いざ生徒会庶務(代理)へ!
「生徒会に入らない?」
ある日、すぐライナ様に裏庭に呼び出されて開幕一番に言われたのに、私は目を丸くした。
「生徒会、ですか?」
「庶務が実戦で骨折して使い物にならなくなってしまったの。没落貴族の貴女なら雑用はお手の物でしょう?」
これはライナ様ルートの序盤のイベントだったはずだ。だったら回答は一つしかない。
「はい!やらせていただきます!」
「……雑用だって言うのにやけに元気ね……」
「ライナ様と共に入れるのならなんでも!」
「……変わった子」
こうして、私は無事ライナ様ルートへ一歩を踏み出したのであった。
生徒会に入るとエドワードが攻略できるようになる。
まぁそんなことはどうでもいい。
問題なのは、
「ちょっと!最近エドワード様にくっつきすぎじゃない?!」
「生徒会代理のくせに調子乗らないでよ!」
こう言うイベントが起こることだ。
マリアはエドワードに好意を寄せているため、ここでエドワードに興味はありませんと正直に言うとバッドエンド直行になる。
しかもモブの。
それだけは避けたいので、私はか弱い聖女、マリア・リグレッドを演じなければならない。
「そ、そんな事は……」
「この嘘つき女!」
殴りかかろうとするモブ女に咄嗟に顔を庇う。
だが、衝撃は訪れず、聞こえてきたのはエドワードの親衛隊の驚愕する声だった。
「エ、エドワード様……!」
モブ女のひ弱な拳を受け止めたのはエドワードだった。これがライナ様なら良かったのに。
「暴力とは感心しないな」
「……!」
声も出ないのだろう。モブ女達は何も反論もできず口を噤んで下を向く。
「この子は大事な庶務代理だ。あまり意地悪しないでくれ。いいね?」
強い語尾にモブ達はうなづくことしかできなかった。話が終わるとモブ達は一目散にその場を去っていく。
「……すまないね、彼女達は少々暴走しがちで」
「いえ、気にしていませんから……」
口では素っ気なくしているが、勘違いしている幼少期のマリアは頬を赤くしている気がする。マリア!そいつ人違いだから!
「エドワード様とはお久しぶりですね」
「一応幼馴染だと言うのにね。ライナは元気かい?」
「それは会長が一番わかっているのではないですか?」
「ライナは私の前では外面だから」
はい出たマウント。だけどライナ様と結ばれるのは私なんだからね!そんな気持ちで私はばら撒いてしまった書類を片付け始めた。
「ライナ様は同期の目から見ても頑張り屋さんですよ。それはもうフローレンス家にお似合いの淑女とも言えるでしょう」
「そうか」
それを聞くとエドワードは薄く笑った。
(むっかつくな〜コイツ!ルート次第では簡単に股間開くっていうのに紳士ぶりやがってよう!)
そうなのだ。エドワードはライナ様の婚約者。
だけどルート次第では簡単にこちらに靡くし、ライナ様のことを無下に扱う。
親が愛人を作って離婚していた私にはそれがなんとも好きになれず、ライナ様が悪役令嬢のままだった時でもあまり食指が伸びなかった。
「マリア……と言ったか。庶務の仕事は慣れたか?」
「はい!……と言っても大した仕事はしておりませんが……」
(1ヶ月も仕事してて名前も覚えてねえのかよクソ男)
エドワードとは幼馴染だ。
だが、仲が良い訳ではなく、彼の中ではライナの関係者、またはその他貴族の一員と言ったところだろう。
覚えていなくても不思議ではない。
それでなくても会うのなんか年にあるかないか程度なのだから。
「いや、居てくれるだけで助かるよ。このままではライナが過労で倒れてしまうところだったからね」
「ライナ様が?」
「あぁ、怪我をしてしまった庶務の分まで自分がやると言って聞かなくてね。心配していたのだが、いきなり君を連れてきて驚いたよ。どういう心変わりをしたのか、とね」
「そうなんですか……」
じゃあライナ様が自分を生徒会に誘ったのは純粋な好意から?それとも業務がキャパオーバーしたから?前者でも後者でもどうでもいい。
……これはライナ様ルートに完全に入ったと考えたと思ってもいいのでは?
シナリオブレイクという反則技を使っているから正規の攻略法ではない。
とは言えライナ様ルートの正規の攻略方法は、
バレッタを貰う
↓
生徒会に入る
↓
次の実技試験でペアになる
↓
仮面の少年バレ
↓
エドワードとの婚約沙汰
↓
婚約破棄
↓
本家から追放されてハッピーエンド
なのだ。
ここから選択肢を間違えなければハッピーエンドになるはず。
そして選択肢を丸暗記している私には勝算しかないという訳だ。
エドワードには悪いがそもそも他人の婚約者が攻略対象に入っているのがいけない。
マリアはエドワードに問いかけた。
いや、口から勝手に出た、というのが正しい。
「ライナ様は……どうして『淑女』でいるんでしょうね」
「それは彼女の剣術のことかい?」
「はい……隠さなければ今の様に陰口を言われることもなくなるのに」
(マリアーー!!それはお前のためなんだぞ?!)
時折出てくる「十五年間意識を揺蕩ってきた主人公マリア」は現状進んでいるゲーム内のことしか知らないくせに度々私から出てくる。
これがゲームの力なのかはわからない。
私がゲームをぐちゃぐちゃにしようとしているからそれを矯正しようと世界の摂理が干渉しているのかもしれない。
だがそんなことはどうでもいい。
私は今できる事をやるだけだ。
「い、いや、ライナ様はそりゃ魔力は弱いですが剣術は他に劣らないはずです。それを隠すのはもったいないのではないのではないかと……」
「レディと言うのは淑やかであるべきだよ。剣術なんてはしたない」
(はあ?!)
「……そうなんですかね」
「あぁ。いくらやめろと言っても辞めないんだ」
(そりゃそうだろうでしょうとも)
ライナ様にとってエドワードなんて優先順位は下の下だ。自慢だが私の足元にも及ばない。
「エドワード様はライナ様のことが好きなんですか?その……恋愛的な意味で」
「恋愛?」
エドワードは鼻で笑うと説き正す様に私に言った。
「契約だよ。家同士の」
恋愛感情はない、そう言ったエドワードはどこか寂しそうだった。
「そう……なんですね」
身体の中のマリアが喜んでいるのを感じる。
嫌な女だ。
「あら、おふたり仲良く仕事をサボってお散歩?」
「ライナ様!」
それから何の会話もなく二人で生徒会室まで歩いていると、ライナ様が廊下で私たちを待っていた。
「ライナ……まさか私を待っていてくれたのか」
「当たり前じゃない」
そうしてライナ様はエドワードに大量の書類の山を手渡す。
「今日中に印をお願い。それをチェックしないと私寮に帰れないの」
「あ、あぁ……」
「マリア、貴女は私と一緒に図書室で資料を探しに行くわよ」
「はいっ!」
初めて名前で呼んでくれた!その喜びで何もかもがどうでもよくなる。
ライナ様に嬉々としてついていくと図書室に着いた途端、腕にどさどさと本が積まれていく。
「ライナ様……?これは……」
「火属性の魔術の参考書よ。貴女は側にいるだけでいいわ」
「それ私がいる意味あるんでしょうか……?」
「エドワードといると仕事押し付けられるわよ。それでもいいなら止めないけれど」
「誠心誠意お供させていただきます」
一応、不器用ではあるがライナ様なりに気を使ってくださっていたのか。
隣で黙々と参考書を読むライナ様を不躾ながら観察する。
綺麗で手入れの行き届いた巻き髪の金髪、紅玉の様な輝きを持つ赤い瞳に合わせた同じ色のドレス。
長い睫毛にピンクの薄い唇。
うーん、パーフェクト。
これで剣術や体術もできるんだから言うことはない。
攻略キャラにふさわしい。
それに比べて他は。
エドワードは自ルートではDV男に変化するし、アレンはブラコンだし、グレイはヤンデレだし。
まともな人間がいない。
(性癖を詰めたとは言え我ながら失敗したな)
でもいいのだ。私にはライナ様がいれば。
ライナ様さえいれば私は大丈夫なのだ。
「……ライナ様は、頑張り屋さんなんですね」
参考書を開く彼女に私は語りかけた。
「私は火花くらいしか散らせないの。生徒会副会長がその程度なんて学園の沽券にかかわるわ」
「それでも、偉いです」
「当たり前のことよ」
ライナ様はそう言うと参考書に目を走らせる行動に移った。
「……貴女はいいわね。守られてばかりで」
ふいにライナ様がそう呟いた。
「戦うこともしない。できることと言ったら治癒ばかり。貴女に無能が前線に入る怖さがわかる?」
「……わかりませんよ」
前線に出たことなんてない。
だからどれだけ痛いか、どれだけ怖いかなんてことはわからない。
だけど、治すことはできる。
「私は治すことしかできません。だけど、傷ついた貴女を治すことは出来ます。痛みを共有することは出来ませんが、それでも貴女の助けになるはずです」
「流石、聖女マリア・リグレッド様。言うことが違うわね」
「聖女なんかじゃありませんよ」
私はそう言った。
「私が助けたいのはその他大勢ではなくただ一人だけです。……引きましたか?」
「いいや。貴女も人間なのかと思っただけ」
ライナ様は参考書を閉じると、大量の本を私に渡した。
「戻しておきなさい」
「はい」
「それと、」
ライナ様は振り向いて無表情で言った。
「その助けたい人は、どうしてそこまでして助けたいの?」
「好きだからですよ」
私は即答した。
「それ以外に理由なんてありません。その他の治癒は練習でしかありません」
「聖女様も悪いことを考えるものね」
「恋は聖女だって悪魔に変えます」
書籍を棚に戻しながらそう呟く。
「……貴女のこと、見直したわ」
「え?」
「誰にでも優しい、聖女様だと思ってた。だけど貴女もちゃんと人間なのね」
それはライナ様がマリアに言った最大級の褒め言葉だと思えた。
「人間ですよ。ただの、恋する乙女です」
それが貴女だと言うことはまだ言えないけれど。
それでも、ライナ様との距離が少しでも近づいた事を私は喜んだのであった。
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