王子様の舞踏会
声をかけたのは純粋な心配からだった。
(あれは……マリアと、アレン・バートンだったかしら)
アレンと黒髪の少年、グレイと一緒にいる姿はよく見る。
形としてはグレイがマリアを気に入っていて、アレンは没落貴族のマリアにグレイは釣り合わないと考えているーー……のか?
とにかくマリアとグレイを二人きりにしたくないようで一学年上だというのに度々二人にかまってくるようだ。
手が疼かないことから彼自身に悪意はないようだが、気を付けて見ている人物の一人だ。
魔法は並み以上、学力は学年で最上位の彼がマリアを気に掛ける理由がグレイ以外に見当たらない。
そのマリアはグレイのことを困ったような顔で見ているのだから好意を持っていないことは明らか。
それを知った時、アレンがどう動くか、アレン・バートンのことを知らないライナはわからない。
だが、今彼女が困っているのは表情からわかる。
「グレイと組まないでくれる?その代わりお兄さんと組んで♡」
「ええ……」
「だって耐えられないもん!舞踏会の演習でペアになった男女は結ばれたりしたりしなかったりするんだよ?!お兄ちゃんそんなの認められません」
「いや、私好きな人いるんで」
「グレイ!?」
「違います」
どうやら明日の社交界ーー……要は舞踏会のテスト兼、他学年との交流パーティである。
それについてのペア決めの話らしい。
「それっていつあるんですか?」
「明日」
「明日!?」
連絡は生徒会が事前にしていたはずだ。それを聞いていなかったのだろうか。
それは許しがたいことだが(この私が直々に書類を作ったのだから)まあそこは置いておいてやろう。
学内行事に興味がないのなら生徒会に入れてもいいかもしれない。あくまで仕事上の関係として近くに置くことで監視しやすくなるし、こんなトラブルもなくなるだろう。丁度一人欠員が出ているのだ。
「……本当は好きな人と踊りたいけど……、アレンさんがそういうなら一緒に踊らせていただきます」
「?いるなら踊ればいいじゃない。恋愛運上がるよ?」
「踊れたら踊ってますよ」
そうかもしれない。マリアの気持ちはもちろん気づいている。
だからライナが正体を明かすかすれば諦めもつくだろう。憧れの恋愛相手が女なんてショックを受けてしまうかもしれない。
……そう思うと少しかわいそうに思える。ライナは見ていられなくて声をかけた。
「そもそも貴方、踊れるの?」
「……」
無言。そして彼女は涙目で悔しそうに言った。
「……踊れません」
「あらら」
「はあ……」
ライナはため息を吐いた。
「それなら私が練習相手になってあげるわよ」
「ライナちゃん男役もできるの?」
アレンが不思議そうに首をかしげる。
それはそうだろう。女に男役を覚える必要はない。だが、教養の一つとして祖父からライナは教わっていたのが幸いだった。
「この私にできないのは魔法しかないわ」
自虐的になってしまったが事実だ。必要なことはすべて祖父から教えてもらった。
「そういうわけで、今日から明日までみっちり私が教えてあげるわよ」
「あ、ありがとうございます……」
マリアの覚えは意外によく、一日半でかなりのものにすることができた。
「なんとかなるもんなのね……。やっぱり私の教え方が上手いのかしら……」
「ラ、ライナちゃんは鬼教官の才能があるね……ふふ……っ」
終始面白そうに見ているだけだったアレンが口元を抑えて笑いを抑えている。
「でもライナ様のおかげで何とかなりそうです……。で、なんでアレンさんは見てるだけなんですか?!」
「いやだってお兄さん、グレイ以外とあんまり触れたくないし?」
アレンは自ら孤立していると聞いたことがある。それは彼の潔癖症かららしく、彼の手袋からそれが伺える。
なんでも噂ではグレイと身内以外には素手で触るのすらキツイのだとか。
そう考えるとマリアはまだ好かれている方なのかもしれない。
「これでお兄さんも楽になるよ~。ありがとね、ライナちゃん」
「寮長、生徒会副会長、両方の視点として落第生は見放せないわ。当然の事よ」
「さすがライナ様……」
「落第生なのはいいんだ」
「これで当日は大丈夫ね」
達成感に心が満たされる。本当に教師は天職かもしれない。
実際はフローレンス家との政略結婚に使われるだけなのだけど、もし何かあってその話が無くなれば教師を志すことも考えてみよう。
当日、彼女はたどたどしさを残しながらもなんとか曲を踊りきれたようだった。
解散になった途端、グレイがマリア達二人に駆け寄る。
「マリアさん!お疲れ様です」
「ああ、グレ……「グレイ!」」
駆け寄ってきたグレイをアレンが抱きしめる。
女性の恋路を邪魔するキャラクター、彼が女性だったら悪役令嬢だとか言われていただろうな。
「グレイ!お兄ちゃんがいなくて寂しくなかった?怖くなかった?」
「社交界は慣れてる!ってか離れて」
「いつものやつですねー」
「マリアさんも引っぺがすの助けてください!」
いつものがやがやとした雰囲気が戻ってくる。
見守る必要は無さそうか、そう思った時、マリアが外に出ていくのが見えた。
「どこに行くのかしら……」
密かに自分もマリアについていき、様子を見る。
マリアは生徒会にしか立ち入ること許されていない中庭に向かっていく。
念のためドレスの端のホックを外し、裏側のボロ布部分を頭からかぶって仮面をつける。
今日も何かあった時のためのドレスだ。下がパンツスタイルになっており、いつでも戦えるようになっている。
何をしているのだろう。ライナはマリアに声をかけた。
「ここは君のいる場所じゃないよ」
「貴方こそ……どうしてここに?」
「君がここに来る姿が見えたから。夜に女の子一人は危ないよ」
「だから傍に?」
「ああ」
「どうだった?社交界の練習は」
「疲れました……なんて言ったら淑女失格ですね」
「いや、僕も社交界は苦手だ。あんなの得意な奴なんてエドワードくらいしかいないさ」
「エドワードさんとは知り合いなんですか?」
しまった、と思った。だけどエドワードと自分の太刀筋は師から受け継いだものだから全く同じだ。
どこかで知り合っていたとしてもおかしくない。剣の扱いを見ているマリアが気づいていてもおかしくないだろう。
「……昔の知り合いなんだ」
ライナは空気を換えるように喉を鳴らした。
「こほん、えーと……マリアはちゃんと踊れたのかな」
「踊れましたよ!あこがれの人の指導のおかげで!」
憧れの人、それはライナの事だろう。仮面の男ではなく、意地悪してくる悪役令嬢、ライナ・エトーレの。
それが少し嬉しくなった。あれだけやってもまだ私は好かれているのか。
だからこそ、膝を折ったのかもしれない。好意への感謝と、今までの感謝を込めて。
「それじゃあ拝見させていただこうか。……お手をどうぞ?レディ?」
「えっ!?」
鼻歌で会場で流れた曲を再現する。
空気が冷たい。静かで、歌が響く。薔薇の香りが鼻歌を優雅に演出してくれた。
「ふふ、上手だね。次の社交界の練習も大丈夫そうだ」
「ありがとう……ございます……」
一曲が終わる。二人は目を合わせて笑いあった。
「じゃ、僕はそろそろ行くから。君も見つからないうちに帰るんだよ」
そうして薔薇の壁の向こうに去っていく。
しばらく様子を見ていたが、マリアは好きな人と踊れたことに惚けてしまったようで薔薇園から動かない。
ライナは仕方なくボロ布を裏返しドレスに切り替えて、あたかも偶然通りかかった風を装って声をかけた。
「あら、生徒会でもない貴女が何の用?」
「あっ……う……」
「何?どうしたの怖いわね……」
マリアは腰も立たないくらいに砕けてしまっていて、結局肩を貸して寮まで送ることになってしまった。
自分がどれだけ好かれているのか二重の意味で自覚してしまって、こちらまでなんだか照れてしまったのは秘密だ。