されることなんかじゃない……」

「それでも」


私はライナ様を抱きしめた。


「貴女が今まで傷つきながら私を救ってくれたのは事実です。……何もできなくて、ごめんなさい」

「う、うう……」


肩が濡れる。


この人はずっと一人で抱え込んできたのだ。


腕のことも、命のことも、全部。


少しでも報いたい。


だけど、私に出来ることはこうやって肩を貸すことしかできない。


洞窟の外で、ポツリポツリと雨が降ってきた。


まるでそれは彼女の心情の様だと思った。


「ライナ様、貴方は自信を持ってください」


マリアはライナ様を肩から離し、目を見て言った。


「女がなんですか、男がなんですか。貴方は貴方です。貴方が努力してきた事は事実ですし、それでいいじゃないですか」


「え……?」


「見せつけてやりましょうよ、完璧な淑女は剣術だって出来るってこと。そしたら、周りから変わっていくかもしれませんよ?」


無責任な言葉かもしれない。没落貴族のマリアには令嬢様の立場はわからないし、それに対して後ろ指を指される怖さもわからない。


でもかなえは、私としては。ライナ様の今まで生きてきた軌跡は誇っていいものだと思った。


単純にそれだけの話だ。


「……いいの?私は、私で。『僕』でいなくて」


心の中のマリアがどきりとする。

当たり前だ。失恋したのだと同義なのだから。できれば『僕』でいて欲しい気もある。


だけど、私は。かなえは言い切った。


「当たり前じゃないですか。もし何か言う人がいれば、私が言ってやりますよ。じゃあ貴方はライナ様に勝てるのかってね」


ライナ様はその言葉に目を丸くすると、ようやく笑ってくれた。


それは今までの全ての力が抜けた様な、女の子らしい柔らかな笑みだった。


「貴方も言うじゃない」

「ライナ様の影響ですね」


ライナ様は常に張っていた気が少し解れて、立ち絵差分のライナ・エトーレではなくて、本来のライナ様になる事ができた気がする。


そうして二人で血の海で笑った。

場所にはそぐわないけれど、自分たちにはそれが似合うと思った。

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