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ユーロン・ユーサネイジア  作者: 伏見七尾
四.お前は安楽死を求めるか
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八.「むかえにきたよ」

「……おい、なにをしている」


 顔面を押さえたまま、罪王がかすれた声で言った。

 全ての人間の視線が自分へと注がれる。天潤はその中で、静かに言葉を紡いだ。


「全員……動かないでくださいね。少しでも動けば、動脈を裂くので」

「やめろ、天潤! 馬鹿な事はやめるんだ!」


 天狼が怒鳴り、手を伸ばそうとする。

 しかし、天潤は躊躇いなく短刀に力を込めた。

 ちくりとした痛みを感じる。首筋に薄く血が滲むのがわかった。

 その場の全員が、今度こそ動きを止めた。


「動かないで、と言いましたよね。次は本当に切りますよ――それとも今、切りましょうか」

「いや、それは本当にやめようよ、天潤ちゃん」


 理凰が引きつった声で言う。


「洒落になんない。誰も喜ばないし……やめようよ、あんただって死にたくは――」

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 停止していた空気が、さらに凍り付いた。

 静寂の中で罪王の荒い息遣いだけが響いているような気がした。


「……どういうことだ、お前」

「……私にとって、生というものはどこまでも煩わしいものだった」


 呆けたような罪王の声に、天潤は小さく肩をすくめた。


「……だから私は、虚呪を求めてここに来たんです。この忌々しい瞳から永遠に解放されるために。そして、もう二度と生まれないように――でも」


 首筋を伝う血の感触を感じつつ、天潤は薄く笑った。


「――今生で、それが叶わなくてもいいかなって」

「おい……」

「不思議と、それでも良いような気がしてきたんです。罪王様……貴方との日々の中で、私は初めて人間として生きることができたと思います」

「やめろ」


 顔を押さえたまま、青ざめた顔で罪王が首を横に振る。


「だから、もういいんです。罪王様――貴方に天眼をあげられないことが、残念ですが」

「やめろ、天潤! 自分が何をしているのかわかっているのか!」


 必死の叫び声に、天潤は視線を罪王から天狼へと映す。


「天潤! 天元の子! お前が死ねば僕達は永遠に救われない! だから――!」


 先ほどまで涼しげな顔をしていた男が、凄まじい形相で訴える。

 その変貌ぶりを見つめて、天潤は小さく吐息した。


「……あなた方の境遇には同情します」


 心からの同情と憐憫とを込めて、天潤は言葉を続ける。


「けれども、焦燥の果てに自らを苦しめた邪悪と同じ邪悪に成り果てた。――あなたこそが本当の怪物なのではありませんか、天狼」


 天狼がオッドアイを大きく見開き、なにかを言いかけた。

 しかしその時、天潤は悪寒を感じた。

 心臓の鼓動が早まる。

 肌の内側を嬲る寒気に思わず周囲を見回せば、自分以外の人間も同じような感覚を覚えているらしい。岳虎の刀が震え、龍安兵の銃口が揺れている。


「……あのさ。なんか……変じゃない?」


 理凰が、どこか不安げに囁いた瞬間。

 轟音が響き渡った。

 部屋の天井と壁とが一気に吹き飛ばされ、塵煙とともに夜の空気が押し寄せてくる。そして、天潤は白の短刀が手の中で急速に形をなくしていくのを感じた。

 そして、その手が恐ろしいほど冷たい手に掴まれた。


「な、なに――ッ!」


 反抗も意味も成さず、天潤は自分の体が宙へと浮き上がるのを感じた。

 霊眼の視界が一気にぶれ、全てが陽炎の如く曖昧になる。

 瓦礫の崩れる音ともに、獅子の咆哮の如き風の音が聞こえる。

 その向こうで理凰が天狼の名を呼ぶ声、龍安兵のどよめき――そうして、罪王の絶叫が聞こえた。


「天潤ッ!」


 答えたかった。


 けれども鼻先に、粘つくような甘いにおいを感じた瞬間――天潤は、意識を失った。

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