舞踏会当日
「なんとかなるもんなのね……。やっぱり私の教え方が上手いのかしら……」
教師を目指すべきかもしれないわね、そう涼しい顔で言ったライナ様は汗を垂らして倒れている私に言った。
「ラ、ライナちゃんは鬼教官の才能があるね……ふふ……っ」
ライナ様の教え方は確かに上手く、たったの一日半で見れるようにはなることができるようになった。
「でもライナ様のおかげで何とかなりそうです……。で、なんでアレンさんは見てるだけなんですか?!」
笑いながら一日半見守っていたアレンは腹を抱えながら涙を浮かべる。
「いやだってお兄さん、グレイ以外とあんまり触れたくないし?」
(お前お前お前~!)
だがコイツのブラコン設定のおかげでライナ様のご指導を直で受け、恥ずかしいお話、お手を、お手を触れてしまったのだ。
それはこの男に感謝しなければいけない。
実際この設定が無ければ、もしくは彼がエドワードかグレイであれば、男の方が助けてくれて、ライナ様は手を貸してくれなかっただろうから。
「これでお兄さんも楽になるよ~。ありがとね、ライナちゃん」
「寮長、生徒会副会長、両方の視点として落第生は見放せないわ。当然の事よ」
「さすがライナ様……」
「落第生なのはいいんだ」
ライナ様はこんな私でも救ってくださる聖母のようなお方だ。
何と言われようとも気にならない。
「これで当日は大丈夫ね」
ふんすと鼻を鳴らすお可愛らしいライナ様。ああ、本当に推してて良かった。
推しと踊れるなんてこと生涯に二度無い、と思っていたのに。
「お手をどうぞ?レディ?」
そう言って膝を落とす仮面の少年に、マリアと私はパニックに陥っていた。
時は数時間前に遡る。
「終わった~」
「終わりましたね」
社交界の実技演習が終わり、アレンも自分もクタクタになっていた。
一回目の自分はまだしも何回も経験しているアレンが疲れ切っているのはどうなんだろう。仮にも貴族なのに。
そう聞くと「堅苦しいのは苦手なんだよ」と返された。
確かにアレンルートでは魔法特化というキャラ設定だった。なんでも(自分で作っておいてなんでももないが)グレイの魔法の師匠なんだとか。そこまでキャラは練っていなかったが、もしかしたら魔法以外は優秀ではないのかもしれない。
ライナ様と足して割ったら(ライナ様が)完璧になるなあ、そう考えていると別の女の子(マリアの次にいじめられっ子の子だ)と踊っていたグレイが駆け寄ってきた。
「マリアさん!お疲れ様です」
「ああ、グレ……「グレイ!」」
駆け寄ってきたグレイをアレンが抱きしめる。
だからお前は悪役令嬢か。
「グレイ!お兄ちゃんがいなくて寂しくなかった?怖くなかった?」
「社交界は慣れてる!ってか離れて」
「いつものやつですねー」
「マリアさんも引っぺがすの助けてください!」
嫌がるアレンをグレイから引っぺがす。最後まで本人は嫌嫌言っていたが、このホモは本当に攻略できるんだろうか。
どうやって攻略したんだっけな、なんかグレイ関係が関係してた気がしてたけど。
うろ覚えの攻略選択肢とストーリーはこの十六年で忘れてしまった。
十五年のマリアの記憶と二十云年の記憶が混在しているのだ。うろ覚えでも仕方がない。
逆に完璧にライナ様ルートを暗記しているのがすごいのだ。
「……私、お邪魔なようなので外の空気吸ってきますね」
「マリアさん!?」
「おー!空気読める~!グレイ、お腹すいたでしょ?お兄ちゃんとあそこで料理でも貰おうか」
「いらない!マリアさん!?マリアさんー!」
そそくさと会場の外に出て冷たく澄んだ空気を肺に送り込む。
気を張っていたのか風船の気が抜けたような感覚がした。
一番きれいなドレスが汚れるのも気にせず学内の庭を歩く。
そうしているとガラス製の中庭が見えた。
(あれは……)
確か生徒会だけが入れる中庭だ。周りは薔薇に覆われていて見えなくなっている。
だから人に聞かれたくない会議はそこで行われる、という設定なのだ。
(少しくらいなら休んでもいいよね、生徒会じゃないけど誰もいないわけだし)
ガラス製の椅子に腰を掛ける。風が髪を靡かせた。
「ここは君のいる場所じゃないよ」
亜麻色の長い髪に灰色のぼろ布が見えた。
聞き間違いのあるわけがない声、少しだけ低い、作られた声。
ーーライナ様。
振り返った先には、ぼろ布を纏ったライナ様が立っていた。
「貴方こそ……どうしてここに?」
「君がここに来る姿が見えたから。夜に女の子一人は危ないよ」
「だから傍に?」
「ああ」
風に揺蕩う香水の香りに胸がどきどきした。
一般的なフローラル系の女性的ではない、少し中性的なウッディ系が入った香り。
(こ、こんなのはルートになかったでしょ)
正解の選択肢なんかわからなくて何も言えなくなってしまう。
そうすると、ライナ様の方からお声をかけてきてくれた。
「どうだった?社交界の練習は」
「疲れました……なんて言ったら淑女失格ですね」
「いや、僕も社交界は苦手だ。あんなの得意な奴なんてエドワードくらいしかいないさ」
「エドワードさんとは知り合いなんですか?」
ライナ様はしまった、というような空気を醸し出した後、「……昔の知り合いなんだ」と呟いた。
話題を変えたかったのかライナ様は椅子を隣に置き、腰を掛ける。
「こほん、えーと……マリアはちゃんと踊れたのかな」
「踊れましたよ!あこがれの人の指導のおかげで!」
多分、キラキラとした目をしていただろう。
ライナ様、いや仮面の少年は息だけで笑うと膝をついてマリアを見た。
「それじゃあ拝見させていただこうか。……お手をどうぞ?レディ?」
「えっ!?」
とんでもないお誘いに肩が跳ねるが、これを断るなんて厨の名が廃る。
マリアは跳ねる心臓を落ち着けながらその手ぶくろの先を手に取った。
それからは世界がキラキラして見えた。
軽いステップ、きらめく世界、祝福してくれている花々たち。
ライナ様の鼻歌が一曲終わる頃、ダンスも同時に終わる。
曲は先ほどの社交界の曲、ライナ様と練習したあの一曲と同じだった。
幸せな数分間だった。
「ふふ、上手だね。次の社交界も大丈夫そうだ」
「ありがとう……ございます……」
頭がパンクしそうだ。推しと踊れるなんて最高すぎる。
「じゃ、僕はそろそろ行くから。君も見つからないうちに帰るんだよ」
そう言って仮面の少年は薔薇園に囲まれた中庭からマリアを置いて出て行った。
もうフラフラで頭がぽーっとしちゃっていた。
しばらくそうしていると「あら」とまた別の聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「生徒会でもない貴女が何の用?」
ドレスを着たライナ様が迎えに来てくれた。
「あっ……う……」
「何?どうしたの怖いわね……」
ライナ様は呆れながらも放心したマリアの介護をしてくれて、寮まで帰してくれて、その優しさがまた惚れ直す要素となって。
結果的に私は厨をまたこじらせてしまったのである。
誤字脱字報告ありがとうございました。
慣れないですが多分直ったと思います!
感想もとっても嬉しいです!
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